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第一章
愛される日々⑤
しおりを挟む日々は順調に進んでいた。アルトとの愛も育まれていた。
今日も開店の準備をする。店の前に立つと、変哲のない一本の木を見た。ありふれた木。とりとめもないはずの、木。
『――はね、こわくないんだ』
『――が幸せならいいや』
「……」
確かにいたんだ。愛しい存在がそこにいたはずなのに……やっぱり思い出せなかった。
「シャーロット? どした?」
アルトが後ろからやってきた。
「……ううん、何でもないよ」
「そ? でさ、教会貸してくれるって。タダでいいって言ってくれたけどさ。そこはちゃんとするから」
「ねえ、それなら」
お金を払う件、私もその方がいいとは思う。村の厚意だったとしても。私も提案したいことがあった。
「ご家族は厳しいなら、村の人達はどうかな? すごく祝福してくれるし。もちろん、ギルドのみなさん、常連さんだって――」
私が思う以上に、アルトはご家族との関係に溝があるようだった。でも、村の人たち、ギルドの民さん、常連さんたち。一緒に笑い合った人たち……私たちを祝福してくれた彼らなら。
「誘わないよ?」
「え……」
アルトは当然といわんばかりに微笑んだ。
「シャーロット? 俺達二人だけの式だよ?」
「そんな。だって、あれだけ仲が良いんだし」
ギルドや村民たちと接しているアルトは、あんなにも笑っていたのに。
「仲良し、ね。そりゃ、愛想はよくした方がいいじゃん。でも、それだけ」
「!」
アルトははっきりと言い捨てた。私は驚愕した。
「って、お客さんでしょ? ちゃんと接客しますってー。もうー、どうしちゃったの?」
「どうしたって……」
さも私がおかしいように言う。
「ってことで、招待客は無し!」
アルトはいつものようにを抱きしめてきた。それでいて低い声で言う。
「ウェンディングドレスの君、世界一可愛いじゃん。誰が見せるかっての」
「……」
「あ、でも普段のシャーロットも。仕事着も。うちの学園の制服姿も可愛いのかな。ね、ね、寝間着シャーロットも、可愛いし? あー、だめだ! どのシャーロットも優勝すぎる! 俺には決められない!」
アルトは人の耳元で騒ぎ立てた。私は黙ったまま。
「あれ、引いた? ……あっぶね。ありのままのシャーロットとか、言わなくて良かった」
アルトは言ってしまっていた。いつもの私ならここで怒るなり、冷めた目をするところ。でも……そんな気にはなれない。本当にいいの……アルト。
「……アルト、いいの? 私達だけで。私達以外はいらないの?」
私はぽつりと言った。アルトは溜息をついた。
「やだな、シャーロットは極端なんだから。俺だって、自分達だけで生きていけるとか考えてないって。生計立てなきゃ、だし? ……でも、それいいよね」
アルトは淀んだ目をしながら、言う。
「シャーロットと俺だけの世界でさ。ずっと……二人だけ。ずっと、愛し合うんだ。ずっと、ずっとね――」
「……」
「ああ、しあわせだなぁ……」
そうだよ。私もそうだと思ってるのに。自分は今日もしあわせであると。
目の前にはアルトがいて――君の愛に満たされているのだから。
幸福な日々は続いてた。アルトに愛される、満たされた日々だ。
今宵もベッドの中でアルトが寝ている。
「……」
私はそっと抜け出した。彼が起きなかったことに、安堵している自分はおかしいと思いながら。
私は机の引き出しを開いた。とっておいたのは、学園からの推薦状。どうしかな、記憶にないのに……懐かしいと思うのは。
『俺はな。お前には楽しく過ごして欲しいんだ。学園生活をな』
『お前なら友達だってすぐに出来る。部活動だって、入ってみたかっただろ』
『弟を頼む。こいつを、どうにか……』
知らないはず。覚えてないはず。なのに、なかったものとも思えない。
「あ……」
私の心に響いたのは、落ち着いた大人の男性の声だ。温かみのある声で、胸がしめつけられるようで――。
「――誰のこと考えてるの」
アルトはいつの間に……私の背後にいた。後ろから抱きしめてきた。
「アルト!?」
彼のこと、また起こしてしまったのか。ほんと毎回ごめん――。
「だからいいんだって。俺、前もそうだったけど。寝てないから。君のこと、ずっと見てた」
「寝てない……?」
寝てない……寝てなかったの? 前のも起こしたのではなくて――元々眠ってなかったの?
「……ああ、うん。まあ、寝てないっていっても。なんだろ、眠る必要がないのかな。ずっと、こう――高揚感があるんだ」
アルトは恍惚とした表情で、左胸に手をあてた。ドクンドクンという音が、私にまで聞こえていた。やけに大きな音……。
「あれかな――シャーロットといすぎて、おかしくなっちゃったのかも」
アルトは笑うも、こっちは笑えなかった。おかしい、その言葉が私の中で繰り返される――おかしいのかと。
「……ま、起こされたってことにしとこっと」
「アルト!? な、なに……!?」
私をベッドに押し倒し、アルトは上になる。
「そうそう、シャーロットに起こされちゃったの――だからさ、このまま付き合ってね?」
朗らかに言ったアルトは、のっけからディープキスをしてきた。頭がくらくらする……このままずるずるとアルトに愛される、しあわせな夜に――。
「……」
しあわせなはずなのに。私は集中しきれずにいた。
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