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最終章
あなたと過ごした日々②
リヒターさんに昼食をごちそうになった。絶品も絶品だった。リッカもガツガツいっていたねぇ。
「ぐー……」
リッカはお腹を鳴らしながら、仰向けになって寝ていた。暖炉の近く、リヒターさんがいつの間にかクッションを用意していて、ワンコを乗せていた。うん、起きなかった。
さて、食器洗いも終わった。他にすることないか、聞いてみようかな――。
「……っ」
リヒターさんが――リッカを優しく見つめていた。あまり見ない表情だからか、私はドキッとしてしまった。
「……リッカ様は本当に愛らしいですね」
「う、うん……」
私からの視線にも気づいたみたい。もっとも柔らかな表情はそのままだった。
「……ジェム様。改めてお詫び申し上げたいのです。多大なる迷惑をかけたこと、そしてリッカ様と引き離しかけたこと。誠に申し訳ございませんでした」
「リヒターさん、それは……」
私だって気にしないわけでもないし、彼だってずっと気にすることなんだと思う。それこそ、本当に色々あったからで……。
「……うん、色々あったからね。でもそれがあって――気まずい関係でもなくなったでしょ?」
私は自分で口に出しては苦笑してしまった。本当に懐かしい。長い沈黙もすごくプレッシャーで、ぎくしゃくしていたあの頃が。
「気まずさもなくなって、信じられるようになって。一緒に乗り越えてきたよね」
リヒターさんも力を貸してくれたからこそ、だった。私は微笑んだ。
「あなたは申し訳なく思っていても、私は感謝している。ありがとう、リヒターさん」
「……」
私の言葉を受けて、困ったような顔をするあなた。そうだね、『あの時』もそうだったよね? お互いに初対面に戻ろうってなった時。そうしなかったのは、私だった。
「ええ、あなたは妙なところで譲りませんから」
「……リヒターさん」
もう、ここらではっきりさせよう。私は勇気を持って問うことにした。
「……私の心、読んでない? 読めてるよね?」
「はて? 私に読心術などございませんが?」
「いやいや、あるでしょ?」
「いいえ? いうなれば――あなただから、わかるかと」
「ええー……?」
私の表情がわかりやすいから? あまり疑問の解決にはならなかった……ううん、いずれは。
「……はは」
リヒターさんは小さく笑った。それから、リッカに立膝をついていた?
「リッカ様。お眠りのところ、失礼いたします。しばし、外に出てまいります。すぐに戻りますから」
「ぴすー……」
リッカはまたしても寝息で返事していた。
「――外、出ましょうか。本題でございます」
私たちを連れてきた目的、そのようだった。
昼を回ったというのに、変わらずの黒い空。外に出てきた私たちは、寒さに体が震えた。
「……すみません。すぐに済ませますから」
「リヒターさん?」
彼は手袋をはめ直すと、地面の雪をかきわけていた。掘っているのは――。
「あ……」
私はわかってしまった。かつて彼の欲望を駆り立てたのは、金色の腕時計だった。それを地中に埋めたんだ――壊してなかった。
そっか……だから、リヒターさんは気まずそうにしていたんだ。
「春まで待とうと。あなたは仰ってくださいました。ですが、そうも言ってられなくなりまして」
「……どうして?」
彼はどこか焦っているようだったから、私も尋ねてしまった。
「……それ、は」
彼の掘る手が止まった。私からも視線をそらしている。
「……いえ、私が申し訳なく思っただけです。彼らは壊したのに、私のは現存したままですから」
そう、壊してない。だから……だからなの?
「……壊そうとしているの?」
「……はい。勝手ながら、あなたがいてくださったら、それが出来るかと」
――それが目的です、と。
リヒターさんはいつもの無表情ながらも、重々しく口にしていた。
……壊してないのは、リヒターさんだけじゃない。それを言うのは迷ってしまう。今は、今の私は……。
「……春まで待つ。春になっても駄目なら、もっと待つって。私は伝えたよ?」
「……はい。仰る通りです」
彼の無表情が辛さに歪んでいく。私の言葉が……あなたを追い詰めているの?
「……」
あれは秘道具の一つだった。欲望をもたらすものだった。だから壊したって問題がないもの。
……でも。
「……リヒターさん」
私の言葉もそうだし、この行為自体もそうだった。わかりづらいあなたが、こんなにもわかりやすいほど――苦しんでいる。
……だから。
「……大丈夫、大丈夫だよ」
「!」
私はリヒターさんの手に自分の手を添えた。彼は驚いたのか、手をひっこめそうになっていた。だから、強く握りしめた。
「……やっぱりね、信じているんだ。もうリヒターさんは欲望に駆られたりしないって」
「……ですが」
迷うのもね、わかるよ。
うん、わかる。
「わかる。私も、あなたのこと見てきたから。あなたが苦しみ、悩んできたことも……それでいて、乗り越えてきたって」
――だから、信じてると。私は力を込めて伝えた。伝えたかった。
「私は自分を信じるかは……果たして信じられるのか……」
『ですが……』と、彼は口にする。
「あなたが信じてくださる私は……信じたいです」
「……うん」
掘る手は止まった。うん、大丈夫だよ。あなたは大丈夫なんだ。私はそう思えたからこそ、手をそっと離した――。
「――シャーロット」
気がつけば――私は彼に抱きしめられていた。冷たい手と、高めの体温。彼の感触が伝わってしまう。
「……」
それと……名前で呼ばれていた。それは久々でもあって……。
「……私はどこまで意志薄弱なのでしょうか。ですが、すみません。どうしても呼びたくなりました」
「そ、そう……」
なら、私も彼を『リヒトさん』と呼んだ方がいいの? 今だけだとして――。
「……いえ。『リヒト』はいずれ、で。そうだ、まだ終わったわけじゃない」
……読まれているなぁ。それでいて、さらに強く抱きしめられてもいて。
「私はあなたを見続ける――それは変わりないでしょうから」
帰りの馬車の中、リヒターさんは学園のことを教えてくれた。
「――ロルフ君、来ていないんだ」
「はい」
学園には来ていない。学園には長期休暇の届け出が出ていると。
彼の狙いはなんなんだろう……?
「……わん」
私の膝の上で寝ていたリッカが目を覚ます。この子はどこか遠くを見ているようだった――。
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