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第二章
あなたこそが長だと
本校舎の最上階に、カイゼリン様は活動している。休みというのに、偉いな……。
「――シェリアさん、いるな? 俺だ、モルゲンだ」
「……」
先生が扉をノックした。時世にも考慮した呼び方で。ただ、返事がない。
「開いては、いるな――よし、入るぞ」
先生がドアノブを回すと、扉は開いた。話し声自体はしている。『俺は教師だぞ』と先生は勝手に入っていった。
「……モルゲン先生。私も失礼します」
私も神妙な面持ちになりつつも、便乗はする。
「……わたくしは」
「……!」
のっけから事態が起こっていた。豪華な椅子に座るのはシェリア・カイゼリン嬢。一同に着席しているのは委員たちだった。場を仕切っているのは――『彼』だった。
「カイゼリン様。全会一致です。どうぞ、席を御譲りください」
「もう、あなたは我々の委員長ではありません」
集団で詰め寄る彼ら……そう、彼らは。
「!」
私の顔色は悪くなる。彼らが――私を殺したんだ。異常性そのままでもあって。
「――シャーロット。俺がいる」
「……先生」
先生が何かを察したのか、私に寄り添ってくださった。そうだね……私は一人じゃない。
「……」
彼が見ている。すぐに気付いた彼は、私に微笑んでみせた。
「――失礼、中断させていただきます」
会議の途中だったでしょうに、彼は切り上げていた。こちらへやってくると、手に胸をあてて、礼をした。
「突然ですが、失礼します。初めて逢ったような気がしなかったもので」
「お前……」
先生は訝し気に見ていた。前のループでもおかしかったのが、今の彼は明らかにだった。
挨拶にしに来たこの青年。彼は私に対し、熱が籠った目を向けていた。対面の相手に向けるには、意味深過ぎるものだった。
「……」
私も惑わされそうになる。彼の愛が、たくさん刻まれた身体でもあったから。
彼に守られた日々を過ごした……そうだとしても。
あの委員たちも。そしてこの人相手だとしても。怯んでいては先はないと。私は覚悟をした。
「――いえ、初対面です。はじめまして。私はシャーロット・ジェムと申します。よろしくお願いいたします」
私は深々とお辞儀をした。頭を下げている間も熱い視線を感じる。
「はい。私はリヒト・リヒターです。あなたのリヒトです――ね、シャーロット」
こうも甘い笑顔を見せてきたのだ。女子委員から感嘆の溜息ももれていた。男子生徒だってそう、顔が赤くなっている。誰しもを虜にさせるような極上の笑顔だった。
「……」
私だって目を奪われないわけではない。綺麗とも思っていた……ううん、それを振り払った私は、こう答えた。
「すみません。初対面の方を呼び捨てたり、あと名前呼びとか。ハードル高いんだ。よろしくお願いします――『リヒター』さん」
「……シャーロット?」
この際彼――リヒターさんがどう呼ぼうと私は気にしない。気にしていられなかった。次に向かうは、孤立しているカイゼリン様のところへ。
「お噂はかねがね聞いております。シェリア・カイゼリン様ですよね」
「……わたくしのこと、ご存じなの?」
専用椅子で縮こまっているのは、カイゼリン様その人。私はここが正念場だと思った。
「はい。とても優秀で人望もある方だと。そう伺ってました。あなたが、どれだけ委員長として励んでこられたかも」
「わたくしなんて……」
カイゼリン様はちらちらとリヒターさんを見ていた。それは私にもわかっていること。実質、リヒターさんの手腕によって委員会は成り立っていた。それでもです、カイゼリン様。
「ええ、リヒターさんのことも耳にしています。それでも、自治委員会のトップはあなたです。カイゼリン様こそ、長でいてほしいんです」
「あなた、一体……」
「お願いします。私は、あなたが率いる委員会が好きなんです。カイゼリン様こそ、中心でいてほしいんです。だから、長の座は決して譲らないでください……!」
要はカイゼリン様。彼女が強い気持ちでいてくれない限り、乗り越えられないと私は思っていた。
「でも、わたくしなんか……」
「はい、自信を失われる気持ちもわかります。微力ながらも、私はあなたについていきます。お傍で支えさせてください!」
「……!」
私は勢いあまって、カイゼリン様の両手を掴んでしまった。もう勢い任せだ、強くその手を握った。
「シャーロットさん、貴女……」
「あなたこそが長だと信じています」
カイゼリン様は手を払うこともなく、席を立った。彼女は顔を上げた。
「わ、わたくしが自治委員長よ! ええ、それは譲りはしないわ。わ、わたくしに文句があるというのなら、一人ひとりいらっしゃい! 集団なんて卑怯よ!」
「そうです、カイゼリン様の仰る通りです。一人ひとり話す機会は設けるべきだと思います!」
カイゼリン様が立ち上がってくれたのだ。私も助力した。カイゼリン様の味方になると心に決めていた。
「……シャーロット。どうしたのですか。あなたが心を砕くのはカイゼリン様ではない。私でしょう」
「あなたじゃない」
「なっ……」
話しかけてきた時点でも、怒り気味だったリヒターさん。彼がさらに顔を引きつらせている。
「……」
私は彼の求心力は認めている。少しでも心を開いたら、また『守られる日々』に引きずり込まれると。だからこそ、毅然とした態度を心掛けていた。
「ま、シェリアさんが委員長だよな」
悠長に言ってきたのはモルゲン先生。場にそぐわない長閑さ。
「どちらが優れているというわけじゃない。お前らなら、どっちだっていいっちゃいい。でもな、こういうの、教師の承認が必要じゃないか? まあ、事務職だな。で、教師陣。で、学園長と。ああ、これは年内に終わるかなー?」
「モルゲン先生……」
先生からのアシストだった。これでカイゼリン様は委員長のままだ。
「「「……」」」
委員たちは皆、リヒターさんに心酔している。今、カイゼリン様を認めるのは大変な道。そうであっても。
「……わたくし、心を入れ替えますわ。リヒターに頼りきりだったことも認めます。こんなわたくしを信頼してくれる方もいるのなら。恥じたくないの」
場がどよめく。カイゼリン様が頭を下げていた。
「わたくし、本当に彼任せだったから。存じなくて……どなたか、教えてくださらないかしら」
それならと、私が名乗り出ようとした時。
「……基礎的なことで、よければ」
女子生徒の一人が、手を上げていた。他の委員たちが咎めているけれど、彼女は構わずカイゼリン様に近づいた。
「私、カイゼリン様に憧れて入ったから。私が困っていた時に、助けてくれたんです」
「貴女……」
この女生徒だけだった。他の委員たちは遠巻きに見ていた。
「わたくし、頑張りますから……!」
カイゼリン様は涙ぐみながらも、地道な作業に取り組んでいた。ちゃんと教わりながらだ。
「モルゲン先生。私もこのまま業務に入りますので」
「……ああ、わかった。じゃあな、あとで昼飯の差し入れはしてやるよ。お前たち全員分な」
委員たちはわっと沸き立った。可愛いところも残ってたなと、先生は笑った。
「ありがとうございます、先生」
「ん」
私がお礼を言うと、先生は軽く手を上げて振っていた……っと、視線を感じる。
「……」
リヒターさんは残る取り巻きに囲まれながらも、私たちに意識がいっているようだった。こんなはずでは、と彼が呟く声が聞こえてきた。
「おお、恐い顔してるもんだ……」
先生はすれ違いざまにリヒターさんの顔を見た。
まだ何かが起こる。そんな予感をしながら――。
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