53 / 557
第一章
傷跡ごと
「ねえ、シャーロット。話してくれて嬉しいんだ。俺はちゃんと信じるよ。一緒に乗り越えよう。俺だけでも、本当に君を守るから」
「アルトだけ?」
「うん、あとは俺しか知らないんじゃないの?」
「そっか……」
私はふと思った。自分、アルト、先生が死んだことを教えてはいた。その時に記憶を引き継いだのは自分以外にもいると。そのことを伝えていなかったね。
「私だけじゃないんだ。モルゲン先生もそう」
「……え」
「もう相談済みだから。先生も力になってくれるって――」
私の言葉は止まった。目の前のアルトが、無表情になっていたから。
「……兄貴は知っていたの。兄貴には、先に話していたの」
「!」
目の光が無くなったアルトは、私を引き寄せた。彼女を抱きしめたまま、耳元にささやきかけた。
「シャーロットはさ、兄貴に一目惚れでもしたの? 会って間もないでしょ」
「そうじゃない、そうじゃないよ」
モルゲン先生は。先生がただ覚えていただけ。流れでそうなっただけ。私として、それで先に話す流れになっただけだ。そして、一目惚れなどでは――。
「なんで、他のヤツが先なの……なんで、俺だけを頼ってくれないの」
彼の額が離れた。そんな泣きそうな顔で、どうして……。
「……ねえ、シャーロット」
私のカナリア色の前髪をかき上げて、アルトが露わにしたもの――こめかみにある傷跡だった。
「……ああ、今でも痛そうだよね。俺が、君を守れなかったから」
アルトは痛ましそうにその傷跡を見ていた。私はいつものように違うって言おうとしていた。
「守れなかったんだよ。俺が……弱かったから」
「え……」
アルトが語ろうとしているのは、昔の出来事? 私がまともに覚えてない時の?
「……襲撃した魔物も、追い払うのが精々で。君に傷を負わせてしまった。ねえ……ずっと残り続けているね」
「それは……」
そう、だね……ずっと消えてくれない。アルトが気にすると思って、私もなんとか治そうとしていたけど、残ったまま。
――ずっと。
「ごめんね、ごめんなさい……シャーロット」
でも、とアルトは顔を上げてきた。目を細めて笑うのは彼。
「俺……強くなったから。あの頃の俺じゃないから」
「アルト……」
君は時に無理をしてまで、強くなろうとしていた。努力してきたこと、それお金や将来のことだけじゃなかった。アルトは本当に気にしていて……自分を責め続けていたんだ。
「私は……」
私は……軽んじていたのかな。アルトはこれだけ気にしていたというのに。それにいつも笑ってくれる彼も――『責任をとる』と口にする時は。
とても辛そうにしていたから。それだけ思い詰めていた、追い詰めてしまったのかな。
「……アルトお願い。もう、気にしなくていいんだよ。本当にいいんだよ。それにね? 君が助けてくれたんじゃない。君が追い払ってくれたから、これくらいで済んだんだよ?」
私は傷跡にそっと触れた。消えてはくれないけれど、小さくて済んだもの。
「私がこうして生きてられるのも、君のおかげってことだよね」
だから充分だって、私は微笑んだ。
「君は優しいから……ずっと気にするかもだけど。私は気にしないでほしいんだ」
「……」
……アルト? さっきから黙りこくっている。私の傷跡を見たまま。私がそこから手を離すと、今度は私の手を見たりもしていて。
うん……本当に何も言わない。怒ってるのかな……無言というパターンはそうないから、私は狼狽えてもしまう。
「……お願いアルト。これじゃずっと、私が君を縛りつけることになる」
「……」
アルトは本当に一言もない。うん……アルト。私たちは幼馴染だから。昔は……言っていたことはあったけど――でも、君は言わなくなった。
それでいい。私たちはそれでいいんだ。
「……俺の将来の夢はね、シャーロットと結婚すること――『ずっと』、そうなんだよ」
「え……」
アルトの言葉に応えようとした時には。
――アルトにキスされていた。左のこめかみにある、傷跡に。触れた唇がそっと離れた。
「アルト、今の……」
「ちゅーしちゃった。シャーロットが可愛くて――思い違いしているから」
アルトは悪戯っぽく笑ったあと、指でそこに触れていた。愛しげにみている。
「俺さ、本当に責任とるつもりだった。だって、好きな子に傷残したわけだし。君じゃなきゃ、悪いけどここまで思い詰めないから」
「……」
好きな子……ずっと――ずっと? 私は混乱しきっていた。頭だって追いついていないのに。
「そっか、そうだね……君はずっと言い続けてくれていたのにね。俺に気にしないでって」
それはそう。私はずっとそう言ってきた。それは、君に気に病んでほしくなかったから。
「君がいいならいいんだ。俺はね――その傷跡ごと、君を愛しているから」
こんなアルトは知らない。こんな、蕩けるような視線を向けてくるアルトのことは。
「待って、アルト……」
「ごめんね、待たない。もう……限界なんだ」
――いくらでも縛りつけて。その囁きと共に。
傷跡に触れていた指、手は私の後頭部へ。彼に引き寄せられて、私は――。
「んん!?」
アルトにキスされていた。
私の目は見開く。アルトの瞳は閉じられたままだ。最初は軽く触れるだけだったのが、激しさを増していく。呼吸の仕方も忘れてしまうほどだった。
「……ごめん、苦しかったよね」
ごめんと言いつつも、アルトは目を細めて妖しく笑っていた。私は酸欠で頭がぼうっとしていた。彼のの顔もぼやけて見えて。
「はあ……唇やわらか……もっと早くにやっておくんだったぁ……」
「……」
「ねえ、シャーロット? 君さ、よく無防備に寝たりするでしょ? ……俺、ずっと我慢してたんだよ? ああ、チューしたいなって、したいなぁって。それでも、君を大事にしたかったからさ?」
「……?」
「ずっと我慢してたんだ……もっと、早くに手を出してれば良かった」
「……アルト」
ようやく呼吸が整っていた。頭もはっきりしてきた。
アルトは本気だった。彼の言葉も、愛情表現も。全てが本物だった。
「アルト……わかったから。でも、私には――」
アルトが大切だとしても。私にはその愛は受け止められない。君が大切だからこそ、誠意をもってそれを伝えようとしたけれど。
「うん? シャーロットはわかってないでしょ? ――俺の愛、伝え足りてないから。だからシャーロットはわかってなかったんだ」
「ううん、充分にわかったから」
「わかってない。だから、何度でも伝えるね? ずっとだよ――俺の気持ちが伝わるまでね」
「!」
私の唇を指でなぞるアルト。
「だってさ、時間はたっぷりあるからさ? 一晩かけて伝えるから――」
「……帰る、から」
私はふらつきながらも立ち上がった。逃げようとしているのに、アルトは楽しそうに見ているだけだった。可愛いとも呟いていた。
玄関に近づくにつれ、犬の吠える声が聞こえてきた。時折、咳き込んでいた。どれだけ吠え続けていたの……リッカは。
「リッカ……!」
私は扉を解錠した。苦しそうにしていたリッカがそこにいた。この子は異変を察知したんだ。私を助けようと、吠え続けていたんだ……。
「……犬ねぇ。別に俺はいいよ? 犬に見られながらでも」
背後からやってきたのはアルトだ。彼は余裕そのものだった。
「俺、小動物いたぶる趣味もないし。シャーロットも悲しい顔させたくないからさ。だから、大人しくしてるよね?」
「がるるるるるる……」
これはリッカに向けた言葉だ。リッカは震えながらも吠え続けていた。もういいよ、いいんだよリッカ。帰ろう――。
「……時間は、そうだ、たっぷりあるんだ」
リッカのこと、しばらく見ていたけれど。
「――もっと、わかってもらうだけだ」
アルトはそれだけ言うと、部屋へと戻っていった。
「……」
私は閉じられた扉を見ていた。
「くーんくーん……」
「リッカ……ごめんね?」
足が小刻みに震えているリッカ。うん……怖かったよね。ありがとう、リッカ。私が抱え上げると、彼は少しは落ち着いたみたいだった。
あなたにおすすめの小説
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?
社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。
天咲リンネ
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。
引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。
見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。
つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。
ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。
しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。
その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…?
果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!?
※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。
男女の友人関係は成立する?……無理です。
しゃーりん
恋愛
ローゼマリーには懇意にしている男女の友人がいる。
ローゼマリーと婚約者ロベルト、親友マチルダと婚約者グレッグ。
ある令嬢から、ロベルトとマチルダが二人で一緒にいたと言われても『友人だから』と気に留めなかった。
それでも気にした方がいいと言われたローゼマリーは、母に男女でも友人関係にはなれるよね?と聞いてみたが、母の答えは否定的だった。同性と同じような関係は無理だ、と。
その上、マチルダが親友に相応しくないと母に言われたローゼマリーは腹が立ったが、兄からその理由を説明された。そして父からも20年以上前にあった母の婚約者と友人の裏切りの話を聞くことになるというお話です。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
自称ヒロインに婚約者を……奪われませんでした
影茸
恋愛
平民から突然公爵家の一員、アイリスの妹となったアリミナは異常な程の魅力を持つ少女だった。
若い令息達、それも婚約者がいるものまで彼女を一目見た瞬間恋に落ちる。
そして、とうとう恐ろしい事態が起こってしまう。
……アリミナがアイリスの婚約者である第2王子に目をつけたのだ。