春の女神は知っている。~モフモフと力を合わせて、ヤンデレメリバフラグ回避してみせます!~

古駒フミ

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第一章

愛される日々②

「え、なに。シャーロット。俺がオニイサンってこと?」

 唐突だなぁとアルトは笑う。アルト、なんかごめん。私おかしなこと言っているよね。それに合わせてくれたんだね。
 うん……おかしなこと、それでも確認をしたくなって。私はアルトに尋ねてみた。

「アルトにお兄さんっていた?」
「……え、本当に急すぎない? なんで俺に兄貴がいるって知ってるの?」
「わからない。あの、アルト」

 自分でも本当にわからない。

「あ……」

 ふと、アルトの顔を見る――他の男の話をして、彼は悋気を起こさないかと。

「気、悪くした? お兄さんに興味とかじゃなくて。私でも本当にわからなくて、勝手に浮かんできたというか」

 やけに言い訳がましくもあった。まるで浮気を咎められた気分にもなっていた。

「もう、シャーロット。怯えないのっ!」
「!」

 アルトは私のほっぺたをむぎゅっとしていた。

「モチモチやで……って、それどころじゃないか。恐い顔してたんなら、俺こそごめんね? こう、スピリチュアル的な何かじゃない?」
「そういうものかな……」
「シャーロットなら不思議じゃない。俺のシャーロットは何でもありだ。うんうん」

 アルトはひとしきり頷くと、笑んだ。

「……うん、まあ、そうだね。兄貴くらいならいいよ。いつか会わせるね?」
「え……」

 アルトは穏やかだった。余裕もあるかのように笑ったまま。

「まあ、兄貴さ。こう見た目が、こう、大人な男ーって感じだし。つか、シャーロットにも惚れそうだし! ほんとはね、あんま歓迎したくないんだけど!」
「いや、惚れるとかは……」

 さすがにないでしょ。私は苦笑する。そもそもまだ出逢ってないはずでしょうに。

「いやいや、危険だね! ……でも、いいんだ。だって、シャーロットが好きなのは俺だもんね。それはもう揺らがないわけだし!」
「アルト……うん、そうだね」

 私も素直な気持ちで同意した。
 そう、私の好きな人はアルト。
 ずっと――一緒に添い遂げたい人。

「……そうそう。シャーロットは俺のもの。他の奴にとられることもないんだ」
「うん……うん?」

 ……他の奴……他の人間。私はハッとして、アルトから離れた。

「――アルト! お客さん! お、お、お客さん!」
「あら、パニくりシャーロット。どしたん?」

 慌てふためく私をアルトはおちょくる。かわいいねぇと呑気で……悠長過ぎない!?

「私、お客さん放置して! って、今までのも見られてたり――」

 店は営業中であり、たくさんの常連さんもいた。この一連の流れを見られていたとしたら……ああ! 羞恥そのもの過ぎる……!

「これこれシャーロット。あの人らからの伝言だよ。えっと『若いお二人さんがラブラブなので、おいちゃん達は帰ります。仲良くおやり』だってさ」

 残されたメモをひらひらさせているアルト。代金も置いてあったけど……販売金額をかなり上回っていた。彼らなりのご祝儀ってこと? ……ううん!

「私はお客さんを放置して……! お金だって返しにいかないと」

 私はカウンターに手をついて項垂れてしまった。もう、とアルトは言う。

「こういうのって気持ちじゃない? っていっても、シャーロットだし。今度来たら返してあげたら?」
「……うん。そうする。伝票と照合しなきゃだし。はあ」

 私の顔は赤くなったまま。結局、どのタイミングで帰ったかはわからなかった。

「そうそう。じゃあ続きを――」

 アルトは腕を広げていた。私がいつものように飛び込んでくるのを待っているんだ。うん……そうしたくはあるんだけど、。

「……待って。お客さん、ずっと来てなくない? ……私、確認してくる」

 常連さんたちは気を利かせてくれた。二人になるようにと。それでもってそれから途切れた来店客。
 まさか、店の立て看板が閉店になっているんじゃ……。

「えー。じゃあ、俺も俺も」
「すぐ戻るから。すぐそこだよ?」

 店を出ればすぐの距離。それでもアルトはついてこようとしていた。ここはやんわり遠慮することにした。

「はーい。じゃあ、伝票チェックしときまーす」
「うん、ありがと」

 アルトに礼を言って、私は店を出た。言うだけ言うものの、アルトはそれほどつきまとったりはしない。彼にはやっぱり余裕があるのかな。





 やっぱりだった。常連さんたちによって、看板は裏返しにされていた。来ないわけだよ……。

「気遣ってだろうけど……」

 看板の向きを営業中に戻そうとした時だった。

「……わふっ」
「あ」
「へっへっへっへっ」

 黒ずんだ犬が店の前に立っていた、ちょこんとお座りをして。私は近寄ることにした。

「君はいつも賢いね。いい子だね」

 この犬は迷い子だった。エーデル村全体で面倒を見ていた。私の家の裏に住むオーナーの家でお世話になっているという。うん、大人しくて賢いワンコ。
 犬の名前は知らない。村の誰かが名付けようとしても、犬は首を振って拒絶していた。決して受け付けることはなかった。

「今日もお散歩かな? 待っててね、食べ物とお水もってくるから」

 ちょうどお散歩の時間だ。この子は一人で歩いている。いつものようにウチに立ち寄ったんだね。

「あ、アルト。ボウルと冷蔵庫のあれ、とってもらっていい?」
「ああ、あの犬ね? 待っててねー」

 アルトには冷蔵庫で通じる。彼は立ち上がって用意すると、手渡してくれた。私は礼を言って受け取る。

「アルトもおいでよ。なでなでさせてくれるよ」
「……犬、苦手なのわかってるくせに。まあ、たまにはいいか」

 腰が引き気味のアルトを連れて、私は犬の元へ急いだ。

「お待たせ。今日はね、アルトも――」

 ……あれ?

 いつもは待っているはずの犬の姿がなかった――跡形もなく。

 ここまで歩いてきた足跡も。雪に残されているはずのそれが無くなっていた――元々いなかったかのように。

「……!?」

 私は慟哭した。自分でもわからない。村全体で飼っているとはいえ、自分とほとんど関わりのない。たまにご飯と水を与えるくらいの関係。それだけのはずなのに……それなのに。

「……ん? なに、この食べ物。と、ボウル。俺、何持たされてんの? なに、シャーロットの悪戯?」
「え……」
「ほら、シャーロット。看板戻したって、戻してないじゃん。ドジっ子可愛いなぁ」

 アルトの様を見て……私は気がつく。そんな……。
 あの犬の記憶が、いや、あの犬の存在自体がなくなってしまっていることに。

「……」

 頬に伝うのは涙。この喪失感はなんだろうか。私はどうして泣いているの? わからないのに、どうして涙は止まってくれないの……。

「……シャーロット」

 突然泣き出した私は、アルトにとっておかしく映ったでしょうに、それでも。彼は黙って私を抱きしめて包んでくれていた。。背中を撫でて落ち着かせようともして。

「いいよ。落ち着くまで、ずっとこうしてよ?」
「うん……」
「心配しないで。俺がずっと、側にいるから。不安になることなんてないよ」
「うん、アルト……」

 うん、そうだね……アルト。

「愛してるよ、シャーロット」
「私も……」

 私にはアルトがいる。ああ、私は幸福に満たされていた。

「私も愛してる……」

 悲しいと思っていた感情も薄れていき――やがて消えていく。

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