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第一章
兄弟
「あの、ご心配かけました。この子とは知り合いでして。こう、悪ふざけというか」
傍目から見ると、アルトが嫌がる女生徒に強要している、そう見られたかも。この人は先生とも言っていた。放っておけない状況だったから、声をかけられたんだよね。私は穏便に済ますことにした。
「……うるせえな。邪魔すんなよ。さっさとどっか行けよ」
「!?」
声がしたのは私の背後から、つまりアルトからだった。これまた這うような声だった。いやいや、本当にアルト? 私は自分の耳を疑ったままだった。
「はいそうですか。ってならないだろうが――俺はお前の兄でもあるんだぞ」
「うるさいんだけど、クソ兄貴」
この険悪な雰囲気もそうだし、この二人はただの教師と生徒ではない。察するに二人は。
「アルト。お兄さん、いたの?」
「……え。ああ、まあ、うん。血のつながりだけのね」
アルトは気まずそう。
「ごめんね、シャーリー。俺、こわかった? ……オニイチャン、苦手でさ」
「あ、うん。驚きはしたけど。恐くはないよ。そういうとこもあるよねってとこ」
「あー、シャーリー事務的ぃー。でも、包容力みがあるぅー」
え、さらに抱きついてきた? 彼から拘束が強まり、いよいよもって逃れられなくなってきた。
「……いい加減離すか。手荒にいくぞ」
男性は瞬時にアルトの背後に回ると、ヘッドロックをかけていた……!? 油断したところだったので、アルトは無防備だった。かなり苦しそうだ。
「くっ……それでも、俺は、この手を離さない!」
アルトは宣誓しているけど、いや、離そうよ!? アルトは意識が落ちる寸前、力も弱まっていた。それでもまだ抱きついたままだけど……。
「アルト、離れるね」
「ああ、シャーリー……」
アルトは涙目で『世は無情だ……』って。いや、苦しそうだったし……。
「ったく。手を焼かせるな」
お兄さんはアルトを解放した。手をパンパンと叩くと、立ち上がった。
「……ほんとに、クソだな」
アルトは忌々しそうに言っていた。その人は特に気にもせず、私の前に立つと左手を差し出してきた。
「弟がすまなかった。ほら、立てるか?」
「はい――」
何も考えずに、その手をとりそうになった。ううん、気を取り直して。
「いえ、お心遣いありがとうございます」
私はその手をとることはなく、礼だけ伝えた。自分で立ち上がった。お手を煩わせることもないと思ったから。
「プークスクス」
後ろで嘲笑っているのはアルトだ。ざまあ、とも言っていた……それはちょっと。
「……」
こっちはなんとも言えない気持ちになっていた。
お兄さんが手を差し伸べた時。嫌でも視界に入ってしまったのは――左手の薬指にある指輪だった。
この人は誰かと将来を約束している。そう考えるのが自然だった。
私は俯いて考えていた。よく知りもしない相手、それだけの話なのに。気にすることでもないこと。もう気にしないようにと、そうしようとしていたけれど。
「あの……?」
「……」
向こうからも視線があった。彼もまた、私の薬指を見ていた。私にもあるものだけど、意味合いとしては異なるものでしょうに。
「……」
相手からの視線が落ち着かない。
「ああ、悪かった。気になったものでな」
所在なさげな私に気づいたのか、お兄さんは謝ってきた。
「あ……いえ、こちらこそすみませんでした。不躾に見てしまいまして」
「いや……」
男性は何か思索にふけっていた。私の視線こそが疎ましかったよね……ちゃんと謝ろうとするも。
「あー、そこの淫行教師? シャーリーのこと、ナンパしようとしてる? あー、駄目駄目」
「誰が淫行教師だ」
……淫行教師。
「……」
アルト、悪気はないとは思う。でも私にとっては心臓に悪すぎる冗談だった。まだドキドキしている。
「まあ、この指輪が調子に乗ってるのも今だけだし、ね?」
私の手を掴むと、アルトは薬指に触れた。そのまま目も合わせてきた。
「ね? って言われても」
「きょとんとしてるぅ」
アルトはさっきまでは機嫌悪そうだったけど、上機嫌になったみたい。盛り返した感じだった。
「……」
お兄さんは観察するかのように見ていた。眉間の皺を寄せながらだった。そこで彼は下す。
「――アルト・モルゲン。度重なる規則違反。本日の門限を超過している件もそうだな。教師の権限をもって、謹慎処分を言い渡す」
「……は?」
「今日はもう終わるからな。明日から三日だ。自室待機にはしておいてやるから」
「……はあ。独房行きよりかはマシか。わかったよ、大人しくしております」
「話が早くて助かるな」
この二人で話が進んでいく……アルト? 私は彼に視線を送った。度重なる規則違反とはどういうことかと。常習犯だね、これは。
「えへ?」
アルトは可愛こぶってごまかしていた。
「……」
「うう、冷ややかなお目目なんだ……」
自分でも凍てつくような視線だと思った。これは一度話した方が良さそう。アルトは震えていた。
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