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最終章
どうでもいい存在
極寒の地、ダイヤノクトも春を迎えた。冬の国でもあるここは、春が短い。だからこそ国民は束の間の春を楽しんでいた。
都ではもう祭典が開催されていた。さぞ賑わっているんだろうな。
「……はあ」
と、静まり返った店内で私は考えていた。こんなにもお客様がいないのも。閑古鳥なのも、皆様祭りに夢中だからって。
「……いやいや、去年は普通にお客様いたよね」
私は自分で自分に突っ込みをいれていた。去年はむしろお祭り効果で景気が良かった。盛況だったのに……今年はこう。
「……」
自分一人の実力だと痛感してしまった。私だけだとこうなんだって……。
「もう魔法屋じゃないし……」
私は両手を見つめた。もう氷の魔法は使えなくなった。なので店名を至急変えることになった。
新しい店名は――シャーロット・ジェムの薬屋。うん、これでいいと思った。
「いい機会なのかも」
この惨状が今の私の実力だとしたら、それを知ることができた。まだまだ学んだりしよう。あと、ララシアにも赴く予定だった。固定で通われている方もいないなら、閉店するのもいいのかも。
「……常連さんたちも、さーっていなくなったし」
その常連さんたち……アルトがつないでくれてたんだよね。他にお客様を呼びこんでいたのも、上手く商売できていたのも彼の力が大きくて――。
――カランカランと、音がした。ドアベルが鳴ったんだ……久々のお客様だ!
「い、いらっしゃいませ……!」
声が裏返ってしまったけれど、大事なお客様だ。精一杯おもてなしをしよう――。
「――失礼します。こちら、頼まれたものです。お願いできますか」
「……」
私は硬直してしまった。心の準備が出来てなかったから。いや、本当に待って。
私にメモを見せている。中央ギルドの制服を着ている彼は――アルトだった。メモを見る限り、うちの村のギルドからの依頼のようだった。
「……? どうかしましたか?」
「……あ、すみません」
私、すごく見てしまったんだ。アルトが怪訝そうな顔をしてしまっている。でも、すぐに彼は表情を戻していた――仮面のような笑顔に。
「もしかして、お取込み中でしたか? なら、他の薬師さんに頼みますんで。確か、近くにも有名な方いらっしゃいましたよね?」
笑顔ながらも事務的な対応。村のギルドのが頼んできたのって多分、あまりにも奮わないうちの店を同情してのことっぽい。有り難い話だった。
そう、アルトはうちの店じゃなくても良さそうだったから。どうでもよさそうだったから。
……そう、どうでもいいんだ。私はこのような彼を知っていた。他者にこういった顔をしていることもあった。それを目にしてきたから。
本当に興味がない。ただ処世術として、愛想よくしているに過ぎないって。
私はもう彼にとって――どうでもいい存在なのだと。
「……いえ」
いつまでも黙っているわけにもいかない。彼はお客様なんだ。それにね。
元気そうで良かった。生きていてくれて良かった。それに尽きるんだ。うん、切り替えよう。
「……すみません、現役は引退していまして。限られた顧客相手か、それか教える側に回っていまして」
うちの店のオーナーで、までは……いいか。興味がないと思う。オーナーさんが対応出来ないってことがわかれば、それでいいんだと。
「お待たせしてすみません。取り急ぎ、ご用意しますね」
私は一礼すると、営業スマイルをした。氷の微笑には及ばない、ぎこちないものだ。あとはうっかり彼の名前を呼ばないようにしないと。
「……あ、はい。お願いします」
え、怖い。急に無表情になりだした。私の笑顔、ひどすぎたから?
「……その、おかけになってお待ちください」
「ありがとうございます」
私がカウンター席をご案内すると、彼は淡々と座りだした――端っこに。ブックカバーがかけられた本を鞄から取り出して、読んでいた。そのブックカバー、彼のお気に入りのものだった。覚えてる。
「……」
私の作業を見つめていた彼はもう……ううん、いい。踏ん切りつけよう。私は作業に集中することにした。
「……」
静か過ぎるのがかえって、心乱されるというか……。今だって手元が狂いそうになってしまった。あの雑談も有り難いものだったんだ。緊張をほぐしてくれるものでもあったと。
彼も読書に集中していると思うんだ。こっちは落ち着いて取り掛かろう――。
生きた心地がしないながらも、なんとか商品の準備は出来た。
「ありがとうございました」
アルトは無機質な表情で、代金を置いていた。ぴったりの値段だ。
「こちらこそ、ありがとうございました」
私もお客様相手にお礼をした。
「失礼しました」
と、彼はさっさと背中を見せて立ち去っていく。ドアも閉められていく。
「……」
私はその様を眺めていた。ドアが完全に閉め切られる、彼の姿が見える時まで。ちらっと見たりもしないかと思ったけれど……そんなことはなかった。
最後まで他人行儀だった。それはアルトだけじゃなくて。
「みんな、そうなら……」
あんなにも笑いかけてくれた彼らが……あそこまで他人行儀になるのなら。
ううん、初対面から感じが良かった人たちだっている。けれども、面識がないも同然。これまでの積み重ねもない状態だから……。
「さみしいけど……」
繰り返しの日々を断ちたかった。春を迎えたかった。寂しい気持ちは残るけれど、それでも。
「……しばらく落ち込んだら、前を向いていこう」
やることは山積みなんだから。
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