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第一章
冬花の記憶――教師との恋④
そこからの私の記憶は不明瞭だ。記憶にノイズが走る。ぶつぎりの映像を見ている感覚だった。
担ぎ上げてくれた人は、片桐先生だった。彼の匂いがした。
保健室のベッドで仰向けになっていた。天井が揺れていた。
彼女の呼吸が、不規則でやたらと荒い。
気がつけば、学園の屋上にいた。見上げるとそこには。
雪だ。三月に雪がはらりと降っていた。
目の前にいるのは、片桐先生だ。彼は口を開く。耳を塞いだのは私。
彼が紡ぐ言葉で、私はこれだけ覚えていた。
私にとっては。全てが込められたものだった。
彼は言った――終わりにしよう。俺は、終わらせにきたんだ。
そこからさらに、記憶が混濁していく。どうしても、どうしてもはっきりと思い出せない。
抵抗しているのか、暴れているだけなのか。半狂乱な私。
抑えようとしているのか、逃れようとしているのか。怖ろしいくらいに無表情の片桐先生。
二人はもつれあうように、そのまま倒壊した柵ごと――落下していった。
血まみれになった二人に、悲鳴が上がる。屋上から転落した私たち、ああ、先生は無事……なの……?
「……かたぎり……せんせい」
ああ、私の意識が遠のいていく……助からないのかな。ならば、せめて。
彼の、相手の名を呼んだ、呼びたかった。目は閉じられていく。視界には――。
「ああ……」
目の前にいる彼は、すでに事切れていた。
こんなはずじゃなかったのに。
自分達は幸せになれるはずだったのに……ううん、そう思っていた、信じ続けていたのは私だけだったのかな。
破綻していた関係だった……そうだね、溺れていたのは私だけ。私だけだったんだ。私は弄ばれてきたんだって、それが『事実』として散々つきつけられてきたのに。
私はこの時になってまで信じてきていた。ぎりぎりまで信じていたかった。
最期まで……だから恨めなかった。
ねえ、先生。もういいんです。先生がどう思っていようと、私の思いはこうだから。
先生だけでも幸せであって欲しかった。どうしようもなかった私を救ってくれた。誰からも慕われる彼だったのに。
自分と出逢ったことにより、このような最期を迎えてしまった。
私と出逢ってしまったから。
後悔ばかりが残るけれど……なら、せめてものお願いを。
自分と出逢わなければ良かった。もし、来世があるのなら。
――片桐先生と出逢うことはありませんように。
その方が良いと思ったのもそう。私自身の問題でもあったの。
また恋に溺れて――間違えてしまったなら。
「……」
包むのは白く暖かい光たち。安らぐような思いだった。命の終わりを迎える、その時まで――。
――冬花。
「……」
この白い光達はどこまで優しいのだろう。あの大好きな先生の声で、そう聞こえてきた。
優しくて儚い幻聴だったとしても。
私は満たされた思いの中――『皇 冬花』としての生を終えた。
さっきまでの夢は、男性と共に落下したもの。そこで、愛しい人の名を呼んで。終わりを迎えた夢。
「片桐先生……」
さっきの夢、前世の夢が懐かし過ぎた。今でも先生の顔を見ると胸は締め付けられて。
「……先生」
あの最期は苦しくなる……怖くもなる。
「ううん……起きよう」
締め忘れのカーテンの間から見えるのは、晴天の空だ。吹雪は止んでくれたんだ。
「約束か……」
今日は先生に案内をしてもらう約束だった。二人きりである可能性も高いよね……相手は何とも思ってないにしろ、こっちの心の問題で。
「アルトも外出できないんだよね」
意地でも無理やりでも割り込んできそうな彼だが、大人しく謹慎する気はあったようだった。
「気まずいな……」
いつもアルトの明るさとコミュ力の高さに助けられてきた。その彼も今はいない。
「とりあえず準備して。それから家に戻ろう」
約束していたのは……そう、夜。身支度を終えて、私は部屋を後にした。一度家に戻り、店を開けようと。閉店時、再び学園に向かう。うん、そうしよう。
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