86 / 557
第二章
君が生きている
「うう、冷えるなぁ……」
その言葉は白い息となっていた。寒冷地方にあるこの国は、降雪がつきものだった。昨日の吹雪によって、雪が積もりに積もっていた。雪かきが大変そうとは思うけれど、このあと取り掛かろう。
うん、死ぬよりはマシなんだ。
「あ」
アルトの姿を発見した。こっちから声を掛けよう。
「アルト、おはよう」
ループの度にアルトは元気よく挨拶してくれていた。今回もそうだと思われたのに。
「……アルト?」
私の家の前にある、なじみの木。そこに座り込んでいたのは、アルトだった。
……アルト? いつもの彼と様子が違う?
天然の癖っ毛に短めの髪、もともと整い過ぎた顔が、私を見ると……その、より蕩けて甘い顔立ちとなる。明るく笑う顔に、いつでも楽しそうな彼。それが私に見せてきた顔。
……今は違った。憔悴しきった様子で、笑顔なんてない。目は虚ろであり、涙で目を腫らしたあともあった。そんな彼が――私を見ていた。
服装までもそう……彼は喪服だった。手にしているのは白い花束で。
「アルト……? どうしたっていうの……」
――大事な人を亡くしたかのような。アルトの今の姿がそうだった。
「……シャーロット?」
アルトは、もたつきながら立ち上がった。花束も手から落とす。いつもスマートに動く彼らしくないものだった。
「……うん、そうだよ」
「シャーロット!」
「!?」
アルトは涙が決壊した。涙ながらに私を抱きしめてきた。突然の抱擁に私は戸惑うも。
「……生きてる、シャーロットが生きてる」
彼のおかしな発言にも困惑するも。
「……」
私を抱きながら……彼は震えていた。こんな弱りきった彼を離すことはできなくて。
「うん、私は生きているよ。ちゃんと、ここにいるから」
不安に震える彼を安心させるかのように、背中を撫でた。何度もそうした。
「シャーロット……」
アルトは離すことなく、私が生きているという実感を感じ取ろうとしていた。彼の不安が薄れるまで、私は撫でていたかった。
自宅に戻ると、アルトは後ろ手で鍵を閉めた。窓のカーテンも開けられてはおらず、部屋の中は薄暗かった。
「……」
一瞬、どきりとはしたけれど、大丈夫だと思い直した。今のアルトなら、もう大丈夫だと。
「……夢でも見てんのかな、俺」
泣き止んだアルト、今はただ、深刻そうな顔であった。
「夢じゃないよ。私は本当に生きているよ」
「うん、そうだね……あっちが悪夢で、今が現実だ」
「うん、そうだよ」
「そっか……」
アルトは私をカウンター席まで招いた。私たちは並んで座った。
「……夢、だったんならいいんだ。あんな夢。そうだよ、夢に決まってるんだ」
あー! と声に出したアルトは、髪をぐしゃぐしゃにした。
「あ、花束回収しとかなくちゃ。あれはね、シャーロットにあげられない。絶対にあげない。俺が責任もって持って帰るからね。もう、処分しかないし。花には悪いけど」
「……うん」
「つか、びっくりしちゃったでしょ。もう、なんだったんだよ、あの夢は!」
アルトは首を傾けながら、笑ってみせた。そう、彼に笑顔は戻った。それでも、まだ彼の瞳は不安に揺れていた。
「……そうだよ。あんなに生々しくても、夢は夢だ……あんなことには」
「アルト……」
アルトの今の恰好。彼がこうも嘆いていたこと。今日会った時からの態度からそうだった。
アルト……君は。君はどこまで知っているというの。
「アルト。話せたらでいいんだ。どんな夢だったの?」
「……それは」
アルトは口にはしたくないようだ。下手に口にして、実際そうなったらって思いもあるんだろうね。
「……話せなかったらそれで。これ、信じるか信じないかだけど。悪い夢って、人に話した方が現実にならないんだって」
「えー……。急にスピリチュアル的な」
「うん、そうだね。スピってたね」
「ジンクス信じてるの、かわえぇ……」
アルトは小さく笑った。少し調子が戻ってきたいみたい。
「うん……話すよ」
アルトは語り始める。それは彼は夢の話と思っていても。私にとっては違う話――殺された、その後の話になる。
「……まあ、大晦日の朝方くらいかな。シャーロットが、その、ああなってしまって」
「うん、わかるから」
「……うん。急に放送が聞こえてきて。俺、飛び起きてさ。速攻で寮出て、そしたら、君のビラが舞ってて、村に着いた時にはもう――」
「うん」
「――『金糸雀隊』だっけ。そいつらが集団でいて」
「……うん」
金糸雀隊――私にとっては『死神』だ。その存在によって私の生を終わらせられるのが、ほとんどだった。手段をも選ばない――春の女神の狂信者。
「君が、そいつらによって。そうだって、すぐにわかったよ」
「……」
私は言葉にならなかった。
「……殺してやりたかったよ、でも」
アルトは、顔をそらした。暗い表情で俯いている。今でも耐えているかのような、静かな怒りがそこにあった。
「……それは、しちゃいけなかった。君も悲しむだろうし、俺もよくわからないけど――それは違うって」
「アルト……」
これまでのアルトだったら返り討ちにしていた。彼のそうした思い、私はわかると思った。大切な人を失った時、恨まないでいられるかというと……それはないから。
「みんな、おかしいんだ。シャーロットがあんなことになったのに。みんな、君を大罪人だって。そこから、あんま覚えてなくて、記憶になくて……」
アルトの手は震えていた。また涙まで溢れてきていた。
「……でも今朝になって、寮のベッドで目が覚めて。夢みたいなことが、現実に思えてきてさ。あ、俺が弔ってあげなくちゃって……俺だけでも、送り出してあげなくちゃって。そこからお墓たてて、花束も供えようって思って」
アルトから溢れる涙は止まらない。彼は涙を流しながらも、話を続けていた。
「でもさ、おかしいわけ。村の人達、オーナーさんもそう。今朝になって――君が生きているとか。昨日から店が営業しているとかさ」
「……」
そうだろうね、と私は静かに聞いていた。確かに私は『昨日』も店を開けていた。普通に店に立っていたのだから。
「あれは夢だったんだ、現実なわけない……!」
「アルト」
私は彼の震える手に手を重ねた。彼はゆっくりと私を見た。
「私の死は耐えられない?」
「それはそうだよ。どうして平気だと思うの……? ――君の死に、慣れるわけないのに」
……慣れるわけない? 引っかかりはしたけれど、アルト本人も不思議がっていて。彼は自身の口元に手をあてていた。
「そうだよね。私だって、そうだから……」
私だってそうだ。死に慣れることはなく、怯えるばかりだ。未来を迎える為にと強がっているに過ぎない。
アルトならば尚更なんだ。人や犬には興味がないとのたまいながら、情に厚かったりもする彼なら……尚更だろうと。
あなたにおすすめの小説
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?
社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。
天咲リンネ
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。
引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。
見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。
つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。
ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。
しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。
その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…?
果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!?
※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。
男女の友人関係は成立する?……無理です。
しゃーりん
恋愛
ローゼマリーには懇意にしている男女の友人がいる。
ローゼマリーと婚約者ロベルト、親友マチルダと婚約者グレッグ。
ある令嬢から、ロベルトとマチルダが二人で一緒にいたと言われても『友人だから』と気に留めなかった。
それでも気にした方がいいと言われたローゼマリーは、母に男女でも友人関係にはなれるよね?と聞いてみたが、母の答えは否定的だった。同性と同じような関係は無理だ、と。
その上、マチルダが親友に相応しくないと母に言われたローゼマリーは腹が立ったが、兄からその理由を説明された。そして父からも20年以上前にあった母の婚約者と友人の裏切りの話を聞くことになるというお話です。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
自称ヒロインに婚約者を……奪われませんでした
影茸
恋愛
平民から突然公爵家の一員、アイリスの妹となったアリミナは異常な程の魅力を持つ少女だった。
若い令息達、それも婚約者がいるものまで彼女を一目見た瞬間恋に落ちる。
そして、とうとう恐ろしい事態が起こってしまう。
……アリミナがアイリスの婚約者である第2王子に目をつけたのだ。