155 / 557
第二章
『彼』は……いたんだね
「ここは……」
私が連れていかれたのは、小高い丘の上。彼の生家だった。
「さて、もうこちらはよいでしょう。こちら、あなたにお願いをしたいのです」
リヒターさんはするりと腕時計を外すと、こちらに渡してきた。禍々しいそれを……私は触れるのも躊躇う。そもそも、どうして私に?
「……お願いします。私は再度つけかねない」
「わかった」
リヒターさんの震える声を聞いてしまったら、私は受け取るしかなかった。
「……壊すしかない。ですが、私にはそれだけは出来ないのです。父も母も着けてなかったとしても、私にはもう……形見も同然でして」
「リヒターさん……」
「あなたに負担を強いてしまいますが、壊してくださいませんか」
リヒターさんは泣きそうな顔をしていた。彼は本当の両親には愛されて育っていた。その親を彷彿させるものとなると、どうしても躊躇ってしまうのでしょう。
「……」
私もね、もその気持ちがわかるよ。私の形見といえるものは、この指輪がそうなのかな。生まれた時からあるもので、私だってそれを壊すことなど出来はしない。
出来ないんだから――ねえ、リヒターさん。
「――埋めましょうか」
「シャーロット?」
リヒターさんが不思議そうに尋ねてくる。私はすでに雪をかき分けて、地中を手で掘っていた。私はもう埋める気でいた。
「だって、壊せないでしょ。私にも無理。なら、埋めましょう。次は春にでも」
「ですが……」
「……春になったら、この時計に触れても大丈夫になる。そう信じて。ね、リヒターさん」
「……」
リヒターさんは自信なさそうだった。こうして外せただけでも、彼としては大きな一歩だったんだよね。
「春でもまだ無理そうなら。また埋めよう? もっと、地中深くに――私も一緒にやるから」
「……!」
リヒターさんは目を見開いたあと、私を見つめた。ずっと私を見つめている。
「……」
リヒターさんからの思いが込められた視線。ああ、いつまでたっても慣れないもの……。
「リヒターさん、あのブランコに座らない?」
立ち話よりはと、私が指したのは二人乗りのブランコだった。彼も懐かしむ目をしたあと、頷いた。
「……」
「……」
二人は並んで座る。沈黙が訪れていた。話し出したのはリヒターさんの方からだ。
「――自首はしますから。カイゼリン様にも改めてお詫びします……あの方は悪気もなく、善良な方。あの方のせいでと思うところはあれど、殺されるようなことは何もなさってない」
「……はい」
カイゼリン様への殺意は消え失せていた。私はそれならと頷いた。
「それと、あなたへ。まだ出逢ったばかりでしょうが、あなたへの想いは積もったままです。私はリヒトでいたかった。あなたといたから、それを思い出せたのです」
「……そっか、そうだね。ごめんね」
ずっと傷ついてきたのは、彼のリヒトの部分。リヒターでいて欲しいと願うばかりに、何度も蔑ろにしていた、彼の幼い部分だった。
「……ごめんなさい。リヒトさんだって、大事にしなくちゃいけなかった」
彼に守られていた日々の中、あなたを見てきたんだよ。私は彼の頭を撫でていた。
自分よりも大きな体、それでいて幼い心を。
「……シャーロット」
彼の息を呑む音がした。私は撫で続けている。
「……ずっと、リヒトさん。ううん、リヒトはいたんだね。これからだって、リヒトはいるんだよ。言ったでしょ、たまには気を抜いたっていいって。リヒトを解放したっていいんだ」
「……はい」
彼はされるがまま、私にその身を任せたまま。
「……シャーロット。リヒターとしてお役御免の私ですが」
「ううん、リヒトが残っているよ……」
「はい、そうですね。それで、シャーロット。もし、私が――」
「……」
なんだろ、安心したからかな……疲労も積もりに積もっていたこともあって。私はうとうとしていた……彼が何かを話しているのに……。
「……油断が過ぎませんか。下心を抱いている相手だとご存知でしょうに。というより、凍死まっしぐらでしょうに」
彼は呆れるように溜息をついて、私を抱え上げているのかな……?
家の中に入って、階段を上がる音。丁寧に私を運ぶ彼。
開かれたのは――かつての私が暮らしていた部屋。彼はベッドに私を寝かせ、上から布団をかけていた。
「……ありがとう」
私は薄目を開け、彼を見上げた――彼は意味深に扉の方を見つめていた。
……見つめるだけ。私の視線に気がついた彼は、私の目元で手をかざす。視界がさらに暗くなる。
「おやすみなさい、シャーロット」
優しい声音。いつだって優しかった彼。そんな彼は大変なことを……。
自首。この国で犯してしまった、彼の罪。
あなたはどうなってしまうの。私はこのまま、あなたを――。
「……」
私は彼の腕を掴んでいた。苦笑する彼は、私の手にその手を重ねていた。
「……また、逢える。そのような気がしてならないのです」
逢える。ああ、そうなんだって、私は思った。自然とわかっていたんだ。
まだ夜も明けていない。
あなたにおすすめの小説
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?
社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。
天咲リンネ
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。
引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。
見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。
つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。
ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。
しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。
その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…?
果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!?
※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。
男女の友人関係は成立する?……無理です。
しゃーりん
恋愛
ローゼマリーには懇意にしている男女の友人がいる。
ローゼマリーと婚約者ロベルト、親友マチルダと婚約者グレッグ。
ある令嬢から、ロベルトとマチルダが二人で一緒にいたと言われても『友人だから』と気に留めなかった。
それでも気にした方がいいと言われたローゼマリーは、母に男女でも友人関係にはなれるよね?と聞いてみたが、母の答えは否定的だった。同性と同じような関係は無理だ、と。
その上、マチルダが親友に相応しくないと母に言われたローゼマリーは腹が立ったが、兄からその理由を説明された。そして父からも20年以上前にあった母の婚約者と友人の裏切りの話を聞くことになるというお話です。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
自称ヒロインに婚約者を……奪われませんでした
影茸
恋愛
平民から突然公爵家の一員、アイリスの妹となったアリミナは異常な程の魅力を持つ少女だった。
若い令息達、それも婚約者がいるものまで彼女を一目見た瞬間恋に落ちる。
そして、とうとう恐ろしい事態が起こってしまう。
……アリミナがアイリスの婚約者である第2王子に目をつけたのだ。