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第六章
ひっくり返る砂時計
「ん……」
顔中を舐め回される感覚。今となっては慣れたベッドの中。そうだ、ここは――。
「――シャーリー! やっと起きたの……」
目覚めと同時に、リッカが顔面に迫ってきていた。彼は舐めまわすのを再開していた。そっか、三日間って仰っていたから……この子にどれだけ心配かけたのかな。
「心配かけてごめんね、リッカ……」
「ううん。起きてくれたからいいの。おはよう、シャーリー」
「うん、おはよう」
リッカが舐めるのを中断したので、私は彼を抱っこすることにした。あったかいね……。
「おはよう、シャーロット」
「はい、おはようございま――」
私は驚愕してしまった。普通に流れで挨拶してしまったけれど、そこにいたのは。私の机の前の椅子に座っていたのは。『借りているな?』と仰っていたのは。
「モルゲン先生……!?」
起き抜けにいらっしゃるとは思っていなかった。こんな寝起き全開の姿も見られるとは。
先生……特に気にしてないようね。気にすることでもないのかな……。
「あのね、シャーリー。モルゲンね、つきっきりだったんだよ」
「う、うん……」
リッカが無垢な目をして教えてくれた。つきっきりって……いえ、看病してくださったのだから。
「リッカ、あのなぁ……この店のオーナーさんだ。俺はずっといたわけじゃない」
「ずっといたよ?」
「いや、リッカ……」
ええと? どっちを信じればいいのかな。とはいえ、着替えとかそういうの、オーナーさんがやってくださったんだよね。もちろん、彼女にもお礼をしに行くとして。
「先生、改めましてありがとうございました」
私はリッカを抱えたまま、ベッドから下りた。頭を下げ、感謝の意を示した。何もかもお世話になってばかり。
「まあ、気にするな。それで、だ。早速だが本題だ」
「!」
先生が丁重に布に包んでいたモノを開いた。中身は衝撃的なものだった。
「砂時計……!?」
ただの砂時計じゃない。日向ちゃんが持っていたものと、瓜二つなのと――。
「元は古代の巫女、だったか。彼女が生み出したものだ――時を繰り返すもの」
「……はい」
心が痛い。
「壊されるのを読んていたわけじゃなかったが、こっちも切り札としてほしくてな。アルトたちに頑張ってもらった」
私が寝ている間に、彼らは奮闘してくれていたんだ。
「それは……手に入れるの、大変だったんじゃないですか?」
「それはそうだな。だが、力になってくれた女性がいたという……フーゴの姉君だ」
「……!」
突然出てきたフーゴさんの名に動揺する。それに、お姉さんという存在も。彼にも姉がいたんだ。でも女神の巫女のの素質はないのだと思う。巫女様方はもう……。
「彼女の協力もそう――あいつらの覚悟もあってのことだ」
「覚悟……?」
砂時計の色が違っていた。あの黒一色のものとは違う。赤、金色、ピンク、青、そして緑。個性的な色合いのそれらが、混ざりあっていて――。
「……先生。覚悟ってどういうことですか」
あの五人が何かをしたのは想像ついた。私の顔だって刺々しくもなる。私の寝ている間に、一体何が……!
「……シャーロット。彼らに危険はない。ただ、力は提供してもらった」
先生は真顔になっていた。弟であるアルトだって関与している。なら、危険はないんだ……でも安心していいものか、それがわからなかった。
「彼らの――『執着』。紛れもない強い力だ。時に欲望を駆り立て、理性を無くさせたもの。人智を超えたものともなっていた」
「あ……」
これまでの日々を振り返った。そう、執着の力が絶大なるものだったこと。私はそれを知っている。日向ちゃんの力と匹敵する、そうも考えられるものだ。
「……決断をしたんだ。その結果が、この砂時計だ」
「そう、なのですね……」
異様な雰囲気をまとっている砂時計。馴染みのある彼ら由来のものとはいえ、凄まじいオーラも感じ取れた……負の部分ってことなのだろうか。
「……あのね、シャーリー。みんな、元気なさそうだったの。でも、君の姿を見れば元気を出すと思うんだ! 下、行こう?」
「そっか……うん、心配かけたもんね」
リッカの話からして、みんな集まってくれたんだ。
私は感服していた。もうループは出来ないと思っていた。でも、誰も諦めてなかったんだ。こうして対抗しうる手段まで手に入れていた。すごいなって尊敬した。
螺旋階段を下りると、みんながいた。私のことで心配をかけたとはいえ、術を手に入れた。色々賑やかだと思われたけれど。
「おはよう、みんな――」
彼らは居間に揃いぶみだった。私が来たのがわかると、安心した表情を見せた。ああ、心配をかけてしまったなって、そう思っていたけれど。
「……?」
いつもなら真っ先に飛んできそうなアルトも。
無表情ながらも、経過観察してきそうなリヒターさんも。
心配したと頬を膨らませながら、ずいずい来そうなリナさんも。
何事もなければよし、と涙ぐみながら笑うエドワード君も。
そうそう、と穏やかに微笑むであろうエミルさんも。
「……みんな?」
みんなはどうしたというの? 誰も彼もが黙ったままだ。表情だって……沈んでいる。
「……ねえ、シャーリーだよ? 元気になったんだよ?」
腕の中のリッカも不思議そうにしていた。私と一緒、何があったのかわからないようだった。
「……あ。うん、良かった良かった! ほんと、心配したんだからさ?」
間を空けての反応。アルトがいけない、と思ったのか……普通に振舞わおうとしている。ううん、普通じゃない。よそよそしい距離、そのままだから。
「……うんうん、本当に元気が一番で……」
アルト自身もそれをわかっているようだった。ひたすら気まずそうにしていた。
沈黙が重い。五人とも、黙ったまま。それでいて、私の方を見たりしてきている。五人それぞれからの視線が――。
「……これじゃ駄目だ。いつまで経っても、俺達は――」
頭を抱えたアルトは、他の四人と目を合わせていた。彼らは頷き合っている……?
「――兄貴、お願い」
「……わかった。一気に行くか」
モルゲン先生までも通じ合っているようだった。ねえ、待って――。
「さあ、やり直そうか――未来を勝ち取る為に」
胸がざわついたの。嫌な予感がしたの。取り返す為なのに、取り返しのつかないことをしている気がして――。
「待って――」
手を伸ばそうとしたところで、私の視界がぐらつく。
リッカの遠吠えが聞こえる。でももう、意識が混濁してしまっていて。
私の目に映ったのは……『彼らの』儚い笑顔。そして。
ひっくり返る砂時計。
時間が巻き戻っていく感覚。
……ただ。先生、あなたの顔が見えなくて――。
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