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最終章
プロローグ――愛しかった日々
ふわふわの手触り。撫でる手から伝わるのはぬくもり。いつもの私の部屋、白いモフモフは今日も私の側で寝ていた。
リッカは足をジタバタさせていた。彼は今、夢の中。走り回っているのかも。ここ最近のことを思い出して。
ね、たくさん遊んだね。皆とお出かけもしたね。君はひっぱりだこだったね? 総モテわんこだからね、それもそうだよねっ?
「……ふふ」
君とは不思議な縁だったね。君と出逢ったのは本当に――。
あ、リッカの動きが止まった。こ、今度はヨダレ……? うん、拭こうね。私は近くにあった布で拭っておいた。うん、起きないね。これまた、夢に夢中のようだね? きっと美味しいものを食べているのかな、夢の中で。
「食べ物、大好きだもんね」
君は本当にそうだったね。食欲旺盛で、ガッガッってたくさん食べて。お水だって、ごくごくと飲んでもいて……食欲がない時だってあったよね。
ああ、本当に懐かしい。日数でいえば数か月のこと――でもね、何度も何度も繰り返しの日々、送っていたから。懐かしいね……。
リッカ。傷だらけで怯えていた君と出逢って。ごはんも食べてくれるようになって。お風呂にも入れるようにもなったね……今でも、すごい顔してくるけど。
お散歩も行ったね。朝だって昼だって夕方だって、夜だって。学園の中もそう、海沿いや森の中だって。君とたくさん歩いたね。
本当にね、かけがえのない時間だったの。君が歩いている時、ふと振り向いてくれて。そして笑ってくれる。そんなひと時が。
ああ、愛しい思い出が溢れてくる。本当にね、君と時間を過ごしてきたんだ。私はね、たくさんの時間を過ごしたって、そう思っているんだよ。
「……っ!」
いつからだったのかな。リッカがこちらを見ていた。暗闇に光る目、私はこんな時でもびくっとなってしまって。ごめん、本当にびっくりするんだ……。
「……あ、うん。そうだね。私、眠れないんだ」
君にはきっとお見通しだろうから。私は正直に答えた。彼は僕も、だって。うん……そうだね。思いは同じなんだよね……。
「……」
寂しいよ。
『この夜』を越えたら。もう君とは――。
だからね、私は君の姿を焼きつけておきたかった。せめて、と――。
ああ。
君の優しい声が、私を呼ぶ。小さなあんよで、私の頬に触れてきた。ちょっとね、グエって押されてしまったけど。
――おやすみ、って。君は言ってくる。
ああ……。
いやだ、いやだよ。まだ眠りたくなんてないのに。
せめて、せめて……! あと少しだけでいい、いいから……だから!
それなのに、私の瞼は重くなるばかり。
「このままお別れなんて……!」
私はね――知ってしまった。君は女神様の眷属、そのことはわかってはいても。本当に手が届かない存在になってしまうって。
時計の秒針は無情にも進んでいく。進んでいってしまう。
閉じられていく、私の視界。
お願い、私はまだ眠りたくなんて――。
「……こんなのって」
私は目を覚ますも、ここは自分の部屋じゃない――愛しいあの子はいない。
真っ暗闇、何もない場所。『手渡された』ランタン、それが灯となるもの。
「……ううん」
私は納得するしかないんだ。
わかっている。これこそが――ハッピーエンディングなんだって。
待ち望んでいた時なのだから。
もう死に脅かされることだってない。
私に取り巻く――『死の螺旋』からも。
――解放されたのだと。
「……前世か」
私の前世は日本人の皇冬花――ではなかった。
ある修道女の娘。ある商家の娘。ある学者の娘。ある貴族の娘。ある奴隷の娘。ある兵士の娘。そして――。
幼くして命を落としてきた。私の前世たちはそうだった……ようやく、解放もされたのだから。
命の危機にさらされてきたのは、私だけではない。皆もそうだった。私の大切な人たちだって、ようやく安息の日々を過ごせるようになるのだから。
何よりね、あの子が……リッカが。
笑ってくれるのなら。
「……うん」
私は顔を上げた。ランタンを手にしながら、暗闇の中を歩いていく。
思い出を振り返りながら、歩いていく。そうしていくうちに、次第に現実に戻っていくと――。
この日の為に頑張ってきたのだから。
この日を越える為に……私たちは。
――たくさんの代償を。
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