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最終章
いずれ知ること① ※某人物視点
これはお前が知ること。いずれ選ぶことになる未来。
片桐郁也は完璧だった。
生まれた頃から勝ち組。恵まれた容姿。文武両道。何をやらせてもソツがない。それでいて努力も苦ではない。いつも人に囲まれていた。中心になって楽しく笑って生きてきた。
完璧な人生だ。誰もがうらやむ人生だ。大学受験も第一志望に合格間違いなしだ。
なにせ勝ち組だ。大会社の社長親族でもあった。大学卒業後は親族の会社で学んでからの、エリートコースか。
美しい婚約者もいた。彼女は寛容でもあり――『理解』もあった。俺が上手く遊ぶ分には、見て見ぬふりをしてくれている。それも『お互い様』。割り切った関係だ。
生まれた時からスタートダッシュを切れた。恵まれているた。だから当然なんだ。
――『片桐郁也』が完璧なのは。
完璧じゃなくてはいけなかった。
『くそっ……』
努力してきたんだよ。いつだって笑顔で在ろうとしたんだよ。誰も見てないところで、血を吐くほどの努力をして。
俺はようやく――片桐郁也になれていたんだ。周りが求めている『俺』に。
本当の天才とは、俺の兄弟たちのことだ。彼らは片手間に勉強して、運動もして、それで結果も出す。女遊びもスマートだ。彼らは、彼らであるだけで愛される。俺とは違う。
たまに一人になりたい時があった。だから、高校の図書室の片隅で読書することもあった。もちろん、声をかけられたらやめる。読書なんて暇つぶし、遊びの方が楽しい。それが『片桐郁也』だからだ。
『――片桐君、日本史が好きなんだね』
『――え』
確か……歴史の先生だったか。ご年配の方で、穏やかな顔をしている。今日、この時まで関わることもなかったが。
いや、驚いている場合じゃない。不意打ちで間抜けになってしまった顔、見られてしまったかもしれない。
『失礼しました。読書に集中してまして』
『いや、声をかけてみたくてね。こちらもすまなかった』
教師は俺の前に腰かけていた。そんな彼は穏やかな目を向けている。
『君の優秀さ、よく耳にしているよ。人望もある、素晴らしい生徒だと』
『恐縮です……』
俺は態度ではしおらしくしつつも、内面は辟易していた。そりゃそうだろ、片桐郁也だからな、と。
『――私はね、君が心配なんだよ』
『は……?』
突然なんだ、このじいさんは。俺は険しくなってしまうも、いや、それはまずい。取り繕うとするけれど。
『君が本当に望むこと、生きたいこと。それが叶わないのだと』
――何もかも諦めてしまっている、と。
なあ、言いたいよ。あんたに何がわかるんだと。誰も本当の俺を求めてなんていない。これからもないんだって。
『片桐君――君の人生です』
『それは……』
そりゃ、片桐郁也の人生だ。順風満帆であるはずの――。
『……』
俺、の。俺の人生なんだよな……。
『……先生ね、不治の病に侵されていたんです』
『え……』
俺は目を見張った。縁がなかったとはいえ、俺だって痛ましい気持ちになってしまう……。
『だからかな、説教めいたことをしたくなったのでしょうか。驚いたでしょう、すまなかったね』
『……いえ』
『先生は諦めませんでした。教師という天職にも巡り合えましたから』
『……』
この人は諦めの目なんてしていない。最期まで自分の死を生きてやる、全うするんだという。そんな強い意志が感じ取れた。
……俺は。俺はなんだろうか。
『!』
スマホの通知が鳴った。友人からの遊びの誘いだった。……いや、ここは図書室だ。電源切っておけよって話だ。
『すみません、先生――』
そこにいたはずなのに。
俺に人生を語っていた教師の姿は――無かった。
俺は遊びから帰ると、即自分の部屋のベッドで寝転がった。あまりにもだらけきった姿、制服だって脱いでない。適当過ぎるだろ。
歴史は好きだ。歴史オタクだ。誰にも言うことはなかった。親だって知らないだろうな。
歴史研究者? 学者? いや、歴史のことは趣味に留めて、俺は元々のレールに乗るべきだろう? 親が丁寧に整えて敷いてくれた、勝ち組のレールを――。
『……先生、か』
教師……教師か。いや、違う。これは、あれだ。教員免許はとるだけとっておけばいいと。資格はあった方がいいと。それだけの理由だ。熱意のあるものじゃない。
……そんなものはない。ないはずなんだ。
案の定、親には大反対された。俺を会社の歯車にする気だったからな。実際にはレールの上を走らされるんじゃない。俺はそのレールの一部に過ぎなかったんだ。優秀な兄弟の為の――。
ひとまずは平和には解決した。俺の婚約者の存在が大きかった。彼女との結婚までは続けてもいいということにはなった。
期間限定の教師。それもいいか。
じゃあ、その後はレールに戻ると? 親の期待通りに生きると?
……きっと、俺の中で降り積もっていた思いだった。劣等感と失望が、ずっと根強く。
だから俺は――その先のことは考えていなかった。クソ食らえだ。
ごめん、先生。あんたのおかげで、自分を見失わずに済んだ。
けどな。俺は人生に……自分に意味を見いだせないままなんだ――。
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