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第一章
生きている彼
喋り通しのアルトと共に、私は学園を訪れた。アルトが案内をしてくれるので、こっちも知らない振りをしてついていく。
門限に間に合ったということもあり、堂々と正門から入っていく。他の生徒の姿もあった。ちらほらと私たちをみている。
私は……やっぱり視線が落ち着かない。背中も丸めてしまう。華やかで人目を惹くアルトが注目されているとして。その隣りにいるのは見慣れない生徒である私。注目される理由としては十分。
「気にしないでいいからね、シャーリー」
「うん……」
アルトが庇うように、私を隠すように。幅を寄せてきた。
「あの子、アルト君の彼女? あのアルト君に?」
「うわー、まじかー。恋愛に興味あったんだなー。あのアルト・モルゲンがなー」
傍目からみたら、仲睦まじく見えたみたい。余計気になってしまう。
「そうそう、気にして気にして。ほらほら、俺達注目されてるよー?」
「アルト……」
言っていることが百八十度違ってない? ジト目で見てしまうけど、アルトはへこたれない。
「――でね、学園の有名な像。春の女神のなんだって。俺、詳しくないけど」
注目されながらも、辿り着いたのが学園の広場だ。私は見上げる。
曇り空の下、今宵も美しかった――春の女神像は健在だった。
「うん……」
「怖いお顔」
女神像を見続けていた私を、アルトはそう形容した。そんな顔をしてたんだ、私……そうだね。
「……荘厳だなって。圧倒されてたんだ」
「そう。俺もわからなくもないけどね」
アルトは女神像ではなく私のことをまだ、じっと見ていた。
「――シャーロット・ジェムか」
女神像を見ていた私たちの、背後からやってきた男性。低音でいて、心地の良い声。
「……げ。なんでいんの」
アルトは苦々しげに。自分は門限を守ってますと主張をしながらと。
「あ……」
私はゆっくりと。ゆっくりと振り返って、彼を見た。
「……なんで、ってな。門番から連絡が入ったんだよ。アルトと一緒に、見慣れない女性がいるってな。お前への指導もかねてきたわけだ」
アルトへ話しかけている彼の姿を、私はただ見ていた――モルゲン先生だ。彼が生きている。
「ああ……」
胸が締めつけられるよう。彼が生きているという、その現実に。
「……」
視線は先生からもだった。彼もまた、私を見ていた。でもそれは一瞬のこと。すぐにアルトへの指導に戻っていた。指導というか、説教ともいうか。
「一応紹介しておくか――ああ、この人ね。うちの学校の先生で。まあ、あとは」
アルトが嫌々説明しようとしてくれている。
「……うん。紹介お願いしてもいい?」
「うーん。シャーリーにお願いされちゃあね」
こちらからもお願いすることにした。アルトも仕方なさそうに、それでもと紹介をしてくれようとしたところ。
「――紹介が遅れたな。俺はアインスト・モルゲンだ。この学園の教師をしていて、担当は歴史。アルトの兄でもある。お前の推薦の話も聞いている」
先生の方で一気に説明してくれた。アルトは割り込まれたと憤慨しているけど、先生は気にもしない。
「……はい。改めまして。私はシャーロット・ジェムと申します。今回は推薦のことについて、伺いにきました」
「わかった。では、俺の方から説明させてくれないか……そうだな、職員寮にするか。道を戻ってもらう必要があるがな、時間はとらせない。今晩は女子寮に泊まっていけばいい。準備も整っているぞ」
「……はい。お手数をおかけしますが、よろしくお願い致します」
トントン拍子に話が進んでいく? うん、断ることも遠慮することもない。先生の時間も浪費しなくて済むね、と考えていたけれど。
「え、ちょっと待ってって。そんな怪しい男についていくの?」
止めてきたのはアルト。彼は心配した上でだった。でも、怪しい男って……。
「怪しいってな。俺は教師だぞ」
「いや、怪しいって! その見た目からしてさ!」
あ……うん。先生の見た目、フェロモンが漂ってそうな退廃的ともいうか……ご本人には言えないけど。アルトは言ってるけど……。
「……見た目のことは言うなよ。俺、気にしてるんだけどな」
「ふん、なんだかんだで得してると思ってるくせに」
「思ってない、思ってないぞ」
「シャーリー! この男、距離感おかしいからね? よく幼児相手にスキンシップはかってくるからね!」
「いや、その言い方やめろ」
「あと、思わせぶりだから! それでさ、うちのクラスの女子で争い勃発してるの、俺見てるから」
「いや、本当にやめろ」
弟として生徒としての暴露は続く。うん、重々承知しているよ。先生はそういうところがある。それは、身をもって知っていたから。とはいえ。
「アルト、そのへんでね? 良い先生だと思うし、一部誤解はあるかもよ?」
「誤解とかないし。やだやだ、シャーリーがこんな奴にひっかかったらやだ!」
「いや、勘違いとかしないから。もう、心配性だなぁ」
「俺は心配なんだよ……だめだ、俺もついていく!」
アルトの心配が極まって、ついていくとまで言い出した。うん……拗れそうだな。いつまでも言い争いしそう……私、リッカが気になっている。そういうわけでここは。
「アルト。門限、守れたじゃない? 偉いなー、アルトは」
「……?」
急に褒めてみた。突然過ぎて、アルトはキョトンとしていた。
「真面目だね。偉いね。そんな優等生が、寮にも早く戻ったらね? すごく立派だと思うな?」
「……え」
「明日、校舎の案内楽しみにしているね?」
「……シャーリー、本気でそう思ってる? 偉いね、かっこいいね、好きって」
「偉い……とは思ってる。とにかく、本当だよ」
彼を見つめた。アルトが単純なようで単純ではないのは、わかってはいる。これはダメ元でもあった。アルトに帰ってもらう必要があった上での、行動だった。
「……偉いねしてくれたら、信じる」
「偉いねして。ってなに」
私は真顔で訊いた。アルト独自の動詞? ……動詞なの?
「もう、シャーリー? 偉いねって頭を撫でること。さあ、シャーリー!」
アルトは両手を広げた。両手を広げる意味は、彼にしかわからない。
「とりあえず、偉いねはするけど……」
アルトの前に立ち、不慣れな手つきで彼の頭に触れようとする。それは、長身の彼を見上げ、腕を精一杯に伸ばして頭を撫でる行為ってこと。
「くっ」
……体勢的にもきつい。それでも私は『偉いね』を続けていた。
「ああ……下からシャーリー……」
アルトは一人悶絶していた。といっても、私が大変そうなことはわかっているようで。
「えへへ、シャーリー。待ってて、今屈むから――」
「もういいだろ。俺は待ったし、耐えたぞ」
割って入っていたのはモルゲン先生。行こう、と私に声をかけていた。
「アルト。気が済んだだろ? 良かったな、偉いねしてもらって」
「……あ?」
モルゲン先生、アルトを煽ってる……? うん、煽っているようだった。一触即発だった。
「……と、キリがないな。さあ、行こう行こう」
引いたのは先生。私に笑いかけながら彼は提案してきた。
「さて。職員寮の面談室にしようか。そこで説明をさせてもらうな」
「待て、淫行教師! 面談室って防音で、み、み、密室だろ!?」
密室で防音の部屋。声を荒げるアルトもだし、私だって動揺はする。するも。
「教師と生徒とか……ないでしょ」
私はそう伝えた……自分で声に出していた。それは言い聞かせ――戒めの言葉でもあった。
「……」
先生からの視線も感じる。何か言いたげで、でもどうとも言えない。そういったものだ。
「本当にこのへんでな。帰す時間、遅くなるから」
「はい、よろしくお願いします。また明日ね、アルト」
私は手を振ると、モルゲン先生と一緒に職員寮へと向かっていった。
残されたのはアルト。
「……どういう顔して、言ってるの」
彼の呟きが聞こえた気がした。
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