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最終章
最後の一日③
都では祭典の前日祭りが開かれていた。多くの出店で賑わいを見せていた。異国の食べ物、お米とか、お米とか。サーカス団まで訪れていた。
こういった賑わいとは無縁だった私、今はとことん楽しもうと思った。
「ほら、景品だ。お前達にな」
私を上回るように楽しんでいるのは先生だ。片桐先生の頃からそう、根本的に陽キャだった。屋台の射撃ゲーム、すごく楽しんでいた。というか、いつの間に周囲と打ち解けてもいた。成功した時の盛り上がりっぷり、すごかったなぁ。
「わっ、ありがとうございます」
「わふっ」
可愛い狼の被り物だった。リッカはお花の頭巾。私は自分のを後回しにして、リッカに頭巾をいそいそと装着した。
「リッカぁ、可愛いね、可愛いねぇ……!」
「わんわんっ」
ああ、尻尾を振ってその場で回っている。いつまでも見ていたいよね……。
「お前な……」
先生が私を見ていた。なんか呆れてもいるような?
「ほーら、お前もつけような?」
「……わっ!?」
なんということか、先生が私に被り物をかぶせてきた……! 突然で驚いた……。
「ああ、可愛いな」
「……」
……驚きを通り越して、私は固まってしまった。
「……いえ、先生――」
先生にはなんてことなくても、こちらは心臓に悪すぎる。どうにかしようとしたところ。
「――今、先生って」
「……てっきり、彼氏彼女かと思ってたのに」
喧噪の中で……拾ってしまった声。やけにはっきりと届いてしまったもの。
「……」
私の言葉が止まってしまった。軽率だった。こんな人がいる中。堂々と教師と。元とはいえ、生徒が歩いているだなんて。
「……くーん」
リッカが私の様子を見て心配そうにしている。そう、他人の言葉だ。気にするわけには――。
「――もう『先生』じゃないんだ。辞職したからな」
片方はリッカを抱っこしていて。もう片方は。
「え……」
繋がれていた……私の手と。
そのままぎゅっと、手は繋ぎ合わされる。俗にいう恋人つなぎで――。
「学院長には前から話していたんだ。元々生徒も受け持ってなかった。引継ぎも済ませた!」
「こ、声が……」
噂話をしている人たちに聞こえるかのようだった。当人たちはそそくさと去っていった。
「……」
私たち、先生と生徒じゃない……そうじゃないんだ。
「そういうことだ。問題はもう――」
得意そうな表情の彼が、繋がれた手に視線を向けた。
「……こっちでは成人……向こうでは未成年」
彼は葛藤しているようだった。その末に――手はそっと離された。
「突然、悪かったな。ちゃんと弁えるさ」
「は、はい……」
先生は謝ってきた。そう、その方が助かる。すごく緊張してしまう。私の手、汗ばんでいただろうな……。
……ううん、先生じゃないんだ。この人はもう。
「……モルゲン、さん」
先生の方が呼びやすかった。苗字であろうとも、妙に緊張もする。でも――。
「なんだ、名前の方じゃないのか」
「も、もちろんです!」
彼は揶揄うようだけど、さすがに名前は無理だった。
「なあ、シャーロット? 本当は先生呼びの方がいいんだろ?」
「それはそうですが……」
「そっちでもいいんじゃないか? 一応、先生と呼ばれる資格、他にも持ってるからな」
「え、すごい」
「そうか、ありがとうな? あと、屁理屈だ」
いや、本当にすごいのに。うん、それでいいなら。
「はい、モルゲン先生――」
「ああ」
私は嬉しくなって笑顔になった。先生も微笑んでいた。
先生はリッカを抱っこしたまま、それでもさりげなく私を庇ったりもしていた。
先生の見た目は目立つから、どうしても視線が集まってしまう。私たちの関係を勘ぐられてもしまう。
そんな時でもね、先生は『堂々としていればいい』って。『何も後ろめたいものなんてない』って。そうやって笑ってくれるの。
勇気をもらえる。心強い。私、現金だな。どれだけ白い目で見られようと、前より平気に思えるようになるだなんて。
「へっへっへっへっ」
リッカは眩しそうに人々を眺めていた。笑い合っている。幸せそうな人たち。そんな彼らを愛しげに見ていた――。
夕飯は先生と一緒に作った。プレゼントに買ったおもちゃでリッカは遊んでいた。本格的な誕生日会の始まりだ。
『リッカの分はそっちで頼むな?』
先生はそうおっしゃった――そう、最後のご飯だ。
リッカのご飯、市販品に頼っていたけれど、自分で作ったりもしていた。
私の平凡な腕前。それに、犬用のご飯とか作ったことなかった。どれだけ出来栄えに不安があったことか。
それでもリッカはいつも、美味しい美味しいって。今もそう。食べることにとても集中していた。
君が美味しそうに食べていて。それを眺めている自分。いつもそうだった。そんなささやかな時間も。
「おいしかった! ごちそうさま!」
お腹を膨らませて、へそ天になる君も。
夜にもうひと遊びする為に、おもちゃ箱に顔を突っ込む君も。
絵本を読んでほしいってお願いして。私の足の間に入って一緒に読む君も。
もう。
もう――。
先生は夕ご飯を食べた後、早目に帰られた。リッカとの時間をとってほしかったんだと思う。
就寝の時間までに、たくさん遊んだね。楽しかったね。
ああ、今日がもう終わってしまう。
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