114 / 557
第二章
いつものリヒターさんは
補佐の補佐としての日々、それにも慣れてきて。そんなある日のこと。
「急がないと……!」
本日の委員会も終了したと肩の力も抜けて、リッカとの散歩も堪能して。しばらくまったりしてから夕ご飯もとって。それから――忘れ物をしたことに気がついた。もう一度校舎に戻ってきていた。
「あれ?」
とっくに活動は終了しているのに、まだ部屋の灯りがついていた。私はゆっくりと扉を開けた。あ、ノック忘れた。
「リヒターさん?」
残っていたのはリヒターさんだった。カイゼリン様と一緒に帰ったよね? また戻ってきていたんだ。机にあるのは積まれた書類、残って片付けようとしていたのかな。
そのリヒターさんは――うつぶせになって寝ていた。
「失礼します」
私はまず、自分の忘れ物のペンを持った。昔から愛用しているものだったし、オーナーからの贈り物でもあって大切なもの。あとはそうだね、リヒターさんを起こそう――。
「すうすう……」
リヒターさんは熟睡していた。あまりにも気持ち良さそうに寝ていた。起こすのも罪悪感が生じそうなものだった。
「……」
私は上からこっそり書類を見た。本日の業務のものだった。終わったものかと思っていたのに、実際は違っていたようだ。
リヒターさん……こうやって残って処理をしていたの。
「……負担、掛け過ぎちゃってるんだ」
私はそっと彼の隣に座った。これは私たちの仕事でもあった。愛用のペンを使って、静かに取り組むことにした。
「……んん」
リヒターさんが体をよじらせていた。彼の顔がこちらに向く。起きたのかな。なら、彼任せだったことを第一に詫びようと思っていたけれど。
「……お父さん、お母さん」
「え……」
リヒターさんの寝言のようだった。彼は良い夢でもみているのか、無邪気な笑顔となっていた。こんな表情するんだ……。
「……うん、うん。最近、すごく楽しいんだ」
とても幸せそうに、会話しているかのようだった。彼は夢の中で自分の両親と会話しているみたい。
「あはは、くすぐったい。またそうやって、頭撫でるんだから……」
本当に頭を撫でられているかのようで、彼は笑っていた。
「……」
いつものリヒターさんはそこにはいない。無邪気で、子供のような彼がそこにいた。いつまでも笑っていたかと思われた、けれども。
「……馬鹿だな。もう撫でてくれることなんて、ないのに」
「……!」
彼から笑顔は消えていた。シャーロットは切なくなった。目の前にいるのは、あのリヒターさんではない。幼い子供の気がしてならなかったのだ。小さな小さな男の子が泣きそうでいて。
「……大丈夫だよ」
撫でてあげたくなっていた。その子に泣かないでと、慰めたくなっていた。私は手を伸ばして、彼の髪に触れようとする――。
「……ジェム、様?」
……リヒターさんは目を覚ました。起ききれてないようでも、私のことは認識してようで。
私が今、自分を撫でようとしていたことも……リヒターさんは、気づいている?
「な、何もしてない。何もしてないから」
私は真っ青になりながら、その手を引っ込めていた。私は何をしでかそうとしたのか……
相手はあのリヒターさんだよ。カイゼリン様第一で、堅物の男でもあって。あの幼さは、単に夢の中で童心に帰っていたのだろうと。うん、そうでしょう?
「……そう、ですか」
「そうそう」
リヒターさんは目をこすっていた。これ以上は言ってこなかったので、私も一安心。
「ジェム様はどうなさったのですか。このような時間に」
「私は忘れ物を取りにきただけ。このような時間って、リヒターさんこそじゃない」
「……ええ、あなたのペンですね。こちらで保管し、明日お渡ししようかと」
「そっか。お騒がせしました。で、こんな時間まで残っていたの」
「危ないですよ、ジェム様。いくら学園内といえども、夜間外出は控えたほうが良いと思いますが」
「……リヒターさーん?」
この人は自分もこんな時間まで残っているのに、あえてのスルーですか。納得いかないよ、リヒターさん?
「それ、私達がやりきれなかった分でしょ」
「……ええ、まあ。ですが、あなたが片付けてくれたのですね。ありがとうございました」
リヒターさんは素直に認めた。やっぱり残って仕事をしていたんだ。
「全部じゃないけど。なので、私も残ってやってもいい?」
「……それは、あまり賛成はできません。あなたに負担をかけたくないのです」
リヒターさんはこれは素直に承諾しなかった。私は溜息をついた。
「私だってそうだよ。リヒターさんに負担をかけたくないよ。こんなにも疲れているのに」
「……お疲れなのは、あなたでしょう」
「……」
リヒターさん、私の顔を覗き込んできた。彼の視線が、私の目元に。
「顔に疲れが出ております。人にとやかく言う前に、ご自身が休まれてください」
「……リヒターさんこそ、そうじゃない。人のこと言えないって」
「言い返すようになりましたね」
「うん。本当のことだし。話しやすくなったのもあるのかも」
最初は気まずい相手だったのにね。関係、変わっていってるのかな。
「……最初の頃は、私を険しい顔でしか見ていなかった。そんなあなたが、ですね」
「険しい顔って。それは誤解というか……緊張とかはしていたけど」
「そうですか。ただ、険しい顔は否定はしません。それこそ、私も言えないのでしょうね。目つきが悪いとは言われますから」
「いや、目つきが悪いとかじゃないよ。リヒターさんの目って――」
鋭くもあり切れ長でもある目。迫力があるとも思っていたそれ。今のリヒターさんはどうだろう。とても穏やかな目で私を見ていた。こんなにも――。
「あれ……」
こんな眼差しだったかな。いつからかもわからないほど――私を見る目は自然と優しいものとなっていた。
「まあ、良いです。私の目つきは親譲りですから。気に入ってもおりますし」
「そうなんだ。うん、素敵だね」
リヒターさんが満足してそうだったので、私も笑って答えた。彼が両親が大好きなのも微笑ましく思えていた。
「……はい、素敵です」
リヒターは思いを込めてそう告げた。私を見つめながら。
あなたにおすすめの小説
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?
社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。
天咲リンネ
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。
引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。
見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。
つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。
ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。
しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。
その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…?
果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!?
※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。
男女の友人関係は成立する?……無理です。
しゃーりん
恋愛
ローゼマリーには懇意にしている男女の友人がいる。
ローゼマリーと婚約者ロベルト、親友マチルダと婚約者グレッグ。
ある令嬢から、ロベルトとマチルダが二人で一緒にいたと言われても『友人だから』と気に留めなかった。
それでも気にした方がいいと言われたローゼマリーは、母に男女でも友人関係にはなれるよね?と聞いてみたが、母の答えは否定的だった。同性と同じような関係は無理だ、と。
その上、マチルダが親友に相応しくないと母に言われたローゼマリーは腹が立ったが、兄からその理由を説明された。そして父からも20年以上前にあった母の婚約者と友人の裏切りの話を聞くことになるというお話です。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
自称ヒロインに婚約者を……奪われませんでした
影茸
恋愛
平民から突然公爵家の一員、アイリスの妹となったアリミナは異常な程の魅力を持つ少女だった。
若い令息達、それも婚約者がいるものまで彼女を一目見た瞬間恋に落ちる。
そして、とうとう恐ろしい事態が起こってしまう。
……アリミナがアイリスの婚約者である第2王子に目をつけたのだ。