44 / 557
第一章
覚えてますか
到着したのが職員が暮らしている寮。木造の歴史ある建物だった。老朽化が進んでいるともいう。隣にある住み込み従業員用の寮の方が、大型でしっかりした造りだった。
「まあ、寮暮らしの教師がそんないなくてな。こんなに近いのにな」
「はい……」
他の寮、ましてや迎賓館を見てきた身からしてみれば……格差というものを体感していた。
「ここらでいいか――おいで」
先生は優しい声で茂みの方に呼びかけた。ひょこっと姿を現わしたのはモフモフ。
「あっ!」
リッカだった。大人しく隠れていたんだ。私は駆け寄った。リッカもちょこまかと走ってきた。私は彼を受け止めた。
「お前の飼い犬か? 懐いてるな。俺とは大違いだ」
「え……?」
リッカは私の腕の中で震えていた。怖がるのはモルゲン先生相手でもなの……? 手当をしてくれてもいたのに……それだけ君は、人間が。
「……いえ、飼い犬ではないです。野良を保護しただけ、です」
「まあ、そう言うだろうな」
「……先生」
話が進む。それもスムーズに。うん……そうだね、先生は。私の中で確信に近づいていた。
「その犬、連れてきてもいいぞ。名前とかあるのか? まあ、保護しただけじゃな」
「……あの、私が。私が勝手につけた名前ですが。リッカです」
本当は違う、私じゃないけれど。リッカとのあのやりとりは、夢の中でのこともあって。
「リッカ。そうか、良い名前だな」
先生は綺麗な発音で犬を呼んだ。お、驚いた。発音が六花そのものだったから。
先生が接する態度は優しく穏やかなもの。それでもリッカは怖がったままだった。
「……抱っこしてるねー? リッカ―?」
私は努めて明るく言った。リッカも彼女の腕をぎゅっとした。少し、安心してくれたかな?
「――じゃあ、行くか」
教職員寮内部に入るも、静まっていた。本当に暮らしている人が少ないんだ。先生に通されたのは面談室だった。先生が扉を開け、失礼しますと私たちも入室した。
扉は閉じられた。ここはもう防音の密室。だからこそ、私は伝える。
「覚えてますか」
「……」
突然の問いだった。先生はただ、こちらを見た。
こうも順調であったこと。先生がまるでこちらの事情を汲んでいてくれように思えたこと。それらがあって尋ねてみたんだ。
先生からは『何がだ』と返されることも覚悟していた。先生――何も覚えていない、その可能性も十分にある。ううん、その方が自然であるはずなのに。
「――それは、出逢った時のことか」
「出逢った時……」
唐突な質問であったのに、先生は答えてくれた。私……私は。
「出逢った、時」
私は繰り返す。回答時間を稼いでるみたいだね。
出逢った時――冬花のことなわけがないと私は考えていた。考えた末、『シャーロット・ジェムが初対面だった時のこと』を話すことにした。
「アルトが門限を破って……あなたが待ち構えてました」
「――それが、俺達の初対面か。シャーロット」
「はい、モルゲン先生」
教師からの名前呼びに驚くこともない。それも、前のやりとりがあったからこそ。
「記憶が、あるんだな。はあ……」
モルゲン先生は長い溜息をつくと、沈痛な表情を浮かべた。
「……怖かっただろ。あんな目に遭って」
「先生。先生も……」
私もそうで、モルゲン先生も死を迎えたはず。それが今も記憶に残っている。
「……モリュゲン、覚えてるの?」
リッカが首をかしげていた。しかも話している。驚く私を見てリッカはハッとしていた。うっかり声に出してしまったようだ。
「犬が喋った……?」
呆然としていた先生もさぞかし驚いたと思いきや。
「いや、この世界じゃ普通だな。ああ、普通だ。そうか、賢い子だな」
先生が撫でようとすると、リッカは避けた。本当に怖がっているようで……。
「気、悪くさせたな。悪かった」
先生は嫌な顔はせず、悲しい顔をしていた。そしてリッカにも謝っていて。リッカも首を振っていた。リッカ、無意識なのかな……。
「――そうだな、覚えているよ。で、理解もした。俺達は、あの日より過去に戻っていると。記憶もある」
「モルゲン先生も、なんですね」
そして先生。彼は、はっきりと伝えた。
「そうだ。お前も、リッカもだろ。ただな、どうしてかまではわからない。記憶があるだけだ」
「はい……」
先生が覚えている。そのことに安心していいかわからない。
「シャーロット」
「……!」
彼が名を呼び、カナリア色の頭を撫でてきた。彼の手の私の頭に置かれたまま、目を合わせてきた。
「ああ、不安だよな。俺はな。チャンスだと思っている。わかっているからこそ、対策も練られるしな――お前はどうだ?」
「チャンス……私も、私だってそう思ってます」
私だって、あの結末を変えたかった。モルゲン先生も同じ思いだ。
「なら、協力しよう。あんな未来は御免だ」
「協力、でしょうか……」
「そうだ。共に乗り越えよう」
先生は私を強く見つめてくる。
「モルゲン先生……」
不思議な感覚だった。こう、強い思いが沸き上がってくるようだった。
「……はい!」
私は力強く頷いた。先生も微笑んでから頭から手を離した。彼は顎に手をあてて思案する。
「そうだな。女神像の方は警護を強化してもらうしかない。まあ、一教師の意見だとしてもな。そこは、どうにか通すよ。俺の方でも見回りをしておく」
「はい、お願いします。私も見回りたいです……」
「シャーロット」
先生は私を呼んだ。それは咎めるようでもあった。
「……まあ、そこそこでいいからな。お前はむしろ近寄らない方がいいんじゃないか」
「あ……また、私がってことですね」
「ああ。納得がいかないが、またお前が疑われる可能性がある」
まともに近づかなかったのに、前回私は容疑者にされてしまった。
「それと、ずっと寮にいさせてください。前は家に帰ったから――」
村の人達とは不自然なほど会うことはなかった。学園にいた方が、むしろ寮にいたままの方が、私のアリバイ証明とも考えた。
「わかった。そうしてくれ」
「はい……ところで、モルゲン先生」
それに、と私は思っていた。
「私達以外にも、いるのでしょうか」
「さあな。迂闊に聞き回れはしないだろ。頭がいかれたと思われるだろうな」
「そうですね、でも――」
アルトは記憶があるようには思えない。それでも、アルトなら信じてくれるのではないかと。
「そうです、アルトなら信じてくれるんじゃないかって」
「アルト、か」
信じて疑わない私に対して、モルゲン先生は難色を示していた。
「……まあ、お前がそこまで信じるなら。だけどな、弟の様子も気がかりでな」
「それは……」
私もそうは思いした。それでもアルトを信じたい気持ちの方が強かった。
「まあ、いい。そんなとこだ。明日はアルトに案内してもらえよ……ああ、知らない振り中々だったぞ。その調子で頼むな」
「……ふふ」
おどけた調子の先生に、私の緊張が少しほぐれた。
「うん、いいな。ずっと張り詰めっぱなしってのもよくないからな」
「はい……先生、ありがとうございました」
話は終わったんだ。私は帰ろうと、リッカを抱っこしようとする。
「……モリュゲン。ありがと」
リッカは舌ったらずにお礼を言った。彼の尻尾は左向きにぶんぶん振れていた。
「お前こそな。こいつの傍についてくれるか」
「うん」
先生はリッカの胸元を撫でていた。手が黒ずんでいくけど、先生は嫌な顔を一つしない。むしろモフモフを堪能していたようだった。
「じゃ、女子寮まで送っていく。リッカのことも説明しとかないとな」
「お願いします。リッカは大人しくしてられるよね?」
リッカはわふっと返事した。いい子と私は首のあたりを撫でた。リッカは気持ち良さそうにしていた。
あなたにおすすめの小説
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?
社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。
天咲リンネ
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。
引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。
見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。
つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。
ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。
しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。
その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…?
果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!?
※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。
男女の友人関係は成立する?……無理です。
しゃーりん
恋愛
ローゼマリーには懇意にしている男女の友人がいる。
ローゼマリーと婚約者ロベルト、親友マチルダと婚約者グレッグ。
ある令嬢から、ロベルトとマチルダが二人で一緒にいたと言われても『友人だから』と気に留めなかった。
それでも気にした方がいいと言われたローゼマリーは、母に男女でも友人関係にはなれるよね?と聞いてみたが、母の答えは否定的だった。同性と同じような関係は無理だ、と。
その上、マチルダが親友に相応しくないと母に言われたローゼマリーは腹が立ったが、兄からその理由を説明された。そして父からも20年以上前にあった母の婚約者と友人の裏切りの話を聞くことになるというお話です。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
自称ヒロインに婚約者を……奪われませんでした
影茸
恋愛
平民から突然公爵家の一員、アイリスの妹となったアリミナは異常な程の魅力を持つ少女だった。
若い令息達、それも婚約者がいるものまで彼女を一目見た瞬間恋に落ちる。
そして、とうとう恐ろしい事態が起こってしまう。
……アリミナがアイリスの婚約者である第2王子に目をつけたのだ。