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最終章
君と過ごした日々
翌朝。朝のルーティーンを済ませた。まずは――式典をやりきること。それまでの期間はうん、女神像に注力していよう。そう考えていたところ――。
「――今日はさ、お出かけしない? もちろん、リッカも一緒にさ?」
うちに訪れてきたのはアルトだった。お茶を出して、カウンター席に座っていた彼に提供する。『ありがと。ほら、一緒に飲も飲も』と促されたので、私も飲むことにした。隣に座り、リッカも膝の上に座る。そんなまったりした時のことだった。
「女神像守るけどさ。行ける時に行っておきたいっていうか」
「アルト……」
いつもならデートとか、それこそ浮かれ調子なのに。彼はとても真剣な表情をしていた。私は断る気はなかったから、頷いた。
「わかった……うん。でも、どこに行くの?」
「――俺達が育ったところ」
孤児院だった。
私たちは今、山奥に来ていた。ここにあるのが、年季の入った建物でもある――ジェム孤児院だった。懐かしいな。仕送りはしても、訪れるのは何年ぶりだろう。
「久しぶりだ……」
「うん、俺も。まずは院長先生にご挨拶、しとこうか」
お土産はアルトの方でたくさん持ってくれていた。私が持っているのは少数だった。リッカのリード持っているからという理由からだった。
ここからはリッカを抱っこしておこう。私たちは門の前まで歩いていく。ああ、この匂い。子供たちのはしゃぐ声。昔に戻ったみたいだ――。
「――あれ? シャーロットにアルト?」
「あ!」
私はリッカを抱えたまま、雪かきをしている女性の元に駈け寄った。アルトも会釈をしている、と思う。彼に背を向けているからわからないけれど。
「ジェシカお姉ちゃん!」
「よっ! 久々だねっ!」
シスターの服の着た彼女は、豪快に笑っていた。彼女は院長先生の娘さんで、よく面倒を
見てもらっていた。今は孤児院の経営を手伝っていると、手紙で教えてもらっていた。
その後、私たちは雪かきを手伝っていた。
「わふっ、わふっ」
「きゃははっ」
「あはは、はやい、はやーい!」
リッカは子供たちと一緒に走り回っていた。大丈夫かなって様子を見ていたけれど、同じく見守っていたのは院長先生だった。私とアルトで会釈すると、微笑んで返してくれた。
「……うん」
私は大丈夫だと思った。優しくもあり、厳しくもあった彼女がついていてくださるなら。お元気そうで何よりだった。
リッカと子供たちは大部屋で眠っていた。はしゃぎ回って疲れたのでしょう。うん、楽しそうで良かった。
「――よく来てくれましたね。たくさんお話、きかせてちょうだい」
院長先生たちに近くの小部屋に招かれ、お茶をしていた。互いの近況に話が弾む。帰ってきたんだなって思えた。
「あ、そうだ。これ、言っておこうと思って」
お姉ちゃんが横にいる私に顔を向けてきた。
「仕送りありがとうね。でもねぇ、そろそろ自分の為に使ってほしいっていうか。アンタ、お店のこともあるんだからさ?」
「……そんな。お店のことはどうにかなってるから。私、これくらいはしたい」
お姉ちゃんたちは気を使ってくれてるんだと思う。でも、私はどうしても仕送りをやめたくなかった。
「……まあ、こっちも助かってるけどさ? 無理はしないでよ?」
「うん……そうだね」
「そうそう。アンタ達の生活を第一にね?」
隣に座っている彼女に、頭をぽんぽんと叩かれた。久々で嬉しい。
……仕送りか。私は『あること』を考えていた。それを実行するとなると、当分厳しくなってしまう。しばらくは控えさせてもらおうかな……。
「そうだそうだ、シャーロットはすぐ無理するんだから。くっ、届くけど……俺がやったらジト目で見られる……」
真向いに座っていたアルトも……そうしようとしていた? 悔しがってもいる……?
「って、アルトもだけどなー? つうか、アンタの方が多いんだけどなー?」
「くっ……やぶへびだったか」
アルトはお姉ちゃんから指摘された。またしても悔しがっていた……というか。
「アルトこそじゃないの」
「くっ……ジト目も可愛い……」
仕送りしているんだろうとは思っていた。でもって、この言い分だと結構しているんじゃ。
「どっちもどっちだっつーの。まあ、アンタには『足長おじさん』がいるんだから」
「え」
急に足長おじさん? こっちの世界でも通用するみたいだけど……いや、それより。お姉ちゃんも『しまった!』と両手で口を塞いでいるけれど。
「……え、ジェシカさん、それなに? この子に怪しいオッサンがついてるってこと? 不審者? そいつ、ぜってー危険人物じゃん!?」
アルトが食いついてきた。お姉ちゃんは面倒くさそうな顔をしていた。うんざりしてる。
「いや、お姉ちゃんの発言が発端じゃ……」
「えへ?」
えへ、って……。
「……あー、あれだ、アルトの兄貴! お兄さんが、弟のこと気にかけてるってこと! これもガチだから、本当だからっ」
「なるほど……」
モルゲン先生のことだったんだ。私は当然のごとく納得した。
「……そう、そっか」
アルトも少し考えたあと、それ以上追及することはなかった。弟思いですね、モルゲン先生。
それからも話は続いていた。でも、お勉強の時間になったからと、一旦解散となった。子供たちも起こしに行くと、院長先生たちは退室していった。
私たちは待っているのもなんだから、と。掃除や夕飯の手伝いなどしていた。
「……」
廊下や自習室。寄付された本による図書室は、私のお気に入りだった場所。あったかい空気。どこもかしこも懐かしかった。
みんなで食卓を囲んで、楽しい時間を過ごしていた。
ここの優しい家庭的な料理と、アルトの手作り惣菜もあった。美味しい、美味しいと充足感があった。この賑やかさも、変わらないんだなって。
「――それでは、また。お体に気をつけてください。みんなにもよろしく」
「今日はありがとうございました。中々立ち寄れなくてすみません」
「すぴー……」
名残惜しいけれど、すっかり遅い時間になった。私とアルト、爆睡中のリッカも挨拶して夜道を帰ることに。
「また遊びに来なよー!」
遠くになっても、大きく手を振るジェシカお姉ちゃんは目立っていた。他のシスターたちにたしなめられても、彼女はケロっとしていた。でも、母である院長先生の凄みには大人しくなっていた……。
「リッカ、重くない? そろそろ変わるよ」
アルトがリッカを抱っこしてくれていた。行きもたくさん荷物を持ってくれたし、リッカだし。私は交代を申し出たけれど。
「全然軽いし。というか、君だっていつもリッカを抱えてるじゃん?」
「そりゃ、私は……私は好きでやってるから」
「それ、俺もなの。なー、リッカ?」
アルトはリッカの顔を覗き込んだ。リッカは眠ったままだった。
「寝てる寝てる」
と、アルト。彼は優しい眼差しを向けていた。
「……うん」
本当に……態度が柔らかくなったよね。犬が嫌いというよりかは、どう触れたらいいのか。壊したら怖い、とか。そういう感情の方が主なだったと思うんだ。
だからね、嬉しい。リッカとたくさん触れ合っている君をね、こうして見ていられるのが。
「……ねえ、シャーロット。俺のこと見てた?」
「あ……ごめん」
ついつい見守るような気持ちで、見てしまっていたかも。アルトの表情からして、怒っているようではないけれど。
「……ううん。きっとさ? いつもみたく俺のこと、心配してくれてるんだなって」
――そんな顔をしている。優しい顔をしているって。
「アルト……」
君の表情の方が、よっぽどだと思うんだ。そう思っていたところ。
「……ほんと、好きだなぁ」
「……うん?」
こちらがしみじみしていたところに、だった。
「好き。大好き」
蕩けるような眼差し、頬が紅潮しているのも寒さからか、それとも……。
「結婚したいし、ずっと一緒に――」
幸福に満ちていた彼だったけれど。
「ずっと……」
「……?」
そこで表情に影が差した。その深刻ぶりに、私は心配になってしまう。
「……ううん、心配しないで? 俺は変わらないんだ――ずっと好きだから」
「アルト……?」
どうしてかわからなかった。あれだけ幸せそうに口にしていた『好き』の言葉。それが今は、こうも悲しそうな顔をしているのが。
「……うん、そうだ! これからもずっと一緒だ、一緒! つか、足長おじさんって兄貴じゃん? 不審者じゃん!」
「ふがっ!?」
アルトの突然の大声に、リッカも起きてしまっていた。まあ、きょろきょろした後に再度眠っていたけど……アルトも『ごめん……』と申し訳なさそうにしていたけれど……。
「……不審者はさすがに可哀そうというか」
足長おじさんって、アルトに対してでしょう? しかもご家族なんだから、そんな警戒するようなことある? ないでしょう?
「つか、ぜってぇ一人にはさせらんねぇ……兄貴がそばにいるんじゃ……」
すっかりいつものアルトだった。そう呟いている間に、私はリッカをこっそり抱えた。うん、まだ気づいていなかった。
しばらく歩いていると、アルトが気づいて。そこから交代したりもして。私たちは今の自分たちの場所へと帰っていった――。
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