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第二章
守られる日々⑩
しおりを挟む年の瀬が近づいていた。今日は大晦日前日。
リヒトさんは修理に出張に出ていた。彼自身の有能さもあるし、父親時代のお得意様が力にもなってくれていた。商売も軌道に乗り始めていた。
家に残されたのは、私一人。リヒトさんの帰りを待っていた。
「……」
私は玄関の扉に触れた。リヒトさん不在の今は、外側から厳重に鍵をかけられていた。私はそれもあって、玄関から出られることもかなわない。
「ふう……」
そう、私は一人。家に来客があっても、それはリヒトさんが家にいる時だけだった。家の掃除、夕ご飯の準備。仕事の事務処理。工具の使い方の勉強。家で出来ることはたくさんやった。
今はこうして、リヒトさんの帰りを待つ。ソファの上、体育座りをしながら。
窓は格子となっていて、そこから出ることも難しそう。
「……出るって」
私はその浮かんだ考えを否定した。この家に守られている自分が、何故出る必要があるの。
「狂ってしまったのは私。でも私だけじゃなくて」
格子越しに見える人たち――リヒトさんを慕う自治委員たちだった。彼らは、リヒトさんが辞めた今でも訪れている。それほどリヒトさんに戻ってきて欲しいんだ。
家の中に私がいるのもわかっている。彼らは私の存在を認めてはいない。清き委員長を汚した存在でしかない私。表情は無ながらも、向けられる眼差しは憎悪が込められていた。
「……」
私は家から出られなかった。この家の中なら守られている。もし出てしまったなら、自分は――彼らに。
「……リヒトさん、まだかな」
私は窓のカーテンを閉めた。こうして外の世界を閉ざす。ただ、リヒトさんの帰りを待つ。
「!」
玄関から音がした。何重もの外側からの鍵が解錠される音――リヒトさんが帰ってきた!
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい……!」
やっとだ。やっと、リヒトさんが仕事から帰ってきた。私は彼の元へと駆け寄る。
「シャーロット。しばらくお待ちくださいね」
自分が帰ってきたということもあり、リヒターさんは今度は内側から鍵をしていた。こちらも何重もだった。複雑な構造のそれを、彼は器用に扱っている。私はその様に見惚れていた。
「お待たせしました。はい、どうぞ」
「リヒトさん……」
私からリヒトさんを抱きしめた。リヒトさんも抱きしめてくれる。こうして触れ合える時間が、愛しくて、しあわせで……こんなにも満たされる。
「リヒトさん。お疲れ様でした。今日もね、ちょっと豪華にしてみたんだ。一年の労いってことで。明日はもっとすごいかも」
「それは素敵ですね……一年の労い、か」
「……リヒトさん?」
リヒトさん、何かを企んでいる? うん、企んでる。だって彼の声が笑っている。
「そうですね。今年も一年励みました。そんな私にご褒美をお願いします」
「……おっと、私、お皿並べないと」
「一緒に並べます。さあ、シャーロット。本日こそお願いします」
しっかりと拘束されているので、私は逃げられなかった。リヒトさん、何が何でもだった。
「……わかったよ」
私にだって、彼を労いたい気持ちがあったから。この『褒美』で彼が喜んでくれるのなら、恥だって忍んでみせる……!
「……ごはんにする? おふろにする? それとも……それとも」
「ほら頑張って、シャーロット」
「く……」
「ここまで言えたのですから、あと少しですよ。ほらほら」
楽しんでる? リヒトさん、今でもこういうところあるよね? ああ、リヒトさんが期待に満ち溢れた目をしている……もう言うしか……。
「……私にする?」
……愛する二人の定番の台詞を。この言わされた感、恥ずかしい気持ちで一杯だった。
「よくできました――ちなみに全部お願いします」
「うん、わかった。ご飯からね……ううん、全部って」
さらりとリヒトさんが言うので、私もそのまま頷いてしまった……全部乗せときた。
「はい、全部です。そうでしょう? ご飯を食べて、その後お風呂一緒に入りましょうか――それから、シャーロット。あなたをいただきます」
「……!」
そう、そうなんだよね……ただ単に口にしただけではなくて。リヒトさんが望んでいることなんだって。
ご飯を一緒に食べるのはいつものこと。二人の日常だった。大体は私の手作りのご飯。
リヒトさんが家にいられる時は彼が作ったりもする。
でも……お風呂を一緒に入るとか。そこまでは、まだであって。
そうして裸になること――それ以上のこと。それを彼が望んでいる。
……私が言葉にしたことを。私はどうしたいの。
「ええ、ご褒美です……ですが」
リヒトさんは私の両肩に触れて、そっと離す。眉を下げた彼は、諭すように言う。
「今は言葉だけで充分です、シャーロット」
「リヒトさん……」
リヒトさんは笑いながらそう言っていた。
「言わせてみたかっただけですから。ふふ、恥じらうあなたも堪能できましたし」
軽口だったとも言いたそうに。そう、揶揄われていたんだ、引っかかったんだって。
「さて、あなたの手料理を――」
私、あなたのことをわかってきた――知ってきたんだよ。そうやって私のことを気遣ってくれて、待ってもくれていて。心の準備が遅くてごめんね、リヒトさん……だから、せめて。
「……ねえ、リヒトさん」
私から彼にくっついて、こう伝えたの――。
「……もう少しだけ、待ってくれる? 私もね……望んでいるから」
私だって、あなたに触れたいから。
「シャーロット……」
リヒトさんの優しい声――『待ちます』って。
「あなたを大事にしたいのです、シャーロット」
「ありがとう、リヒトさん……」
私は嬉しくなって、さらに彼に身を寄せていた。
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