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第三章
春の女神のワンコ!?
「私も……私からも。リナ・ゼンガーさんに接触してみます」
「……ああ、そうだろうな。そう言うとは思ったよ」
「……!」
先生が私の椅子の背もたれに手を置いてきた。もう片方の手は、机の上。私を覆う形となっていた。見下ろしてくるものだから、私は気圧されていて……。
「おい、兄貴……」
「……」
弟から忌々しげに呼ばれようと、先生はそのままだ。私が容疑につながりやすいから、だからこその心配、ですよね? それでもです、先生。
「はい、モルゲン先生のお考えもわかります。不用意に関係者に近づくことで、私が疑われやすくなる。だから、アルトにさせようともお考えだったって」
先生に囲われたような体勢のまま、それでも私はお願いしたくて。
「……安直に動かないようにします。彼女とも慎重に接触するようにします」
――だからどうか、私の方からも動きたい、と。それが私の願いだった。
「……前もそうだったよな」
「はい、そうですね。今回もそうさせていただきます」
「……だよな。わかった、シャーロットはそうしてもらうとして」
こういう時は譲らないって、先生もご存知だから。これ以上反対することはなかった。
「アルトは……そうだな。いきなり媚びを売られても、向こうも警戒しかねないしな。お前はそのままでいい」
「媚びとか言うな。まあ、そうだよね。シャーロット好き好き大好きでいていってことだ!」
「いや、お前な……」
アルトは水を得た魚のように、目に輝きが戻っていた。先生が加減はしろと言っても、もうアルトの耳には届いていなかった。
「……でもね、シャーロット? 兄貴の言う事も一理あるからね? 君が第一だから、ちょっとでも危なくなったら、ね?」
アルト、お兄さんの言葉にそこは賛同していた。兄である先生も何度も頷いていた。
「うん、わかった」
私も同意した。
「……ん?」
下の方から、視線を感じる。リッカがなんだろ、そわそわしている。耳、傾けてみようか。
「ゼンガー。あのね、その人、春の女神様のおうたを歌う一族だったの」
下の方から声がした。リッカだ。高さが合ってない為、彼の愛らしい姿は拝めない……覗き込もう。
「リッカ、詳しいね」
「うん!」
隣に着席していた私は、彼に合わせて体を低くした。リッカは嬉しそうだ。そんなに尻尾も振っちゃって。
「あのね、その一族ね。ずっと昔から自分の為に歌ってくれてたんだって。ご主人様が、そう教えてくれたの。とても嬉しかったんだって。僕は聞いたことなかったんだ」
「そっか。じゃあ、今年も歌ってほしいよね」
「うん、僕も聞きたい!」
リッカは伏せをしたまま、尻尾をぶんぶん振っていた。本当に楽しみなんだねぇ、聴きたいねぇ。
「……」
「……」
唖然としているのは兄弟だった。立ち上がったアルトは机に両手をついて、まじまじとリッカを覗く。先生まで壁から離れて、リッカに近づいていた。ハッとなったのは私だ。
「……あれ? このこと言ってなかった?」
うん、私、言ってなかったね。二人も頷いた。
「いや、俺さ。見たままで思ってただけでだった。女神様を慕う、信心深いワンコなのかなって」
「……そうか、春の女神のか。そう言われてみれば、だな」
信仰心のある子犬くらいで考えられていたんだ。私としてもそれは理解できた。まさか、あの春の女神ゆかりのある犬とは思わないよね……。
「そっかぁ、リッカのご主人って女神様だったかぁ……つか、何してんの」
人間恐怖症で、汚れきっていて。飢えてもいたのが、出逢った頃のリッカで……アルトが女神相手とはいえ、腹を立てるのも理解できた。
「……」
リッカのこと、どこまで話していいんだろう。この子と一緒にいられるのは――春まで。
春が訪れたら――リッカとは簡単に逢えなくなることを。
「……リッカ」
この子の尻尾は下がっていた。
「アルトもシャーリーも、心配しないでね。ずっと、春の女神様は側にいてくれてるんだ。僕を守ってくれている。僕がボロボロだった時は、ちょっとした事情があったけど。もう大丈夫。だから、心配しないで」
事情もあるし、大好きなご主人様……アルトだってそう。悪く思わないでほしいんだよね、きっと……。
「……まあ、リッカがそういうなら」
アルトは渋々といった感じだった。純白で純粋な子犬は、ただ尻尾を振っていた。
「……さらりと言うけどなぁ、重大事実だぞ、それは」
「そうなの?」
頭を抱えた先生に、実感がわかないのがリッカだった。リッカからしてみれば、単純に誇り高い話であっても、俗物からしたらそうはいかない。あの春の女神にこの愛らしい犬は仕える存在なのだから。
「……シャーロットはともかく、俺達は偶々聞いてしまったようなものだ。ここだけの話に留めておこう。リッカもこれ以上吹聴しないようにな」
「って、兄貴? リヒターは?」
アルトは質問していた。リヒターさんも繰り返しの日々を知っている。リッカのことを話さなくて良いのかと不思議に思ったようだ。
「リヒターもだ。あいつが信頼出来る出来ないじゃない。本来、俺達だっておいそれ知っていいことではなかった。それだけ重い事実ってこと、わかってくれ……リッカも、今後は頼むな。シャーロットも気をつけてくれ」
「……モルゲン、うん」
先生の真剣な顔に圧されたのかな、リッカは頷くことにした。アルトも納得したのか、小さく頷いていた。
「……はい」
私もそれは間違ってないと思っていた。リヒターさんに悪いとは思いつつも、承諾することにした。
「……いいな、シャーロット?」
「!」
……何故、念押し? そう思ったけれど、先生の目を見て私は察した。私が迷っていたこと、先生はわかっていたのだと思う。リッカのさらなる秘密を告げるかどうかという。
……はい、先生。おいそれと、ですね。それは、先生やアルトに対しても。
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