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第一章
楽しく過ごしてほしいんだ
テラス席には既に先生が座っていた。二人用のソファ席で、正面には湖という一等席だった。
「失礼します」
……うん、さすがにその席には座れない。かなり密着してしまうよね。私は近めの椅子に腰かけた。
「そっちかよ。まあ、いいけどな……」
「……モルゲン先生?」
先生は目を閉じて、ソファに体を預けていた。これは寝ているのかな。
「カップ、どかそう」
寝ているのなら、彼が手にしているカップが危なっかしい。退避させようと私が動くと。
「……ほーら、シャーロット。こっちだ」
「ちょっ!」
悪戯が成功した子供のように、先生隣りに座らせていた……! ち、近い! しかも。
「こ、こぼれるっ!」
私のコップが危なかった。中身のコーヒーが暴れ零れでそう……!
「……っ!」
咄嗟に零れそうなコーヒーに氷の魔力をかけた。宙で固まったのを確認すると、今度はカップに戻した。氷状のコーヒーにはなっちゃったけど。
「いずれ溶けますから。あとでいただきます」
「あ、ああ……」
――いずれ時間が経てば溶けはする。その時にいただくことにした。
テラスにぶちまけるよりはマシだった。ふう、と一呼吸した。
「……こうして目の当たりにすると、だよな」
先生は目を見開いたまま、一連の動きを見てそう言った。それほど驚かせたかのかな。
「……いや。シャーロット・ジェムの評判は噂通り。そういった意味だよ」
「私の噂」
「ああ、そうだ。お前が推薦を受けた理由でもあるな。ちなみに匿名からだ」
今回の謎の推薦状の話? 気になっていたから私は耳を傾けた。
「お前だけの話でもないんだ。この国問わず、諸外国から有望そうな若者を集めている……上の考えることだ。俺にはわからないけどな」
「私も、ということでしょうか。せいぜい氷の魔力があるくらいで」
「加えて、知識もな。たくさん努力したんだろ? その向上心が買われたんじゃないのか。見てる人は見てるんだろうな」
「先生……」
私は胸が熱くなった。生まれつきの才能を評価されるのはもちろん嬉しい。努力も認めてくれたなら、もっとだった。その匿名の方に逢ってお礼をしたい気持ちで一杯だった。
モルゲン先生だってそう。
「モルゲン先生。改めてありがとうございました。今日、本当に楽しかったです」
「そうか、それは良かった。でもな、今日だけじゃないからな――学園に入れば、ずっと続くぞ」
「それは……」
私は考えた。先生の仰る通りかもしれない。
学園の人達は優しい。授業も多くのことを学べそう。アルトとも会いやすくなるし、彼が無理をしてまで村ふんだりまで来ることもなくなる。
「シャーロット、俺はな。お前には楽しく過ごしてほしいんだ。学園生活をな……」
本当に良い先生。この先生に見守ってもらえるのなら。
「お前なら友達だってすぐに出来る。部活動だって、入ってみたかっただろ……」
「モルゲン先生……」
出会ったばかりだろうに、もう生徒のことを心配してくれるような。そんな良い教師だと。
「……」
「……モルゲン先生?」
先生は突然黙った。また瞳を閉じている。聞こえてくるのは、寝息だった。彼は今度こそ寝ていた。足を放り出したまま、寝こけていた。確かに眠そうな言葉尻ではあったよね。
「寝ちゃった」
私はこっそりカップを取り上げて、サイドテーブルの上に置いた。自分の凍らせたコーヒーも隣に置いておく。
アインスト・モルゲンはおかしな教師。生徒思いで、生徒からも慕われていて。時折、距離感もおかしい。これはガチ恋も生んでいるよね……悪気もなく無意識でやっているというなら、相当な罪作りだ。
私も……私だってそう。この数時間だけで、こうも心をかき乱されてしまっていた。
「……でも」
――彼の左手に光る、薬指にある指輪だ。彼には約束された相手がいるんだ。
「……」
冷静になろう、私。これからもドギマギすることはあるかもしれない。それでも一線を越えることはしない。
先生にその気だって当然ないわけで、自分さえしっかりしていればいい。そうすれば。そうしたのなら。
もう、同じことは繰り返さない。シャーロットは誓った。
「いい風……」
冷えはするも、心地が良い風だった。隣りで寝ている先生の呼吸音。
静寂が訪れる。私はその心地良い時間に身を委ねていた。
「ん……悪いな、寝てた。寝不足だったかもな」
「いえ、お気になさらず」
夕方、夜になったらさすがに冷える。その前にと思ったけど、彼は自力で起きてきた。時間も二時間程度だった。
「店もあったよな。せめて門までは送る」
「そんな、悪いですよ。道は覚えましたから。アルトにもよろしくお伝えください。コーヒーもごちそうさまでした」
「いいや、送る。あれだ、眠気覚ましの運動もかねてだ」
「では、すみません。よろしくお願いします」
先生は腕を回すと、その気になっていた。そうしてもらうことにした。
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