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最終章
いずれ知ること②
名門私立高校の数学教師として、大分板についてきた。上下関係のしがらみはあるし、生徒間の問題も絶えない。
それでも生徒は慕ってくれる。趣味で留めた歴史に触れるのは癒しだ。
今年は初めて担任を受け持つことになった。一年生だ。副担任とは違うだろうな。気を引き締めていくか。
今は休憩時間だ。昼食を終えたとこで、俺は終えてない作業をやろうとしていたが。
『……皇冬花、か』
クラスで孤立している女子だ。どうも気がかりな子だった。うちのクラスでいじめはないはずだ。なら、干渉することもない。一人で行動したい子もいるし。
『……』
そういう立場、役割を受け持ってしまう子もいるわけだ。彼女も一人じゃどうしようも無くなっているのかもな。
よし。俺は教師だ。今日の放課後、時間をとってみるか――。
『――ご、ごめんなさい!』
数学準備室で話をすることになった。彼女を招いてからの開口一番、謝罪が飛んできた。
『いや、皇? 先生、説教する為に呼んだわけじゃなくてな?』
『す、すみません……』
いや、謝られてもな……困ったな……。
『先生な? 君と話してみたかったんだ』
ひとまず座ってもらおうとするも――全力で遠慮されてしまった。彼女の主張はこうだ。
『私、迷惑かけてますよね……クラスに馴染めないから』
『……っ』
彼女はわかっていた。それで、ごめんなさいと。
『……あの、一人でも大丈夫です。私、平気ですから』
距離はとられたままだ。声もぼそぼそと話されるから、うまく聞き取れないんだよな。といって、こっちから近づくと後ずさりされそうだ。背後には扉しかないだろうにな……。
『私と関わるとか、申し訳なくて……人を苛つかせてばかりで』
『……』
上手く返せず、俺は無言になってしまった。苛つかないかというと、それは……俺が未成熟な教師でもあるから、否定は出来なくて。
『……ごめんなさい』
またしても謝られてしまった。彼女はどうも自身を責めがちのようだった。過度の自分下げは、相手を苛立たせることもあるからな。
『……皇』
彼女は決して悪い子ではない。こちらは教師、これが仕事の一部なのに。それにも罪悪感を持つような子だ。まあ、不器用なんだろうな……。
『なあ、皇。ゆっくりでいいんだ』
『……え』
これまで俯いてばかりだった彼女が、こちらを仰ぎ見た。目が合う。
『……っ』
驚いた。綺麗な瞳をしていたから――。
……いや、そりゃそうだろ。この頃の、それも擦れてないような子なら、普通だ。普通。純粋なんだ、彼女は。
『……そう、ゆっくりでいい。すぐに仲良くなれる子もいれば、そうでない子もいる。あとな、たくさん友達がほしい子もいれば、親友一人がいればいいとか』
そう、色んな子がいる。一人で行動したい子だっているんだ。だから、皇。
『君のペースでやっていけばいいんだ。何も申し訳なく思うことはない。君は悪くない』
これで少しは心が軽くなってくれただろうか。あとはそうだな、こっちもサポートしていこう。さりげなく様子をみていくとするか。
『……先生』
『ん?』
か細い声だった。俺は耳を傾ける。
『……先生は、怒らないんですね。浮いてるのは、お前が悪いからだとか。お前に原因があるから、とか』
『……』
……ああ、そうか。これまで言われてきたことなんだな。
『……まあ、難しいところだな。馴染めない原因ってのは、確かにあるのかもしれない』
『……はい』
……気落ちした声だ。それでも俺は続けた。
『だからって君が悪いって話にはならない、そういうことだ。なあ、皇。俺は君と話せてよかったよ――君のことを知ることが出来た。これからもな、色々なこと話してくれないか?』
卑下してしまうところは気になるも、君はきっと純粋な子だ。落ち着いて接することが出来れば、関係性も変わっていくはずだ。そうだ、ケアしていきたいんだ。
『いいんですか……?』
『もちろんだ。俺は教師だからな』
それが仕事、役割だ。まあ、放っておけないのもあった。
『……はい。教師だから、ですよね。教師だから……』
皇はやたらと繰り返していた。言い聞かせていたともいうか。
『片桐先生は……優しいですね』
声が震えていた。緊張してるんだろうな。それでも、彼女は俺に笑いかけてくれた。
……『優しい』、か。たくさん言われてきた言葉だ。俺の……表面上のものに対して。皇だって、見掛け倒しの俺に騙されているだけで――。
『教師としての言葉だとしても……私、嬉しかったんです。それに、先生が優しいからこその……お言葉だったって思ってますから』
『……っ』
なあ、どうしてそんな目でみているんだ。どうして……そんなに目が綺麗なんだ。
『……』
そうだ、悪い気はしなかった。君は心からそう思ってくれているんだ。
こんなにも純粋に好意を向けてくれている。
ひたむきに向き合おうとしてくれている。俺の言葉一つひとつに。
ちょっとしたことにも、反応したりして。
人によっては煩わしいと感じるもの。俺だって顔には出さずとも苛つきかねないもの。
それなのに、君だからだろうか。
悪い気はしないんだ。心地良いとさえ思えていた――。
定期的に彼女と話すようになった。場所は数学準備室だ。
『ふふ……』
少しずつ笑ってくれるようになった。時間はほんの数分、たわいのない話ばかりだ。
『いや、本当だぞ。これ、当時の裏事情でな――』
……というか、一方的に俺が話しているような。ヲタ語りともいうか。
それだけじゃない。
『……はい。私、間違ってなかったんですね……』
皇も自分のことを話してくれるようにもなっていた。前よりも卑下することもなくなっていた。
『ああ、そうだ。君のおかげで助かったって、そう思ってるよ』
『はい……』
安心しきっている笑顔だった。俺も嬉しくなるな。
『……?』
皇からの視線を感じた。そりゃ、向かい合って話しているからな。相変わらずの扉の前で。俺から近づけるようになったのも、ようやくになってことだ。
『?』
……これは。この視線はよく覚えのあるものだった。
『皇? どうかしたか?』
『……! い、いえっ、なんでもないです……!』
バっと、勢いよく目をそらされた。この反応もそうだ。自惚れじゃない、経験則からだ。
――俺は彼女に意識されている。
『……』
俺はまずいと思った。そう、まずいんだ。
俺は教師だ。彼女は生徒だ。倫理的にもコンプラ的にもまずい。
……考えるか。そうだ、生徒は彼女一人じゃない。彼女だけじゃない、他の生徒も巻き込めばいい。
俺は皇のことを隠し見た。未だに顔が真っ赤な彼女のことを。
……まずいのは、彼女の方。こんな風に、ばれないように見ている俺じゃない。気づかれないようにって、思っている俺じゃない。
俺じゃない。俺じゃないんだ――。
『――放課後、先生と話してみたい人はいないか?』
翌朝のホームルームで提案してみた。最初は動揺していた生徒達、何事かと思ったんだろうな。
『なに、軽い雑談でもいい――もちろん、聞いてほしいこともあれば。先生、待っているぞ?』
そんな提案に悪ノリするのは、クラスの中心人物である彼ら。連日押しかけてきそうだが、そこは言った手前、ちゃんと対応しないとな。
それに、皇だけじゃない。悩みを抱えている生徒もいるはずだ。俺は力になっていきたいんだ。
『……』
皇からの視線を感じた。決して俺を責めてるわけじゃない。ただ、複雑そうにしている表情だ。こう思っているんだろうな――皆に優しいからと。ただ、時間は減るだろうと。ああ、自惚れじゃない。わかるんだよ。
彼女はこうして、俺のことをじっと見ている。ずっとだ。そろそろ突っ込まれそうだ。いや、すでに噂になっているかもしれない。
俺は見ることはないのにな……いや、嘘だろ。見てないふりして、見てるだろ。生徒全員を見渡す時、さりげなく見ているだろ。
それは俺が教師だからだ。教師として気にかけているだけだ。それだけだ。それだけ――。
『――私、図書委員会に入ることにしたんです。今、楽しいです。優しい人たちばかりです』
久々だ。本当に久々だった。彼女が数学準備室の訪れたのは。
『先生、ありがとうございました。私、もう大丈夫ですから』
からの、この発言だった。
そうだ、わかっているんだ。皇は強い子なんだ。わかっていた。勇気を出して飛び込んで、新しい居場所を見つけた。俺に……心配をかけたくなくて。
『……いや、皇? 普通に雑談しにきてくれていいんだぞ? 先生も楽しいぞ?』
俺は何を言っているんだ。本人がもういいって言っているのに。しかも、俺が楽しいとかどうでもいいだろ。
『……先生に、迷惑かけたくないんです。こんな風に訪れること自体が……』
『それは……』
噂になりかけていることか? 皇がわかりやすい、と。そろそろ職員会議にも上がりそうだった。
『本当にありがとうございましたっ……』
『待って――』
ぴしゃりと閉められた扉。俺は手を伸ばしたままだった――。
『……』
俺の中が冷えていくようだった。そんな中、淡々とした感情でこう考えた。
――放課後の時間、設ける必要が無くなった、と。
元々は君の為の時間だったのだから。
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