春の女神は知っている。~モフモフと力を合わせて、ヤンデレメリバフラグ回避してみせます!~

古駒フミ

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第二章

『彼』は……いたんだね

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「ここは……」

 私が連れていかれたのは、小高い丘の上。彼の生家だった。

「さて、もうこちらはよいでしょう。こちら、あなたにお願いをしたいのです」

 リヒターさんはするりと腕時計を外すと、こちらに渡してきた。禍々しいそれを……私は触れるのも躊躇う。そもそも、どうして私に?

「……お願いします。私は再度つけかねない」
「わかった」

 リヒターさんの震える声を聞いてしまったら、私は受け取るしかなかった。

「……壊すしかない。ですが、私にはそれだけは出来ないのです。父も母も着けてなかったとしても、私にはもう……形見も同然でして」
「リヒターさん……」
「あなたに負担を強いてしまいますが、壊してくださいませんか」

 リヒターさんは泣きそうな顔をしていた。彼は本当の両親には愛されて育っていた。その親を彷彿させるものとなると、どうしても躊躇ってしまうのでしょう。

「……」

 私もね、もその気持ちがわかるよ。私の形見といえるものは、この指輪がそうなのかな。生まれた時からあるもので、私だってそれを壊すことなど出来はしない。

 出来ないんだから――ねえ、リヒターさん。

「――埋めましょうか」
「シャーロット?」

 リヒターさんが不思議そうに尋ねてくる。私はすでに雪をかき分けて、地中を手で掘っていた。私はもう埋める気でいた。

「だって、壊せないでしょ。私にも無理。なら、埋めましょう。次は春にでも」
「ですが……」
「……春になったら、この時計に触れても大丈夫になる。そう信じて。ね、リヒターさん」
「……」

 リヒターさんは自信なさそうだった。こうして外せただけでも、彼としては大きな一歩だったんだよね。

「春でもまだ無理そうなら。また埋めよう? もっと、地中深くに――私も一緒にやるから」
「……!」

 リヒターさんは目を見開いたあと、私を見つめた。ずっと私を見つめている。

「……」

 リヒターさんからの思いが込められた視線。ああ、いつまでたっても慣れないもの……。

「リヒターさん、あのブランコに座らない?」

 立ち話よりはと、私が指したのは二人乗りのブランコだった。彼も懐かしむ目をしたあと、頷いた。

「……」
「……」

 二人は並んで座る。沈黙が訪れていた。話し出したのはリヒターさんの方からだ。

「――自首はしますから。カイゼリン様にも改めてお詫びします……あの方は悪気もなく、善良な方。あの方のせいでと思うところはあれど、殺されるようなことは何もなさってない」
「……はい」

 カイゼリン様への殺意は消え失せていた。私はそれならと頷いた。

「それと、あなたへ。まだ出逢ったばかりでしょうが、あなたへの想いは積もったままです。私はリヒトでいたかった。あなたといたから、それを思い出せたのです」
「……そっか、そうだね。ごめんね」

 ずっと傷ついてきたのは、彼のリヒトの部分。リヒターでいて欲しいと願うばかりに、何度も蔑ろにしていた、彼の幼い部分だった。

「……ごめんなさい。リヒトさんだって、大事にしなくちゃいけなかった」

 彼に守られていた日々の中、あなたを見てきたんだよ。私は彼の頭を撫でていた。
 自分よりも大きな体、それでいて幼い心を。

「……シャーロット」 

 彼の息を呑む音がした。私は撫で続けている。

「……ずっと、リヒトさん。ううん、リヒトはいたんだね。これからだって、リヒトはいるんだよ。言ったでしょ、たまには気を抜いたっていいって。リヒトを解放したっていいんだ」
「……はい」

 彼はされるがまま、私にその身を任せたまま。

「……シャーロット。リヒターとしてお役御免の私ですが」
「ううん、リヒトが残っているよ……」
「はい、そうですね。それで、シャーロット。もし、私が――」
「……」

 なんだろ、安心したからかな……疲労も積もりに積もっていたこともあって。私はうとうとしていた……彼が何かを話しているのに……。

「……油断が過ぎませんか。下心を抱いている相手だとご存知でしょうに。というより、凍死まっしぐらでしょうに」

 彼は呆れるように溜息をついて、私を抱え上げているのかな……?




 家の中に入って、階段を上がる音。丁寧に私を運ぶ彼。

 開かれたのは――かつての私が暮らしていた部屋。彼はベッドに私を寝かせ、上から布団をかけていた。

「……ありがとう」

 私は薄目を開け、彼を見上げた――彼は意味深に扉の方を見つめていた。
 ……見つめるだけ。私の視線に気がついた彼は、私の目元で手をかざす。視界がさらに暗くなる。

「おやすみなさい、シャーロット」

 優しい声音。いつだって優しかった彼。そんな彼は大変なことを……。

 自首。この国で犯してしまった、彼の罪。

 あなたはどうなってしまうの。私はこのまま、あなたを――。

「……」

 私は彼の腕を掴んでいた。苦笑する彼は、私の手にその手を重ねていた。

「……また、逢える。そのような気がしてならないのです」

 逢える。ああ、そうなんだって、私は思った。自然とわかっていたんだ。


 まだ夜も明けていない。

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