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第二章
私の本名です
冬休みに入った。帰省する生徒もいれば、残る生徒もいるのだとか。年末年始ともなると、ほとんどがいなくなるという。参加していた自治委員たちも、年末に近づくにつれて参加人数も減っていた。それもカイゼリン様の計らい。次の出動は年が明けてからになる。
「……」
いつもの活動場所。いるのは私とリヒターさんだけ。朝から日中、そして日が暮れるまで。ずっと自治活動を行っていた。
「――一旦、休憩しよう?」
私の方で定期的に休憩を入れていた。そうでもしないと、リヒターさんはずっと働きどおしだから。
「はい、どうぞ」
「リヒターさんも」
「……はい」
そうだよ、リヒターさんも。彼は私のことは休ませて、自分だけ作業してたりするから。目を離したりすると。油断ならない。
「……もうこんな時間か」
静かで穏やかな時間。作業に慣れてきたこともあり、彼女も夢中になっていたのだ。もう、夕焼け空。日暮れ時だ。
「しかし、ジェム様。もはや休憩の意味はないのでは?」
「言われちゃった。でも、気分転換にはなるし。少しだけでもとらない?」
やっぱり指摘してきたか、でもいいか。私はそのまま、お茶を淹れる準備を始めることにした。
この部屋には一通りのものが揃っている。いつの間に私専用のマグカップやティーカップがあったのも、きっとリヒターさんが用意してくれたんだね。お礼を言ってもとぼけられたけど。
「本当に暗くなって」
部屋は薄暗くなっていた。私は灯りをつけようとしていたけれど。
「――このままで構いません」
照明のスイッチに触れようとした私の手。背後まで来ていたリヒターさんが――その手を重ねてきた。
「……でも、暗いとほら。作業がやりづらいし」
重ねられた、手。私は当然、動揺する。声だってうわずってしまっていて。
「本日は終いにしましょう」
「え……」
驚いた。粗方片付いたとはいえ、完全に終わったわけではないのに。それでもリヒターさん、考慮してくれたのかな。善処してくれたのかな。
いつも無理する彼、リヒターさんがこう言ってくれるなら、反対することなんてない。
「うん、わかった……あの、リヒターさん」
この手……どうしたものかな。うん、帰るならつける必要ないよね? スイッチから離さないとなんだけど……。
「リヒターさん、帰るんだよね? なら、この手が……」
まだ、手は重なったまま。
「これからの時間、『リヒター』はお休みします――あなたが言ったのでしょう?」
――休んでも良いと、と。
「……!」
そう耳元で囁かれたと同時に、重なった手は繋ぎ合わされる。私の心臓はトクンとなった。
「あの、リヒターさん」
「……ああ、いけませんね。言ってもいませんでしたが。お教えしましょうか」
この雰囲気はなんだというの……この、呑まれそうな雰囲気は。
……ううん、流されてはいけない。私は振り向く。振り向きざまに目が合う。
「あ……」
――リヒターさんの金色の瞳がそこにあった。彼はそのような目の色だったか、私が考えている間に……彼の瞳の色は戻っていた? 今のは……?
リヒターさんの顔がさらに近づく。そして、彼は囁く。
「リヒター、ではありません――『リヒト』です」
「リヒト、さん……?」
「はい。リヒト・リヒター。私の本名です」
「……」
この雰囲気で言うことではないと、私も理解はしていた。ううん、あえて考えよう。そうでないと……。
そう、『リヒリヒ』というフレーズ。あの陽気男子もそう呼びたくなったんだなって。
「他の男のことですか」
「……いえ、そんなことは」
思ってはいたけれど、それを言葉にしてはいけない気がした。
「……考えられなくさせましょうか」
「……!」
手が離されたかと思うと、私の両手は壁に打ちつけられた。リヒターさんの大きな体躯が、私を覆う。
「……リ、リヒターさん。ううん、リヒトさんのことを考えてました!」
わりと嘘ではないことを、慌ててそう言った。
「まあ良いでしょう。紅茶を淹れます。あなたは席に着いてお待ちください」
私から離れると、リヒトさんは椅子をひいては私を座らせて。それから紅茶を淹れに行く。流れるような作業だった。
「自治委員になったのは、余程の事情があったのでしょう。それは良しとしましょう。そのおかげで、私はあなたとの時間が増えたわけですから」
リヒターさんは紅茶の準備をしながら、語り始めた。
「あなただけです。私の心をこうもさせるのは。あなたが――ジェム様が。あなたといると、私は『リヒター』ではいられなくなる」
「リヒトさん……?」
そこに込められた意味は……意味とは。
「……っ」
……私は立ち上がろうとするも、リヒトさんに見つめられてしまう。
「ジェム様、お待ちください。ね?」
「うん……」
彼の瞳にこうも強く見つめられて――私は抗えなくなっていた。受け入れたと思ったのか、リヒトさんは満足そうに笑った。
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