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最終章
ずっと大好き
「――へっへっへっへっ」
……もう、朝が来たのかな。毎年、気づけば雪解けしているんだよね。当たり前だと思っていたことが、こんなにも有り難いことだったなんて。
「わふっ、わふっ」
……うん、起きなくちゃ。今日から祭典が三日間催される。今までは見に行こうとも思わなかったけれど、今年は行きたい。
「わんわんっ」
……リッカもひょっこり遊びに来たりしないかな、なんて――。
……視線を感じた。私の顔あたりに、熱い視線が送られている。というか、さっきから声もしていない?
「――シャーリー、起きて起きて? もう時間になったの」
おまけに、頬のあたりをぺちぺち叩かれてもいる……? 地味に痛い。小爪が地味に痛い。
「僕、ちゃんと起こせるんだよ? ほら、起きるの」
「……え」
得意そうな声と、鼻を鳴らす音。私がそっと手を伸ばすと――モフモフとした感触。
「……リッカ」
私は名前を呼んだ。
「リッカ……リッカぁ……!」
私の枕元にいる子犬の名を。手を伸ばしたら届く位置にいる、君のことを。
「おはよう、シャーリー」
そうやって笑う君が――こうして、ここにいる……!
「も、もう……! もう、リッカ。ドキドキしたんだから。なんかいなくなるフラグっぽかったし……もう!」
私は情けない顔をしながら笑っていた。笑って抗議を続ける。
「すぐにいなくなるってこと、なかったんでしょ? そりゃ、女神様のところに戻るとしても? 普通にこっちにもいられたり、とか」
「……」
リッカは何も言ってくれない。私は。
「……ああ」
私だって……わかっている。そんな上手い話なわけがない。また一緒に生活出来るのなら――。
「……ごめんね、シャーリー」
「……ううん、私こそ」
この子がこんなに……悲しい顔をするわけがない。私の浅はかな望みだった。
「……うん。まだ時間があるってことだよね」
突然のお別れじゃなくて良かった。私はまだ気持ちを伝えられるんだ。
「うん、時間があるの――だからね」
「!?」
リッカが窓辺にジャンプすると、窓が勝手に開いた。二階から飛び降りたリッカは、華麗に着地した。雪のクッションの上にともいえた。
「ま、待って……!?」
リッカは急に外に出だした。私も追いつこうにも……もう氷の力を活用することは出来ない。
「……っ」
私は急ぎ部屋を出て、螺旋階段を駆け足で下っていく。居間を暖炉を横目に通り過ぎて、ついには玄関へ。
「リッカ……!」
勢いよく玄関を開けると。
「シャーリー」
リッカが笑顔でお座りして、私を待っていた。まるで散歩を待つ時のように。楽しみで楽しみで仕方ないっていった表情で。
いつもの君がそこにいた。
「シャーリーやみんながいてくれたから、ここまで来られた」
尻尾を振っている君が。
「シャーリー、冬ちゃん……僕を見つけてくれてありがとう」
私を目にして嬉しそうにしている君が。
「僕を助けてくれてありがとう……」
はにかんでいる君が。
「本当にありがとう。ありがとう……」
ちょっと泣きそうになっている君だったけれど。
「――僕、シャーリーと一緒に春を迎えたかったの」
力強く、雪の地面に駆け出していくリッカ。暗かった空が白み始める。黎明の空の下、子犬は駆け回る。
「あ……」
リッカが走った後に、草花が芽吹いていく。雪は溶かしつくされ、爽やかな風が吹いた――春一番だ。
「へっへっへっへっ」
無邪気に走り回る子犬。彼が走ると、春が目覚めだすようだった。勢いよく走って転んでしまっても、気にせず走りづける。
春だ。一面の春だ。冬はもう終わった。じきに冬眠から目を覚ます動物たち。生い茂っていく植物たち。
「シャーリーも一緒に走ろっ」
「うん……!」
追いかけっこみたいだね。自由に駆け回る君に続くように、私も草の上を駆けていた。
楽しい、楽しいね。君も笑っているね。
待ち望んでいた春を楽しむリッカ。生き生きと走り回っていた。
太陽が昇ろうとしている。その眩しさに目を細めていると。
「あ……」
リッカは走るのをやめた――迎えが来たからだ。
「兄さま、姉さま……」
三匹の白い狼は……おそらく、女神様の眷属。リッカは彼らを慕っているようだった。体をすり寄せて、匂いもすごく嗅いでいる。
――突如、狼たちはひれ伏せた。
偉大なる畏怖すべき存在が現れたから。
天上から降臨したのは――春の女神様だ。
「……女神様!」
リッカが全身で叫んでいた。すぐに飛んで駈け寄っていく。ずっと会いたかった人。この方の為に頑張ってもきたんだ。
「――無礼だぞ、リッカ!」
一匹の狼に諫められるも、女神様は気にすることもない。甘えてくるリッカを愛おしそうに抱きしめていた。
私は息をのんでいた。声にならない。こんなに美しい人は見たことがない。知らない。
それに女神様の慈しむ表情は、涙が出そうになるほど救いになるものだった。
「あ……」
こうして棒立ちしている場合じゃなかった。現実味ないけれど、相手は神様だ。狼たちも眷属にあたる方々。それはリッカにもいえること。
「失礼しました――」
私は跪こうとした。神様相手に失礼がないようにって――。
「……!?」
そうしようとした時、信じられない光景を目にした。まさか、まさかだった。
――女神様が、私に頭を下げていた。一礼すると、優美に微笑む。
卒倒しそうだった。あまりにも現実離れし過ぎていて……。
「あのね、シャーリー。女神様がね、ありがとうって。兄さま、姉さまもそうなの」
「ええと、リッカ……?」
リッカの言葉を皮切りに、眷属様たちまで私に礼を示していた。眩暈がしてきた。
「うん、ありがとうは大事なの!」
「ええと……?」
リッカはあまりにも普段通り過ぎて、もう戸惑うしか……。
「……うん」
どれだけの時間が残されているのか。私、まだまだ伝えたいことがある。話していたい。
「リッカが……私の大切な人たちが頑張ったんです。リッカは、本当に頑張ったんです。あなたに、女神様にお会いしたくて……!」
リッカ、本当に頑張ってきたよね。
「良かったね、リッカ……! ずっと会いたかったもんね……!」
私こそ女神様にお礼を言いたい。
「リッカ……六花のことも救ってくださって、ありがとうございました……! おかげさまで、前世の主人とも再会できたんです!」
あとは、あとは――。
「ああ……」
リッカたちの姿が薄れていく。朝焼けに染まりつつ空……そう、夜が明けてしまったら。そういうことなの?
「リッカ、リッカ……」
たくさん伝えたいことがあるの。まだまだ、たくさん……!
「私、君と出逢えて良かった……楽しかった! 大変だったけど、楽しかったの! 君の存在にどれだけ救われたことか! 帰ってきた時に、君が全力で喜んだりしてくれたのも――」
ああ、まだ。まだ伝えたいことがある。けれども……もう、ほとんど姿が見えなくなってしまっていた。声まで……。
「リッカ……」
もう声は届かない。声だけじゃない。存在そのものが、手の届かなく――。
「シャーリー。大好きだよ。ずっと、大好き」
「あ……」
そう、そうだね……リッカ。
それが一番伝えたかった言葉だ。
「私もリッカが大好きだよ。ずっと、ずっと――!」
私の言葉に、リッカも舌を出して笑っていた。ああ、その笑顔も大好きだった。
美しい夜明け空だった。ただ、その空があった。
跡形もなく。
何事もなかったかのように。
女神様も。眷属の方々も。リッカも。
……リッカの姿も、もう消えていた。
存在自体、していなかったかのように。
「……?」
私は言葉なく前に走り出していた。あるものを見つけたから。
「あ……」
犬用のケープ。ベージュ色の、あの子が一番気に入っていたもの。さっきまで身に着けていたもので……。
「ああ……」
私は草地にへたり混むと、ケープを手にとった。力が入ってしまい、ぐちゃっとなった。
「一緒に……一緒に持っていっても良かったのに……」
君への贈り物なんだから……残していかなくてもいいのに……。
「リッカ……」
私は微かにぬくもりが出来るそれを抱きしめた。確かにあの子は存在していたと、確かめるかのように。
うん……ちょっと匂う。あの子の匂いが残っていた。そうだ、あの子は存在していた。一緒にいた。側にいたんだ……。
「うう……」
涙が一度頬に伝うと、もう止まらなくなってしまった。
「リッカ、リッカ……」
私は何度もあの子の名前を呼んだ。その匂いごとケープを抱きしめた。小さなケープだ。あの小さな体にぴったりの……あの子そのもの。
……残してくれたんだって思うんだ。
ケープもそうだし、あの子の遊び道具も。愛用していた毛布も。お水を飲んでいた器も、ごはん用の食器も。私はいつまでも残していたい。
あの木の実たちも、そう――。
私は泣き続けていた。ずっと泣いていたかった。浸っていたかったけれど。
一瞬、私の頬に風がそよいだ。私は顔を上げた。
朝から活動し始める村の人たち。彼らは皆、春の訪れを喜んでいた。
日常、当たり前の日々――私たちが渇望していたものだった。
「……引きずるだろうなぁ」
私は目を腫らしたまま、ゆっくりと立ち上がった。これからも思い返しては、泣きそうになる。それを繰り返すことになると思う。
「……うん」
私は空を見上げた。きっと君は見守ってくれていると思うんだ。女神様に甘えながらも。
「私は私で生きていくよ。頑張っていくからね――」
――この地で生きる、シャーロット・ジェムとして。
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