春の女神は知っている。~モフモフと力を合わせて、ヤンデレメリバフラグ回避してみせます!~

古駒フミ

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最終章

あんたと過ごした日々②



 しばらく経ってからだった。

「……エマ?」

 扉の向こうに人がいた――ルイ・ゼンガーだ。扉はゆっくりと開かれていく。

「……エマ、なのか?」

 ――悪い方で想像以上だった。声が……しわがれていた。頬もこけていて、生気を失ってもいた。

「……私、あんたと話がしたかったのよ。だからこの姿で――」

 リナさんが話している時だった。

「う、うわああああああああああ!」

 ルイ・ゼンガーが慄き、悲鳴を上げたのは。床にへたり込んだ彼は、そのまま後退している。

「す、すまなかった……! 俺が、俺が悪かった……!」

 彼は頭を抱えて丸まった。そのまま怯えきってしまっていた……。

「こ、殺したいほど、恨まれていたんだ……俺は、俺は……!」

 この人に記憶はない……彼女に殺められてきた記憶もないはず。それでも、無意識下では覚えていたのか。記憶はちり積もっていたのか。
 醜い欲望を彼女に向けたこと。その報いなのか、自身に降りかかったことが。

「……」

 私は彼女を見た。無表情で見下ろしている彼女、どういった思いを抱いているというのか――。

「――殺したい気持ち、消えたわけじゃない。法が、理性があるから留まっているだけ」

 それに、と。彼女はリッカ、私と見た。

「この子たちに顔向け出来ないのは嫌。そうだからよ……あんたへの温情なんかじゃない」

 見下ろしながら、冷淡に言い捨てる彼女。

「あ、あああ……」

 縮こまったルイ・ゼンガーは呻いていた。未だに残る殺意に彼は怯えきっていた……。

「あんたのことは、ずっと恨み続ける。許すことなんてない。あんたはそれだけのことをしたの」
「あ……」

 優しさも慈悲も施すことなんてないこと。ルイ・ゼンガーは絶望に染まっていた。

「……でもね、なんなのかしら。そんなヤツ相手でも、頼まなくちゃいけないのって。世知辛いのなんなのって」

 恨み言を放ちながらも、彼女はリッカを強く抱きしめていた。リッカもその手をペロリと舐めた。

「……うん」
「はい」

 リナさんは振り返り、私を見ると頷いた。私も頷き返す。近くにいますから。もう一度、前を向く彼女。口を開く。

「――歌いなさいよ、ルイ・ゼンガー。あんたなんかの歌でもね、待っている人がいるの」
「……エマ」

 虚ろな目をしながらも、彼は顔を上げた。そこにあるのは、彼女の厳しい顔つき。

「……私だって嫌いじゃなかった――あんたの歌だけは」

 ……エマさん。あなたは絶対に認めたくないだろうけど、それは温情じゃないかな。

「……俺の、歌」

 少しずつだけれど、ルイ・ゼンガーに表情が戻ってきたのも――あなたの言葉が、そのぬくもりがあってこそ。
 相手がどれだけ憎むべき存在だろうと……あなたは優しくて、強いから。

「ルイ、女神様も待っているの。純粋に思って歌ってくれてたって、教えてくれたの」
「あ……」

 彼女の腕の中で、神々しく光る子犬――女神の眷属だ。犬が話していることも疑問になんて思わせないほどだった。 

「逃げるんじゃないわよ」

 リナさんが背を見せて去っていった。私も続こうとしたところ。

「……お嬢さん。俺は君にも何か――」

 ……うん。私もしっかりと根には持っている。けど、いい。私のことはいい。

「……よくわからないです。明日、お願いします」

 私はこれで充分だった。扉はこちらで閉めることにした。




 大晦日当日となった。私は彼女と一緒に式典会場を訪れていた。もちろん、リッカもいる。私の腕の中で大人しくしていた。賢いね、偉いねぇ。

 数多の蔦のようなものが張り巡らされ、床は草花の絨毯のよう。雪も積もっていないここは、春を彷彿させる場所。
 多くの人でごった返しでもあった。どれだけの人が、彼に期待しているのか。それなのに。

「……なんなのよっ、あいつは!」

 おなじみのツインテール、ふわふわのコート。いつものリナさんが、私の隣で憤慨していた。
 そうなんだ……予定の時刻はとっくに過ぎている。なのに、肝心の人が現れないときた。司会進行の人も、そろそろ間をもたせるのが厳しそうだった。

「わふっ」

 失望、苛立つ人たちの中、リッカは違っていた。彼はキラキラとした瞳をステージ上に向けていた。

「……もう、リっちゃんに免じて待ってあげるけど?」
「ですね」

 ここは来ると信じて。私たちは冬の風に凍えながらも、待ち続けて――。

『――あなたのルイ・ゼンガーです』
「……!」

 スピーカー越しに声がした――か細い声が。
 そしてステージ上に現れた彼の姿に、会場はざわつき始める。『噂通り……』と戸惑いの声が聞こえてきていた。

『……お待たせしました。私は役目を果たしに来ました』

 やせ細った姿、声だって本調子ではない。そんな彼が――マイクを床に置いた。

「あいつ、まさか……」

 リナさんは何かを予感していた。そう、ルイ・ゼンガーがとった行動を。

「ゼンガーさん……?」

 私だって驚愕した。彼は不完全であろうに、肉声で歌おうとしていたのだから。
 最初は弱弱しくも、次第に力を増していく歌声。私だって圧倒されていて――。

「……春が今年もやってくるよ。準備してねって。寝ぼすけな女神様にね、お歌で知らせてくれたの」
「……リッカ?」

 リッカは人の言葉が出ていた。他の人たちは歌に夢中だから聞かれてないとは思う。というか、寝ぼすけ……?

「へっへっへっへっ……」

 口元が笑っているリッカは、心地よさそうに歌を聴いていた。

「……」

 真剣な表情をしながら、リナさんはステージの上を見ていた。目をそらすことなく――。




 式典は無事終わった。私たちは帰り道についていた。道中、花火が上がる。歩きたがりのワンコは、大きな音にはしゃいでいた。

「……ありがとう。面倒ごとにも巻き込んじゃって」

 リナさんも花火を見上げていた。

「……いいえ」

 私は首を振った。

「……ふふ。私、助けてもらってばっか。あとは……ぬいぐるみ、だよね」
「!」 

 ……そうだ。壊してないのはリナさんもだ。あのぬいぐるみは現存していて、今は彼女の手元にあるままで……。

「……」

 エマと刺繍されたぬいぐるみ。秘道具だから、本当の贈り物ということもない。けれども、彼女がいかに大切にしていたか。それはよく知っていたから。

「……壊さなくていいと思う」

 私は伝えた。私だけじゃない。

「そうだよ。もう、変な感じしないよ?」

 リッカもそう言っている。

「……そう、そっか。じゃあ、持ってよっかな。私自身もね、大丈夫な気もしているの」

 リナさんもそうなら。うん、壊さなくていい。壊さなくて済むのならって、思っていた。

「本当にありがとう――大好きよ、あんた達」

 花火を背景に微笑む彼女。とても綺麗でいて――泣きそうでもあった。

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