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第一章
帰ろう
「……って、ずいぶん大人しいな」
先生の指摘通り、気になるところだった。氷の力を砕いたのはアルトだけでなく、この人もだった。強者……それにしては捕まる時はあっさりとしたものだった。
「物分かりいいなら、それに越したことがないな――なあ、取引しないか?」
「なんだと……」
それはさすがに限度があったのか。金糸雀隊は殺気立ていた。先生は気にも留めず、続ける。
「このまま、氷漬けじゃ困るよな? お仲間も、都も、それに女神像もそのままだ。得体の知れない氷だぞ? 像に危険が及ばないか? ――案ずるな、俺なら溶かしてやれる」
先生は交渉し、相手の返事を待っていた。
……先生、それは。私は唖然としていた。
先生のでっち上げだ。私の氷の力は、時間経過ともに自然解凍されるもの。今回かけた魔力は広範囲な分、溶ける時間も早くなるはず。先生、得体の知れないとまで言っているし。
「……!」
先生が自身の唇に人差し指をあてていた。内密にってことでしょうか、そういうことですね?
「……ふざけた取引だ」
金糸雀隊員は拒否しようとするが、先生が下がることはない。
「なあ、像は破壊されなかったぞ? そして――もう、壊されることもない。な?」
「……」
先生はアルトに確認をとっていた。アルトも目はそらしはしないも、何も言わない。
「女神像が無事だった。これで春も迎えられる。それでいいだろう? お前はただ、リッカの容疑を取り下げること。あと、俺達を見逃してくれればいい」
「要求過多だ」
「お? 女神像が健在だったことに比べれば、ささいなことだろ? な?」
先生は金糸雀隊にすり寄っていた。相手が疎ましがっていてもお構い無しでもあって。
「兄貴、うっざ……はあ」
アルトも吐き捨てるかのように言った。突然の暴言に先生も若干落ち込んでいた。そんな兄を横目で見たあと、今度は金糸雀隊に向けて。
「――もう破壊しない。女神像に誓う」
「アルト……」
アルトの顔つきは変わっていた……ううん、戻っていたといっていいかもしれない。
「……男。さっさと、済ませろ。もし女神像を壊したら、八つ裂きにしてくれる」
「お、おう……じゃあ、やりますか」
金糸雀隊の拘束を解くことになるが、先生は気にしない。彼が手をかざすと、赤い光が集ってくる。やがて炎が生じ、風に乗せて炎を伝わせた。
凍っていた人、物、女神像が溶け出していく。
「すごい……」
私は感嘆していた。先生、いとも簡単にこれだけのことをやってのけたのだ。しかも当人は涼しそうな顔をしながら。
……うん、彼らが動き出してくるとなると、面倒なことになる。ずらかることにした。
「じゃあ、帰るか」
「はい、帰りましょう」
「わんっ」
先生が言うと、私とリッカも続いた。
「……」
アルトはその場にいたまま……アルト。
「アルト、帰ろう?」
頑ななアルトに声をかけた。惑っていたアルト、それならと私は手を差し出した。
今度は私から……ねえ、アルト。
「……そんなん、手つなくじゃん」
私の手を……アルトは握った。遠慮がちに、汗ばんだ手でもあった。
寮までの路、アルトがぽつりと漏らしていた。
「……それとさ、兄貴」
アルトの声から緊張が伝わる。自然と握る力が強くなっていた。彼は告げる。
「……ごめん」
自分が傷を負わせた兄に向けて。
「……」
先生は無言にはなったけれど。
「……なあに、単なる兄弟喧嘩だ、な?」
「……は?」
明るく笑ったのは先生。眉を潜めたのはアルト。
「兄貴はなぁ、全然構わないということだ、アルトっ!」
「うげっ」
先生は笑顔全開でなんと、アルトの頭を撫でくり回していた。アルトは顔を思いきり歪めていた。すごいあからさま……でも。
「素直なお前もいいものだなぁ、アルト!」
「……うっざ!」
悪態はつきつつも、アルト、されっぱなしだね? 私、思うんだ。モルゲン先生のこの反応、救われたんじゃないかって。
笑い声が絶えない。リッカも口元が笑っている。うん、楽しいね?
これが正解だったかはわからない。アルトは裁かれるべきだったのか。
でもね、私が望んだのは、何度も繰り返したのは。
アルトも含めた皆が笑って。そして、生きていられる未来を望んだから。私は笑って上を向いた。
うん、これで良かったんだ。
自宅に帰る気力がなかった私たち、女子寮に泊まることにした。就寝準備をして、リッカと共にベッドに寝転んだ。
「シャーリーは学校に行かないの?」
リッカが聞いてきた。私はそれも考えたことはあった。でも、現状の答えはこう。
「……うーん、憧れるよ。でも、今はお店のこと考えたい」
「うん、わかった」
「でもって、リッカと暮らしたい!」
「わあっ」
起き上がった私は、リッカを抱っこした。ふふ、リッカも嬉しそう。
ここ数日は本当に疲れるものだった。ぐっすり眠れるよね……私たちは眠りに落ちていく……。
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