547 / 557
最終章
それからの彼らは――③
それから。
私は旅立ちの準備を進めていた。『シャーロット・ジェムの薬屋』はというと。
――臨時休業という形になった。
オーナーさんのご厚意だった。私が離れている間、ちょくちょく自分が店に入ると。私が戻ってくるまで守るって……。
どこまでもお優しい方なんだろう。『多くの経験を積んできなさい』と、送り出してくださった。
旅立ちの先はララシアだ。伝手がなかった私は、村のギルドに所属することにした。ララシアの任務を請け負うとこで、訪れることにした。タイミングよく、私に向いてそうなクエストもあったんだ。そこから信頼してもらえるようにする。
旅立ちの日は近づいていた。しばらくは離れることになる故郷。やり遂げたらね、帰ってきたいな――。
「――そうか、明日なのか」
出発前日。今日も寂しい当店に、モルゲン先生が来てくださった。というか、もうほとんど先生ぐらいしか来店してない気がする。帳簿みる限り、そのようだった。
先生はお得意様だ。私は彼にコーヒーを出し、もてなす。『ありがとう』と、ブラックコーヒーを口にしていた。
「はい。まずはクエストからなんですけどね。浄化作業まで外部の人間に任せてもらえるのか。そこからは行ってからの勝負かなって」
そう、クエストの内容。確かに浄化作業の募集もあった。でもそれは、ギルドのメンバーランクが高い人限定だった。
しかも厳正なる審査もあるし、報酬もその……割に合わないと。ギルドの人たちも文句言っていた。私もそれは否定出来ずで……。きっと、あくまで掲出しただけ。元々当てにしてない募集なのかと思った。
「ははっ、いいんじゃないか? 出たとこ勝負だな」
「……いいんですか」
いいんだ。結構勢い任せというか、ノープランにも近いのに。
「お前は慎重だからな。それぐらい大胆にいってもいいんだ」
と、温かな眼差しで仰っていた。
「……はい、そうします」
「ああ」
懐かしいな、この感覚。私を見つめる目だってそう。柔らかく、甘くもあって――。
「……」
……ない。ないない。今のなし。さすがに錯覚。勘違い。思い違い。気をつけよう。
「――そうだ。餞別、どうするかだよな」
「……いいえ、そんな。大丈夫ですから」
先生、餞別の為に都に戻るかってお考えだった。それはあまりにも申し訳ない。
「帰ってきますから」
私は笑って言った。本当にオーナーさんには頭が上がらない。居場所を残してくださっているんだ。どうしてそこまで、よくしてくださるのかな。
「……ああ、そうだな。それなら、うん、そうしよう」
先生は何かを思いついたようだった。企み笑顔ともいうか。
「今日は買いだめさせてもらうな? 今後の為になるしな」
「――え」
先生は一気に注文してきた! うん、かなりの量で……。
「……いえ、先生? こちらですと、在庫がほとんどというか」
常備薬ほとんどだった。客に合わせての調合品を除いたものともいうか……それは最近、めっきり取り扱わなくなったけれど。
「心配するな? 予算はちゃんとある」
「いえ、お支払いの心配とかじゃ……」
「ほら」
先生は財布を見せてきた。というか、カード? ……この世界にクレジットカード? 発行元はギルドの……いえ、失礼だよね。ジロジロ見ないでおこう。とにかく、先生は買う気のようだった。それならば。
「……なら、在庫一掃セールということで。原価ギリギリでいかがですか?」
私は肩を小さくしながら、お願いしてみた。ここで赤字覚悟といえたらといいのに、いっそお世話になった分、タダでいいですと恰好つけられたら……無理だった。
今、切実にお金がほしかった。私は縮こまる一方だ……。
「元値で構わないんだけどな。それじゃ、お言葉に甘えるか。セールって響き、いいよな」
先生はにこやかに承諾してくださった。私は安心した。
「ありがとうございます。それじゃ、ご用意しますね。コーヒーのおかわり、いかがですか?」
既に調合済みとはいえ、量が量だから。その間、先生にもゆっくりしていただきたい。
「ありがとう、大丈夫だ……いや」
遠慮されたかと思ったけれど、そうではないようだ。
「いただこうかな。今度は砂糖とミルクもお願いできるか?」
「は、はい……」
モルゲン先生も片桐先生もブラック派。加えるイメージなんてなかったのに。特に反対する理由もないので、私はコーヒーを注いだあと、砂糖とミルクも一緒に提供した。量は先生にお任せしよう。
「……俺な、ブラックしか飲めなかったんだ。純粋なブラック、ドまっくろってな」
「はい……」
私みたくドバドバいれることなく、ほんの少し。先生はそれで十分のようだった。
「そんな俺がな、砂糖とミルクを入れても平気になったんだ。お前の影響だろうな」
「そう、なんですか……?」
確かに、冬花だった頃。たまに入れているのを見たことはあった。気まぐれかなと思っていたのに。
「そうだな? いっそ、お前を見習ってたくさんいれるか?」
「それ、見習わない方がよいかと。あと、私も控えるようになりましたので」
「そうかぁ?」
先生は軽口だったと思うけれど、私も最近になってやばさに自覚しましたから。本当にお薦めできません。冗談だとはわかっていても。
さあ、準備をしよう。主なる作業は袋詰めだ。いつもみたく、店の袋に入れていく。一つ一つ、丁寧に。ご購入の感謝を込めて。
「――ああ、シャーロット? 袋詰めしてくれてるのか?」
「はい」
「それ、大変だろ? まとめて、ガッって……いや、そういうわけにもいかないのか」
「いえ、そうですね。元々パッケージされてるものですから。せめて整頓させてください」
「おお、悪いな……」
「いえいえ」
事前に包装していたもの。この個包装、私の手作りなんだよね。営業時間外で内職したりもしたっけ。一袋、一袋、手書きだった。そう、作ったんだ。
「……」
やっぱり寂しいな。
このカウンター席も、暖炉も。二階に続く螺旋階段も。リッカと過ごしたのもだけど、愛着を持って住んでもいたから。独り立ち出来た、自分のお店だって喜んだ日のこと、蘇るようだ。
今は手放すことになるけれど、また戻ってくるから。また、お客様で賑わっていた店にもなるように励むから。
「……って」
先生は手持ちぶさたのようだった。コーヒーも飲み終えていた。それなら。
「おかわり、いかがですか?」
「いや、ありがとう。ごちそうになった……なあ、引っ越しの手伝いでもしようか?」
「お気持ちだけいただいておきます。昨日までに終わらせておきましたから」
「……うーん、それならば。ほら、そこの暖炉。掃除しておくぞ? なっ?」
「暖炉掃除……」
また元の汚さに戻ってしまっていた暖炉。私が苦手な暖炉掃除。後回しにしてしまっていたところ。そう、やらないと。暖炉掃除からは逃げられない。正直有り難いお話だけど、先生はお客様なわけで……。
「……ありがとうございます、お願いします」
私は屈してしまった。駄目だな、先生相手だととうしても甘えてしまう……。
「よし、決まりだな。こういうのは得意なんだ、こういうのは」
先生は腕まくりをしていた。全然嫌そうじゃなかった。
「さて、やるか――」
そんな風に張り切っていたのに……先生の動きはピタリと止まった。視線だけが、ある一点を見ていた。
「先生、どうかしましたか?」
「……」
先生の視線の先は、カウンターにある手荷物入れのスペースだった。あまり使う人がいない箇所、もしかして忘れものがあったのかな?
「……アルトでも来ていたのか?」
先生がそこから取り出していたのは、ブックカバー付きの文庫本だった。確かにアルトが読んでいたものと同じだ。
あなたにおすすめの小説
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?
社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。
天咲リンネ
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。
引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。
見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。
つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。
ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。
しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。
その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…?
果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!?
※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。
男女の友人関係は成立する?……無理です。
しゃーりん
恋愛
ローゼマリーには懇意にしている男女の友人がいる。
ローゼマリーと婚約者ロベルト、親友マチルダと婚約者グレッグ。
ある令嬢から、ロベルトとマチルダが二人で一緒にいたと言われても『友人だから』と気に留めなかった。
それでも気にした方がいいと言われたローゼマリーは、母に男女でも友人関係にはなれるよね?と聞いてみたが、母の答えは否定的だった。同性と同じような関係は無理だ、と。
その上、マチルダが親友に相応しくないと母に言われたローゼマリーは腹が立ったが、兄からその理由を説明された。そして父からも20年以上前にあった母の婚約者と友人の裏切りの話を聞くことになるというお話です。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
自称ヒロインに婚約者を……奪われませんでした
影茸
恋愛
平民から突然公爵家の一員、アイリスの妹となったアリミナは異常な程の魅力を持つ少女だった。
若い令息達、それも婚約者がいるものまで彼女を一目見た瞬間恋に落ちる。
そして、とうとう恐ろしい事態が起こってしまう。
……アリミナがアイリスの婚約者である第2王子に目をつけたのだ。