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第三章
尚更でございます
「……ご挨拶遅れました。朝早くに突然の訪問、申し訳ございません。皆様、おはようございます」
長身のアルトより若干背の高い青年。斜めに流した短めの茶髪に、涼しげな目元の彼。黙っていると無機質な印象を与える。
名はリヒター。大抵は名字であるこちらで呼ばれている。カイゼリン家に仕えており、その令嬢に日々尽くしている。彼女が統べる自治委員会にも所属していて、側近として補佐もしていた。
前までのループは令嬢を救うのが目的だった。その為、このリヒターさんとは深く関わることになっていた。
「とりあえず、上がってくれる? 家の中の方が暖かいし」
「シャーロット、本気? 家に上げるの?」
私は立ち話もなんだと、リヒターさんを家に招きいれることにした。割り込んできたのはアルト。訝しむ彼に私は伝える。
「うん……きっと、大事な話があるかなって」
「くっ……」
アルトはなんともいえない表情になっていた。『人のこと言えないか……』とか、『何かしそうなら自分が守る!』とか、自身に言い聞かせているようだった。
「……ジェム様、ありがとうございます」
リヒターさんは心なしか安心したようで、家に上がる気になってくれていた。
「ああ、ジェム様……」
一歩ずつ、リヒターさんが近づいてくる。私を強く見つめる彼。彼の手が今にも、私の手に触れそうになっていたけれど――。
「……ジェム様、失礼いたしました。不躾な視線もお許しください」
「ううん、大丈夫だけど……」
リヒターさんはそうしないよう、改めて私と距離をとっていた。
「……」
そう……深く関わっていた。私はリヒターさんの深部にも触れることになっていた。
リヒターさんは記憶にないはず……ううん、そんなことはなかったんだ。アルトの例もあるし、リヒターさんの様子からしても。そうなんだと思った。
通常ならば、この時点でリヒターさんとは知り合っていない。面識だってない。私の存在すら知らなかったであろう彼が――こうして現れた。
「まさかまさか……」
アルトが呻いている。それは信じがたい、信じたくないと否定はするも、アルトの想定通りというか……。
「へっへっへっへっ」
リッカがリヒターさんにすり寄って、匂いを嗅いでいた。
「ああ、リッカ様。ええ、どうぞ。お好きなようになさってください」
「わふっ」
リヒターさん、前のように困ってるということはなかった。リッカに向ける眼差しも優しいもの。それだけではなく。
「――それと、人語でも構いません。存じておりますので」
「!」
リッカはあれだけ好きな行為、匂いを嗅ぐのを中断した。そう、そうなんだね……。
「リヒターさん……やっぱり、そうなんだよね。あなたは――覚えているんだ」
「はい、ジェム様」
リヒターさんははっきりと答えた。
立ち話はという話だった。でもリヒターさんは壁を背に立ったままだった。私たちは座らせて、自分はそのままで良いと譲らなかった。そのまま話を進めることにした。
リッカは眠りを中断されていたので、ソファで再度眠る体勢に入っていた。
「――はい。あの放送が聞こえて参りましたが、そこからの記憶はおぼろげでございまして。目覚めた時には日付が戻っておりました。朝、飛び起きる形で参りましたが……アルト様がすでにいらっしゃいましたね」
「そうです、俺がいます。つか、俺がいればいいので」
「……アルト様のご主張はさておき。私が把握出来たのは、ジェム様が冤罪によって命を奪われたこと。それが無かったことになって、日付が戻ってしまったということ」
リヒターさんは記憶を有している。それは確定といって良かった。
「うん」
私はリヒターさんの言葉に頷く。彼は続ける。
「ジェム様に、アルト様。お二方はご存知なのですね。この不可解な状況のことを」
「……うん。どうしてかはわからないけど。でも、私も……アルトもそう。日々を繰り返しているのは、わかってるんだ」
リヒターさんの方でも状況を把握してくれたようだった。私も正直に答えた。アルトの事まで言ってしまったが、リヒターさんならそのことも承知のはず。
「さようでございますか。あなたはきっと――」
『あの日々の私は、ありのままであなたを愛していました。あなたも幸せかと思ってましたが――こうしてここにいることが、答えですね』
『……うん。私は、あの未来は望めなかった』
リヒターさんも鳥籠の夢に訪れていた。彼はそこで確認した、私の答え、望む未来のことも。
「きっと、望む未来の為。懸命に、それこそ――必死でやってこられたのですね」
「うん、リヒターさん」
「……なら、私の答えも決まっております。あなたの望みは私の望み。どうか、加わらせてくださいませんか」
「!」
リヒターさんが恭しく頭を下げてきた。彼の真摯な思いが伝わってくる……。
「……いや、リヒターまでって言いたいところだけど。記憶、消せないわけだし」
記憶が消せないのはアルト本人が実証済みだった。もう、自分同様、リヒターさんも知ってしまったとなると、強く反対はできないようだった。
私は……私の考えてとしては。
「リヒターさん、あなたはまだ知ってしまっただけだよ。放送を聞いたから、わかるとは思う。私はそうやって、犯人扱いされているんだ。そんな状況に巻き込めない」
今ならまだ引き返せると、私はそう伝えた。それを聞いたリヒターさんは。
「尚更でございます。それを聞いて、どうして私があなたを放っておけるというのでしょうか」
「……そう」
より、リヒターさんの思いを強固にするだけだった。
「……はあ。嫌だけどさ、俺もわかるから。リヒターがガチだってことくらい」
「アルト様……」
アルトも迷っていたみたい。諸手を挙げての賛成ではなかったけれど、反対ということもなかった。
そっか……知ってしまった。もう引き返せない。それなら、私はこう答える。
「……リヒターさん。私、毎回言っているんだけど……無理はしないで。知っているからこそ、生存してほしい」
「……はい、ジェム様。かしこまりました」
姿勢を正したリヒターさんは――微笑んだ。心からのものだと思った。
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