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第二章
先生のおかげでひとまずは……
「リッカ……」
これこそ自業自得だと私は思っていた。先生のおかげで大問題にならなくて済んだんだ。しばらく会えないくらいで、自分が悲しめる立場ではないと。ちゃんと戒めよう……。
「モルゲン先生が解決してくださったのです。あとはお任せしてもいいのでは?」
「うん……」
リヒターさんの言う通りだ。私は頷くしか……。
「リッカ様の件は便宜を図ってはみますので。さすがに冬休みが終わる頃にはもうよいでしょうし」
「いいの……?」
ただでさえ、リヒターさんは大変なのに。これ以上負担をかけてしまうことになる。それに、彼にとっての第一は――カイゼリンでしょうに。
「そうだ、カイゼリン様……」
私は彼女の名を口にした。
「――そうだよ。リヒターさん、カイゼリン様のところに行ってあげて。私はもう大丈夫だから。リヒターさんのおかげで」
私の面倒を見てる場合じゃないんだ、リヒターさんは。充分よくしてもらったんだ、私は。
「……大丈夫、とは。まだ顔色を悪くしておいて」
「リヒターさん……」
リヒターさん、心配し続けてくれるんだ。私のことを見つめたまま。ごほんと咳払いをしたのは寮長さん。
「カイゼリン女史は、弱っておられたよ。リヒター君のことを呼んでいたってね」
悪意のない襲撃だったとしても、カイゼリン様からしてみれば衝撃的だった。そんな不安な時だからこそ、側にだっていて欲しいはずだよ。カイゼリン様にとってもリヒターさんは大切な人なんだから。だからこそ。
「本当に、必要とされていると思うから。側についてあげてほしいんだ」
「……私は」
私を見つめていた視線は、どこか揺れ惑っていたのに。
「……いえ」
彼はすっと表情を戻した。佇まいが凛とした――いつもの彼。
「――私は『リヒター』ですから。かしこまりました、ジェム様。お大事になさってください。夜遅くまで失礼いたしました。それでは」
リヒターはそう言うと颯爽と去っていった。うん、そうだね、リヒターさん。ありがとう。
「ふふ。さ、シャーロット君。安静にしてくれたまえよ。ご飯もあとでもっていくからね」
「ありがとうございます……」
寮長さんも退室し、静かになった。私は仰向けのまま、天井を見上げた。私は――。
「……うん」
何か、大事なことを見落としているような。そんな気がしてならなかった。
『……わからなくなってまして』
『……見つけられるような気がするんです。とうの昔に失っていた『私』を』
リヒターさんが零した言葉。まるで、自分を見失っているかのような言葉たち。
「リヒターさんは……」
カイゼリン様が大事で、好き。愛してさえいるのかもしれない。でなければ、あそこまで彼女に全てを捧げられないだろうと。そのはずなのに。
リヒターさんの本当。彼が望むこと。それは、カイゼリン様と共にいられるはず。そのはずなのに。
何かを見落としているような気がしてならない。
「リッカ……モルゲン先生のところなら、安心だけど……」
足元にいつもあるはずのぬくもりが、今は無かった。あの子だって辛い思いをしているのに……私は。
「……乗り越えなくちゃ。なんとしても、カイゼリン様には生きていただかないと」
リッカも。アルトやモルゲン先生も。そして、私自身も。生き延びる未来のために、今だけは休息をとり、これからに備えることにした――。
翌日の放課後。私は自治委員会を休むことを許され、教職員寮に向かっていた。
先生と話があった。リッカの処遇について、大事なお話。結果が出るのが放課後ということで、時間が長く感じていた。
「――失礼します。シャーロット・ジェムです」
「あ、シャーロット。入って入って」
先客がいた。アルトの声だった。彼がドアを開けてくれた。先生はまだのようだった。
「兄貴が呼び出しくらっててさ。俺が代わりに鍵もらったってわけ」
アルトが鍵をちらつかせてきた。
「それでアルトが……リッカ?」
「……シャーリー」
リッカは部屋の隅っこで縮こまっていた。申し訳なさそうにもしていた。
「ごめんね……僕が、僕が迷惑かけちゃって……」
「違うよ、リッカ。私の責任だから……!」
「ううん、僕が……」
尻尾が垂れ下がった犬を、『はいはーい』って抱え上げたのはアルトだ。
「はい、ストップ。二人ともこのへんで。モルゲン大先生がどうにかしてくれたんだからさ」
「わわっ、アルト」
そのままリッカを揺らす。リッカも安心したのか、少し笑っていた。
「兄貴来る前に話しとく。リッカ、妙に緊張してたのかね。眠れてなかったり」
「……僕、アルト見たらおしっこ出ちゃった」
「言わんでいいっての。俺が言わなかったのに」
アルトを見て安心したのか、リッカは出したんだね。
「ま、ご飯とか食べてくれたけどさ。兄貴相手だと緊張してたんかねー。圧すごいからね、あいつ」
「……そっか、リッカ。アルトに会えて良かったね」
先生に懐いてないようには見えないけど、緊張感は残ったままなんだ。今回の件で思い詰めていたのも相乗したのかな……。
「……本当はね、私のところに戻ってきてほしいよ。でも、ごめんね。リッカ、冬休みが終わるまでは――」
今すぐにでも抱きしめて部屋に連れて帰りたい。ただ、今回は私こそ問題視されていた。私に対する罰でもあったのだ。
「エーデル村のおばあちゃん。そこでお世話になってもらえるかな。そこなら、モルゲン先生のお世話にならなくてもいいって」
不安がないわけでもない。前回のループでは、村の人達は変貌していたからだ。ただ、それは私が容疑者として確定してしまったからだと思う。最悪、私とさえ離れていればリッカも安全のはずなんだ。
「……うん。僕、おばあちゃんのところでいい子にしている」
「わかった。ごめんね、リッカ。本当にごめんね……」
もっとしっかりしていれば、もっとリッカといられたのに。カイゼリン様たちにも迷惑がかかってしまって。この子に……辛い思いをさせなくて済んだのに。ああ、後悔ばかりが。
「……はい、パス」
「わっ」
突如触れたモフモフした感触。アルトが私の顔面に押しつけてきたのは、リッカだった。
「兄貴来るまで。シャーロット占拠しててもいいから。俺は指くわえてみてるから」
「もう、アルト……」
アルトの優しさに感謝しつつ、私はリッカを抱きしめた。リッカのぬくもりが愛おしかった。それが、冬休みが終わるまで会えないとなると寂しい。寂しかった。それはきっと、リッカも同じ。私たちは耐えるしかなかった。
「リッカごと抱きしめてぇ……」
「――っと、遅くなったな。アルト何してんだ?」
腕を彷徨わせている弟を指摘したのは、兄である先生。呼び出しから戻ってきたようだ。
リッカも近くの椅子に飛び乗った。『僕、抱っこされてないよ?』といった顔だった。先生からしたらバレバレでしょうに、彼は見なかったことにしてくれた。
「モルゲン先生。この度は大変なご迷惑をおかけしました……!」
「いいって、シャーロット。ただな、俺もそうだし。お前もそうだ。リッカのこと、なあなあにしていたからな。冬休み明けたら、正式に手続きしような? そうしたら、リッカも堂々と学園にいられるだろう。守ってももらえる」
「……はい」
そうですね、ちゃんとしましょう。今度こそちゃんと守ろうと、私は誓った。
これこそ自業自得だと私は思っていた。先生のおかげで大問題にならなくて済んだんだ。しばらく会えないくらいで、自分が悲しめる立場ではないと。ちゃんと戒めよう……。
「モルゲン先生が解決してくださったのです。あとはお任せしてもいいのでは?」
「うん……」
リヒターさんの言う通りだ。私は頷くしか……。
「リッカ様の件は便宜を図ってはみますので。さすがに冬休みが終わる頃にはもうよいでしょうし」
「いいの……?」
ただでさえ、リヒターさんは大変なのに。これ以上負担をかけてしまうことになる。それに、彼にとっての第一は――カイゼリンでしょうに。
「そうだ、カイゼリン様……」
私は彼女の名を口にした。
「――そうだよ。リヒターさん、カイゼリン様のところに行ってあげて。私はもう大丈夫だから。リヒターさんのおかげで」
私の面倒を見てる場合じゃないんだ、リヒターさんは。充分よくしてもらったんだ、私は。
「……大丈夫、とは。まだ顔色を悪くしておいて」
「リヒターさん……」
リヒターさん、心配し続けてくれるんだ。私のことを見つめたまま。ごほんと咳払いをしたのは寮長さん。
「カイゼリン女史は、弱っておられたよ。リヒター君のことを呼んでいたってね」
悪意のない襲撃だったとしても、カイゼリン様からしてみれば衝撃的だった。そんな不安な時だからこそ、側にだっていて欲しいはずだよ。カイゼリン様にとってもリヒターさんは大切な人なんだから。だからこそ。
「本当に、必要とされていると思うから。側についてあげてほしいんだ」
「……私は」
私を見つめていた視線は、どこか揺れ惑っていたのに。
「……いえ」
彼はすっと表情を戻した。佇まいが凛とした――いつもの彼。
「――私は『リヒター』ですから。かしこまりました、ジェム様。お大事になさってください。夜遅くまで失礼いたしました。それでは」
リヒターはそう言うと颯爽と去っていった。うん、そうだね、リヒターさん。ありがとう。
「ふふ。さ、シャーロット君。安静にしてくれたまえよ。ご飯もあとでもっていくからね」
「ありがとうございます……」
寮長さんも退室し、静かになった。私は仰向けのまま、天井を見上げた。私は――。
「……うん」
何か、大事なことを見落としているような。そんな気がしてならなかった。
『……わからなくなってまして』
『……見つけられるような気がするんです。とうの昔に失っていた『私』を』
リヒターさんが零した言葉。まるで、自分を見失っているかのような言葉たち。
「リヒターさんは……」
カイゼリン様が大事で、好き。愛してさえいるのかもしれない。でなければ、あそこまで彼女に全てを捧げられないだろうと。そのはずなのに。
リヒターさんの本当。彼が望むこと。それは、カイゼリン様と共にいられるはず。そのはずなのに。
何かを見落としているような気がしてならない。
「リッカ……モルゲン先生のところなら、安心だけど……」
足元にいつもあるはずのぬくもりが、今は無かった。あの子だって辛い思いをしているのに……私は。
「……乗り越えなくちゃ。なんとしても、カイゼリン様には生きていただかないと」
リッカも。アルトやモルゲン先生も。そして、私自身も。生き延びる未来のために、今だけは休息をとり、これからに備えることにした――。
翌日の放課後。私は自治委員会を休むことを許され、教職員寮に向かっていた。
先生と話があった。リッカの処遇について、大事なお話。結果が出るのが放課後ということで、時間が長く感じていた。
「――失礼します。シャーロット・ジェムです」
「あ、シャーロット。入って入って」
先客がいた。アルトの声だった。彼がドアを開けてくれた。先生はまだのようだった。
「兄貴が呼び出しくらっててさ。俺が代わりに鍵もらったってわけ」
アルトが鍵をちらつかせてきた。
「それでアルトが……リッカ?」
「……シャーリー」
リッカは部屋の隅っこで縮こまっていた。申し訳なさそうにもしていた。
「ごめんね……僕が、僕が迷惑かけちゃって……」
「違うよ、リッカ。私の責任だから……!」
「ううん、僕が……」
尻尾が垂れ下がった犬を、『はいはーい』って抱え上げたのはアルトだ。
「はい、ストップ。二人ともこのへんで。モルゲン大先生がどうにかしてくれたんだからさ」
「わわっ、アルト」
そのままリッカを揺らす。リッカも安心したのか、少し笑っていた。
「兄貴来る前に話しとく。リッカ、妙に緊張してたのかね。眠れてなかったり」
「……僕、アルト見たらおしっこ出ちゃった」
「言わんでいいっての。俺が言わなかったのに」
アルトを見て安心したのか、リッカは出したんだね。
「ま、ご飯とか食べてくれたけどさ。兄貴相手だと緊張してたんかねー。圧すごいからね、あいつ」
「……そっか、リッカ。アルトに会えて良かったね」
先生に懐いてないようには見えないけど、緊張感は残ったままなんだ。今回の件で思い詰めていたのも相乗したのかな……。
「……本当はね、私のところに戻ってきてほしいよ。でも、ごめんね。リッカ、冬休みが終わるまでは――」
今すぐにでも抱きしめて部屋に連れて帰りたい。ただ、今回は私こそ問題視されていた。私に対する罰でもあったのだ。
「エーデル村のおばあちゃん。そこでお世話になってもらえるかな。そこなら、モルゲン先生のお世話にならなくてもいいって」
不安がないわけでもない。前回のループでは、村の人達は変貌していたからだ。ただ、それは私が容疑者として確定してしまったからだと思う。最悪、私とさえ離れていればリッカも安全のはずなんだ。
「……うん。僕、おばあちゃんのところでいい子にしている」
「わかった。ごめんね、リッカ。本当にごめんね……」
もっとしっかりしていれば、もっとリッカといられたのに。カイゼリン様たちにも迷惑がかかってしまって。この子に……辛い思いをさせなくて済んだのに。ああ、後悔ばかりが。
「……はい、パス」
「わっ」
突如触れたモフモフした感触。アルトが私の顔面に押しつけてきたのは、リッカだった。
「兄貴来るまで。シャーロット占拠しててもいいから。俺は指くわえてみてるから」
「もう、アルト……」
アルトの優しさに感謝しつつ、私はリッカを抱きしめた。リッカのぬくもりが愛おしかった。それが、冬休みが終わるまで会えないとなると寂しい。寂しかった。それはきっと、リッカも同じ。私たちは耐えるしかなかった。
「リッカごと抱きしめてぇ……」
「――っと、遅くなったな。アルト何してんだ?」
腕を彷徨わせている弟を指摘したのは、兄である先生。呼び出しから戻ってきたようだ。
リッカも近くの椅子に飛び乗った。『僕、抱っこされてないよ?』といった顔だった。先生からしたらバレバレでしょうに、彼は見なかったことにしてくれた。
「モルゲン先生。この度は大変なご迷惑をおかけしました……!」
「いいって、シャーロット。ただな、俺もそうだし。お前もそうだ。リッカのこと、なあなあにしていたからな。冬休み明けたら、正式に手続きしような? そうしたら、リッカも堂々と学園にいられるだろう。守ってももらえる」
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