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第一章
傷跡ごと
しおりを挟む「ねえ、シャーロット。話してくれて嬉しいんだ。俺はちゃんと信じるよ。一緒に乗り越えよう。俺だけでも、本当に君を守るから」
「アルトだけ?」
「うん、あとは俺しか知らないんじゃないの?」
「そっか……」
私はふと思った。自分、アルト、先生が死んだことを教えてはいた。その時に記憶を引き継いだのは自分以外にもいると。そのことを伝えていなかったね。
「私だけじゃないんだ。モルゲン先生もそう」
「……え」
「もう相談済みだから。先生も力になってくれるって――」
私の言葉は止まった。目の前のアルトが、無表情になっていたから。
「……兄貴は知っていたの。兄貴には、先に話していたの」
「!」
目の光が無くなったアルトは、私を引き寄せた。彼女を抱きしめたまま、耳元にささやきかけた。
「シャーロットはさ、兄貴に一目惚れでもしたの? 会って間もないでしょ」
「そうじゃない、そうじゃないよ」
モルゲン先生は。先生がただ覚えていただけ。流れでそうなっただけ。私として、それで先に話す流れになっただけだ。そして、一目惚れなどでは――。
「なんで、他のヤツが先なの……なんで、俺だけを頼ってくれないの」
彼の額が離れた。そんな泣きそうな顔で、どうして……。
「……ねえ、シャーロット」
私のカナリア色の前髪をかき上げて、アルトが露わにしたもの――こめかみにある傷跡だった。
「……ああ、今でも痛そうだよね。俺が、君を守れなかったから」
アルトは痛ましそうにその傷跡を見ていた。私はいつものように違うって言おうとしていた。
「守れなかったんだよ。俺が……弱かったから」
「え……」
アルトが語ろうとしているのは、昔の出来事? 私がまともに覚えてない時の?
「……襲撃した魔物も、追い払うのが精々で。君に傷を負わせてしまった。ねえ……ずっと残り続けているね」
「それは……」
そう、だね……ずっと消えてくれない。アルトが気にすると思って、私もなんとか治そうとしていたけど、残ったまま。
――ずっと。
「ごめんね、ごめんなさい……シャーロット」
でも、とアルトは顔を上げてきた。目を細めて笑うのは彼。
「俺……強くなったから。あの頃の俺じゃないから」
「アルト……」
君は時に無理をしてまで、強くなろうとしていた。努力してきたこと、それお金や将来のことだけじゃなかった。アルトは本当に気にしていて……自分を責め続けていたんだ。
「私は……」
私は……軽んじていたのかな。アルトはこれだけ気にしていたというのに。それにいつも笑ってくれる彼も――『責任をとる』と口にする時は。
とても辛そうにしていたから。それだけ思い詰めていた、追い詰めてしまったのかな。
「……アルトお願い。もう、気にしなくていいんだよ。本当にいいんだよ。それにね? 君が助けてくれたんじゃない。君が追い払ってくれたから、これくらいで済んだんだよ?」
私は傷跡にそっと触れた。消えてはくれないけれど、小さくて済んだもの。
「私がこうして生きてられるのも、君のおかげってことだよね」
だから充分だって、私は微笑んだ。
「君は優しいから……ずっと気にするかもだけど。私は気にしないでほしいんだ」
「……」
……アルト? さっきから黙りこくっている。私の傷跡を見たまま。私がそこから手を離すと、今度は私の手を見たりもしていて。
うん……本当に何も言わない。怒ってるのかな……無言というパターンはそうないから、私は狼狽えてもしまう。
「……お願いアルト。これじゃずっと、私が君を縛りつけることになる」
「……」
アルトは本当に一言もない。うん……アルト。私たちは幼馴染だから。昔は……言っていたことはあったけど――でも、君は言わなくなった。
それでいい。私たちはそれでいいんだ。
「……俺の将来の夢はね、シャーロットと結婚すること――『ずっと』、そうなんだよ」
「え……」
アルトの言葉に応えようとした時には。
――アルトにキスされていた。左のこめかみにある、傷跡に。触れた唇がそっと離れた。
「アルト、今の……」
「ちゅーしちゃった。シャーロットが可愛くて――思い違いしているから」
アルトは悪戯っぽく笑ったあと、指でそこに触れていた。愛しげにみている。
「俺さ、本当に責任とるつもりだった。だって、好きな子に傷残したわけだし。君じゃなきゃ、悪いけどここまで思い詰めないから」
「……」
好きな子……ずっと――ずっと? 私は混乱しきっていた。頭だって追いついていないのに。
「そっか、そうだね……君はずっと言い続けてくれていたのにね。俺に気にしないでって」
それはそう。私はずっとそう言ってきた。それは、君に気に病んでほしくなかったから。
「君がいいならいいんだ。俺はね――その傷跡ごと、君を愛しているから」
こんなアルトは知らない。こんな、蕩けるような視線を向けてくるアルトのことは。
「待って、アルト……」
「ごめんね、待たない。もう……限界なんだ」
――いくらでも縛りつけて。その囁きと共に。
傷跡に触れていた指、手は私の後頭部へ。彼に引き寄せられて、私は――。
「んん!?」
アルトにキスされていた。
私の目は見開く。アルトの瞳は閉じられたままだ。最初は軽く触れるだけだったのが、激しさを増していく。呼吸の仕方も忘れてしまうほどだった。
「……ごめん、苦しかったよね」
ごめんと言いつつも、アルトは目を細めて妖しく笑っていた。私は酸欠で頭がぼうっとしていた。彼のの顔もぼやけて見えて。
「はあ……唇やわらか……もっと早くにやっておくんだったぁ……」
「……」
「ねえ、シャーロット? 君さ、よく無防備に寝たりするでしょ? ……俺、ずっと我慢してたんだよ? ああ、チューしたいなって、したいなぁって。それでも、君を大事にしたかったからさ?」
「……?」
「ずっと我慢してたんだ……もっと、早くに手を出してれば良かった」
「……アルト」
ようやく呼吸が整っていた。頭もはっきりしてきた。
アルトは本気だった。彼の言葉も、愛情表現も。全てが本物だった。
「アルト……わかったから。でも、私には――」
アルトが大切だとしても。私にはその愛は受け止められない。君が大切だからこそ、誠意をもってそれを伝えようとしたけれど。
「うん? シャーロットはわかってないでしょ? ――俺の愛、伝え足りてないから。だからシャーロットはわかってなかったんだ」
「ううん、充分にわかったから」
「わかってない。だから、何度でも伝えるね? ずっとだよ――俺の気持ちが伝わるまでね」
「!」
私の唇を指でなぞるアルト。
「だってさ、時間はたっぷりあるからさ? 一晩かけて伝えるから――」
「……帰る、から」
私はふらつきながらも立ち上がった。逃げようとしているのに、アルトは楽しそうに見ているだけだった。可愛いとも呟いていた。
玄関に近づくにつれ、犬の吠える声が聞こえてきた。時折、咳き込んでいた。どれだけ吠え続けていたの……リッカは。
「リッカ……!」
私は扉を解錠した。苦しそうにしていたリッカがそこにいた。この子は異変を察知したんだ。私を助けようと、吠え続けていたんだ……。
「……犬ねぇ。別に俺はいいよ? 犬に見られながらでも」
背後からやってきたのはアルトだ。彼は余裕そのものだった。
「俺、小動物いたぶる趣味もないし。シャーロットも悲しい顔させたくないからさ。だから、大人しくしてるよね?」
「がるるるるるる……」
これはリッカに向けた言葉だ。リッカは震えながらも吠え続けていた。もういいよ、いいんだよリッカ。帰ろう――。
「……時間は、そうだ、たっぷりあるんだ」
リッカのこと、しばらく見ていたけれど。
「――もっと、わかってもらうだけだ」
アルトはそれだけ言うと、部屋へと戻っていった。
「……」
私は閉じられた扉を見ていた。
「くーんくーん……」
「リッカ……ごめんね?」
足が小刻みに震えているリッカ。うん……怖かったよね。ありがとう、リッカ。私が抱え上げると、彼は少しは落ち着いたみたいだった。
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