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第二章
壁で隔たれた関係に……?
「大晦日の迎賓館でのパーティー。ううん、その前々日からも開催で。ゲストさんがたくさん来るし、おかしな人が紛れ込むかもしれないでしょ? でも、リヒターさんがいれば、きっと――」
私は訴える。リヒターさんの言葉を借りるなら、必死だった。そんな必死な私に対してリヒターさんは。
――虚ろな目をしていた。
「――私は、リヒトです」
「ええ、わかってはいるんです。でも――」
「……それでもリヒターでいろと。そういうことでしょうか」
リヒターさんは悲しそうで、それでいて泣きそうな顔をしていた。幼い子供が今でも泣き出しそうな……。
「……それは」
私は誤ったのか。今ならまだ取り返しがつく。彼をリヒトと呼び直せばいい。彼の心の内を話してくれていた。それだけ。
――信頼をしてくれるようになったこと。それは私にとっても喜ばしくもあった。それでも。そうだとしても。
私は未来を望む為に――カイゼリン様に生きてもらわないと困る。私自身だって、彼女を喪いたくない。
『必死ですね』
リヒターさんが言っていたこと、今の私ならわかる。煽っていたわけでも、馬鹿にしてきたわけでもない。
私は彼より自由、抑圧して生きてきたわけではないから。そのことを羨んでいたからこその、言葉だったんだと。
「……私は」
そんな綺麗な人間ではないのに。生き汚いだけなのに。私、そんな眩しそうに見てもらう資格はないと思っていた――あの光り輝くようなカイゼリン様とは違う。
「……私の言葉で、あなたを惑わせてしまったのなら。それは本当にごめんなさい。ただ、本当に大切なことの為なら、私は……」
「ジェム様……?」
「私は、あなたに――リヒターでいてほしい」
残酷な言葉だと、私は思った。きっと心を開いてくれていたんだ。リヒターさんからしたら理不尽さにも負けない、一生懸命な少女として映っていたのだろうね。
それはまやかしだというのに。
「……」
「……」
沈黙、この気まずさは昔のようだった。出会ったばかりの頃はいつだってそうだった。今となっては、沈黙の時間も心地良くも思えていたのに。今は。
――今はただ、苦しい。リヒターさんからの沈黙の訴えがあるような気がして。勝手ながらも、私は苦しくなっていた。
「――かしこまりました。カイゼリン様の警護にあたらせていただきます」
「……はい」
これがリヒターさんからの答えかな。彼は出会った頃の態度に戻っていた。そこには、砕けた敬語になっていた彼も……『リヒト』であった彼もいなかった。
「では、ジェム様。明日からは私も不在となります。年明けまでは、休んでいただいて結構です。英気を養ってくださいませ」
「……そう、そうだね」
これで良かったのだと思うことにした。彼に倣って、私も態度を戻すことにした。
「うん……いいえ、ありがとうございます。今年もお世話になりました。来年もよろしくお願いいたします」
「はい、よろしくお願い致します」
自治委員会をクビになるというわけではなさそうだった。そのことに安心して……いえ、何を安心することがあるというの。カイゼリン様に近づく為の委員会、それが目的だったのに。続ける気なんてあっていいの。
「……」
リヒターさんはこちらを見ることはない。彼は紅茶の後片付けをしているようだった。私は手伝おうとしたけれど、彼は完全に背を向けていた――壁で隔たれているかのよう。
私はそれでもと自分の分は洗っていくことにした。それを彼は止めることもなく、距離は保たれたまま。ここまで変わるもんなんだ……ううん、そうだね。
私が、私がそうしたんじゃない。『リヒトさん』でいようとした彼を、『リヒターさん』でいてと……強要したんじゃないの。
「それじゃ……お疲れ様でした。帰りますね」
リヒターさんは送るということもないと思った。当初の頃のよう、彼はカイゼリン様の命の元、私たちを送っていたに過ぎなかったのだと。
「……」
――その程度の関係、もうそれだけのものになってしまった。
「……カイゼリン様、か」
私は一礼して退室し、閉じられていく扉。聞こえたのは『彼』の呟き――昏い声。
「ただいま……」
私は誰もいない部屋に帰ってきた。ご飯を食べる気にもなれず、そのままベッドに倒れ込んだ。
「……明後日だね。その時、モルゲン先生のお世話に」
呟くと、不安になってしまった。あの来訪者がまた現れるのか。あと一日ある。店に戻ることも出来るけれど。
「……大人しくしてる。リヒターさんがついてくれるなら」
今回は不安が消えないままだった。何もかもが間違ってしまったような。このままでは自分たちが生き着く先は――。
「……ううん。出来ることはやらないと」
大人しくしていたから、殺された未来もあった。そうだね、明日は朝ごはんをたくさん食べよう。そして、動き回ろうと。
うん、不安も減ったのかな、私は眠りにつくことができた――。
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