春の女神は知っている。~モフモフと力を合わせて、ヤンデレメリバフラグ回避してみせます!~

古駒フミ

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第二章

いつものリヒターさんは




 補佐の補佐としての日々、それにも慣れてきて。そんなある日のこと。

「急がないと……!」

 本日の委員会も終了したと肩の力も抜けて、リッカとの散歩も堪能して。しばらくまったりしてから夕ご飯もとって。それから――忘れ物をしたことに気がついた。もう一度校舎に戻ってきていた。

「あれ?」

 とっくに活動は終了しているのに、まだ部屋の灯りがついていた。私はゆっくりと扉を開けた。あ、ノック忘れた。

「リヒターさん?」

 残っていたのはリヒターさんだった。カイゼリン様と一緒に帰ったよね? また戻ってきていたんだ。机にあるのは積まれた書類、残って片付けようとしていたのかな。
 そのリヒターさんは――うつぶせになって寝ていた。

「失礼します」

 私はまず、自分の忘れ物のペンを持った。昔から愛用しているものだったし、オーナーからの贈り物でもあって大切なもの。あとはそうだね、リヒターさんを起こそう――。

「すうすう……」

 リヒターさんは熟睡していた。あまりにも気持ち良さそうに寝ていた。起こすのも罪悪感が生じそうなものだった。

「……」

 私は上からこっそり書類を見た。本日の業務のものだった。終わったものかと思っていたのに、実際は違っていたようだ。
 リヒターさん……こうやって残って処理をしていたの。

「……負担、掛け過ぎちゃってるんだ」

 私はそっと彼の隣に座った。これは私たちの仕事でもあった。愛用のペンを使って、静かに取り組むことにした。

「……んん」

 リヒターさんが体をよじらせていた。彼の顔がこちらに向く。起きたのかな。なら、彼任せだったことを第一に詫びようと思っていたけれど。

「……お父さん、お母さん」
「え……」

 リヒターさんの寝言のようだった。彼は良い夢でもみているのか、無邪気な笑顔となっていた。こんな表情するんだ……。

「……うん、うん。最近、すごく楽しいんだ」

 とても幸せそうに、会話しているかのようだった。彼は夢の中で自分の両親と会話しているみたい。

「あはは、くすぐったい。またそうやって、頭撫でるんだから……」

 本当に頭を撫でられているかのようで、彼は笑っていた。

「……」

 いつものリヒターさんはそこにはいない。無邪気で、子供のような彼がそこにいた。いつまでも笑っていたかと思われた、けれども。

「……馬鹿だな。もう撫でてくれることなんて、ないのに」
「……!」

 彼から笑顔は消えていた。シャーロットは切なくなった。目の前にいるのは、あのリヒターさんではない。幼い子供の気がしてならなかったのだ。小さな小さな男の子が泣きそうでいて。

「……大丈夫だよ」

 撫でてあげたくなっていた。その子に泣かないでと、慰めたくなっていた。私は手を伸ばして、彼の髪に触れようとする――。

「……ジェム、様?」

 ……リヒターさんは目を覚ました。起ききれてないようでも、私のことは認識してようで。
 私が今、自分を撫でようとしていたことも……リヒターさんは、気づいている?

「な、何もしてない。何もしてないから」

 私は真っ青になりながら、その手を引っ込めていた。私は何をしでかそうとしたのか……
 相手はあのリヒターさんだよ。カイゼリン様第一で、堅物の男でもあって。あの幼さは、単に夢の中で童心に帰っていたのだろうと。うん、そうでしょう?

「……そう、ですか」
「そうそう」

 リヒターさんは目をこすっていた。これ以上は言ってこなかったので、私も一安心。

「ジェム様はどうなさったのですか。このような時間に」
「私は忘れ物を取りにきただけ。このような時間って、リヒターさんこそじゃない」
「……ええ、あなたのペンですね。こちらで保管し、明日お渡ししようかと」
「そっか。お騒がせしました。で、こんな時間まで残っていたの」
「危ないですよ、ジェム様。いくら学園内といえども、夜間外出は控えたほうが良いと思いますが」
「……リヒターさーん?」

 この人は自分もこんな時間まで残っているのに、あえてのスルーですか。納得いかないよ、リヒターさん?

「それ、私達がやりきれなかった分でしょ」
「……ええ、まあ。ですが、あなたが片付けてくれたのですね。ありがとうございました」

 リヒターさんは素直に認めた。やっぱり残って仕事をしていたんだ。

「全部じゃないけど。なので、私も残ってやってもいい?」
「……それは、あまり賛成はできません。あなたに負担をかけたくないのです」

 リヒターさんはこれは素直に承諾しなかった。私は溜息をついた。

「私だってそうだよ。リヒターさんに負担をかけたくないよ。こんなにも疲れているのに」
「……お疲れなのは、あなたでしょう」
「……」

 リヒターさん、私の顔を覗き込んできた。彼の視線が、私の目元に。

「顔に疲れが出ております。人にとやかく言う前に、ご自身が休まれてください」
「……リヒターさんこそ、そうじゃない。人のこと言えないって」
「言い返すようになりましたね」
「うん。本当のことだし。話しやすくなったのもあるのかも」

 最初は気まずい相手だったのにね。関係、変わっていってるのかな。

「……最初の頃は、私を険しい顔でしか見ていなかった。そんなあなたが、ですね」
「険しい顔って。それは誤解というか……緊張とかはしていたけど」
「そうですか。ただ、険しい顔は否定はしません。それこそ、私も言えないのでしょうね。目つきが悪いとは言われますから」
「いや、目つきが悪いとかじゃないよ。リヒターさんの目って――」

 鋭くもあり切れ長でもある目。迫力があるとも思っていたそれ。今のリヒターさんはどうだろう。とても穏やかな目で私を見ていた。こんなにも――。

「あれ……」

 こんな眼差しだったかな。いつからかもわからないほど――私を見る目は自然と優しいものとなっていた。

「まあ、良いです。私の目つきは親譲りですから。気に入ってもおりますし」
「そうなんだ。うん、素敵だね」

 リヒターさんが満足してそうだったので、私も笑って答えた。彼が両親が大好きなのも微笑ましく思えていた。

「……はい、素敵です」

 リヒターは思いを込めてそう告げた。私を見つめながら。

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