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最終章
私の代償
私も彼らと顔を合わせづらくて。彼らも店に来ることもなくて。会うのは先生くらい。
日々は過ぎていってしまう。ついには――二月十四日となった。もう春まで迫っていた。
先生は今朝も家にいらっしゃった。私たちは立ち話をしていた。リッカも間でお座りをしていた。
先生は――深刻そうな表情となっていた。
「――砂時計、な。こっちで保管させてもらっていた」
「……はい」
私たちは立ち話をしていた。先生から袋から取り出したのは例の砂時計。五色の砂で彩られたはずが。
「……!?」
――ドス黒い色に変わっていた。
「ど、どうして……」
震えが止まらない。まさか、彼らに何かあったのか。それか日向ちゃんの身に……!?
「……いや、更木は普通だった。来る前に立ち寄ってみたけどな。いつもの愛想笑いだったんだ」
「そう、ですか……」
日向ちゃんは大丈夫そうとはいえ……それなら。
「……俺の弟も。他の子もそうだ。謎の病なのか、倒れてしまってな……」
「……!」
私の顔は蒼白した。
「ああ……」
私のことを忘れるとかどころじゃない。せっかく未来につながりそうなんだ。それなのに、ようやくなのに。みんながいないんじゃ……!
『……ワスレタクナイ』
「な、なんだ……!?」
砂時計から声がした。誰の声かはわからない。なんというか、混じっているような声ともいうか……。
『ワスレタクナイ。イッショニイタイ。コレカラモズット、ズット。ワスレタクナイワスレタクナイワスレタクナイワスレタクナイワスレタクナイワスレタクナイワスレタクナイ――』
「おわっ!」
先生は手を滑らせて落としかけるも、なんとか手でキャッチした。
――突如、視界が黒に染まった。何も見えない、黒一面の世界。かつての日向ちゃんの時のような。
「……照らすぞ」
先生が手元で炎を創り出した。灯りによって、視認できたのが。
「……!」
巨大と化した砂時計だった。淀んだ空気も纏っている。
『ワスレタクナイ。ワスレタクナイ。ワスレタクナイ。ワスレタクナイ。ワスレタクナイ――』
「あ……」
砂時計から発せられる声は、あの機械音声みたいなもの。それなのに、こうも情念渦巻いていて。
……『彼ら』からの言葉のようで。
「……わかってるんだ。お前達にとってどれだけ辛い決断だったのか」
先生の苦しげな声、気持ちがわかっているようだった。痛感しているようであり。
「……嫌だったよな。忘れたくないよな」
胸を痛めているようだった。
「……みんな」
彼らが倒れてしまったのも、きっと――この砂時計が原因だとしたら。
「……壊さないと、なんですよね」
執着を礎にしていたそれらが、今暴走した状態なんだ。もう壊さないと……彼らが助からないとしたら。
「……」
私だって、期待していたんだ。砂時計が残ったままでも、未来に向かえるんじゃないかって。
「……辛いな」
そうじゃなかった。
彼らは覚悟していたんだ。こうなることも予測していたのだと思う……最後に抵抗するだろうと。
『アア……ワスレタクナイ。ワスレタクナイ。ワスレタクナイ。ワスレタクナイィィィィィィィィィィィィィィィィィィ! イヤダァァァァァァァァァァァ!!!』
「……」
悲痛なる絶叫も聞こえてきた。私の胸も締めつけられるようだ。
彼らの代償は……私との記憶、私への思い。彼らにとって……大切で、重かったもの。
代償を支払わないと、乗り越えられないとしたら……。
「……壊しましょう」
ありがとう。こんな私を大切に思ってくださって。
みんな、覚悟を決めてくれたんだ。私だってそうしたい。
『アアアアアアアアアアアアアアアア!!!』
砂時計から伸びるのは数多の魔手。私を捕らえ、引きずり込もうとしている――。
「……すまない、そっちは頼む」
先生は炎の力で魔手を焼き払っていた。はい……はい、先生。
「……シャーリー、いいの? だって、みんな君のことを……!」
「……うん」
リッカの瞳が潤んでいた。今にも泣きそうで……。日向ちゃんの時みたくなるって、君は心配してくれてるんだね。
「いいんだよ、リッカ。いいの」
「……シャーリー。わかった」
リッカの顔つきが変わった。涙目のままだけど、まっすぐに見据える。
「あ……」
私の手の平にいつのまにあったのか――『紙片』だ。フーゴさんの……。
私の手元から浮遊したそれは、やがて鋭い刃となって――砂時計に激突した。
……亀裂が生じた! 狙うならあそこだ!
「はあっ……!」
私は全魔力を集中した。凍てつかせて、動きを止めるんだ……!
「……っ!」
リッカも集中していた。あの時みたく、光弾をぶつけたらそれでフィニッシュだ! それまで私は動きを封じないと――。
「くっ……」
私はこれまでにない魔力を放っている。それでも向こうは甚大なる力なのか、凍らせた箇所も破壊されていく。
「……いいえ」
私の覚悟が足りないんだ……! もっと、もっとだ……!
「……おい、シャーロット」
『指輪が……』って、先生に言われて気がついた。今ままで無かったことが、今起こっている。
――指輪が割れそうになっていた。生まれた時からあった薬指の指輪が。ピキピキと音を立てて、いまにも割れそうになっていた。
「……そっか」
私の魔力に呼応しているのかな。私の鼻からも血が出ていた。頭の血管も切れそう。
……限界を超えようとしている。
……私の頭の中で警鐘が鳴り響いている。
これ以上は駄目だ。これ以上は失ってしまうと。そう、この力。昔から私を守ってくれた力が。
「……いいよ。これが私の代償ならば……!」
「――シャーロット!」
先生の静止の声。すみません、もう止まれないんです――!
「伝え、私の魔力よ。全てを凍てつかせて……!」
指輪が。
砕け散った。
「わおーん!!」
リッカの咆哮と共に、光弾が放たれる。
ああ、消えていく。
黒と化した砂時計が、元の色に戻っていき。
『愛して……る……シャーロッ――』
その声を最後に。
消滅していった。
何一つ、残ってなどなくて。
「あ……」
私の体もふらついてしまった。咄嗟に抱えてくださったのは先生だ。
「大丈夫か……?」
「はい……」
「つってもな……こうはしていてくれ」
「すみません……」
抱きとめることはなかったものの、もたれる形となった。大分、楽になりました……。
「……」
私の中にあるのは喪失感だった。
もう氷の力は感じない。地面にあるのは、砕け散った指輪だ。
もう、彼らの思いも感じない。もう、私に対して何も無い。
視界が晴れていく。元の空間に戻ったんだ。いつもの家、リビングだ。
繰り返しの砂時計は壊すしかなかった。
もう引き返せないんだ。
「うう……」
なんだろう、寝心地が悪かった。きしむスプリング、ぐらつくベッド……これって。
「……」
私は恐る恐る、ゆっくりと体を起こした。そうしないといけない気がして。
「このベッドは……」
年季が入った壊れかけのベッドだった――『彼』が作ってくれたものじゃない。
「あ……」
私は思い当たってしまった。ひとまず、足元で寝ているリッカに危険が及ばないよう、静かに静かに降りた。
それから机の引き出しも開けた。そこで保管していたもの。
「そうだよね……」
それらも、だった。蜂蜜の空き瓶も、リップも、サンゴのネックレスも、コースターも、そして犬用の帽子も――全てが無くなっていた。
そうだよ、そういうことなんだ。
私は彼らとの思い出も壊した。これらにも強い思い出が残っていたのだとしたら。
共に消えてしまったんだ。
こうやって跡形もなく消えていってしまうんだ……。
来店した先生からその後のことを聞いた。彼らの体調に問題はないようだった。
……私のこと。そのことには触れなかった。先生の配慮だと思った。
それから先生は告げる。
「――あとは俺の番だ。安心だと確認できるまでギリギリになるがな……俺も解放しないとな」
「……先生」
そう、私に迫る脅威がもうないのなら――先生は鳥籠がなくても問題がないのだと。
おそらく27日、そうだと思った。
28日だと、そう。リッカとの別れの時間が必要だと。そう汲んでくださったのだと思った。
一日、一日と過ぎていく。
私は彼らに会いにいけない。彼らからも来ることはない。
リッカも日に日に元気がなくなっていた。部屋のベッドの上で、伏せて寝ていた。女神様に会えるのに……寂しいと思ってくれてるんだ。
「――ねえ、リッカ。遊びに行こうか。この近くを散策して、ワンコでも入れるレストランにも行って。お祭りだって飛び入り参加、しちゃおっか!」
私はベッドに越しかけて、わざとらしいまでに明るく話しかけていた。それを受けたリッカは驚いた顔をしていたけれど。
「……行きたい。僕、シャーリーとお出かけしたい!」
「……うんっ!」
この子の表情に笑顔が戻った。嬉しい。
連日たくさん歩いて、遊び回った。思い出を作った。
振り返った時。思い出した時。悲しい感情はあっても、笑顔になれるように。
私はただ、リッカの姿を脳裏に焼きつけていた。
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