189 / 557
第三章
木漏れ日からの歌声
しおりを挟む予定の時間まで余裕があった。私とリッカは学園内を散策していた。リッカの歩幅に合わせて、私はゆっくりと歩く。私がふと立ち止まると、リッカも止まる。目が合うと互いに笑う。
「ああ、幸せ……」
幸福がここにあった。こんな時間が続いてほしいと願っていた。
「そうだ、リッカ。前に話してくれたよね。この学園に泉があるって」
良い機会だよね。リッカが前に話してくれた場所に、行ってみたいなって。
「へっへっへっへっ」
リッカも嬉しそうだった。案内を早くしたいようで、先導し始めた。私は彼についていくことにした。
ここは以前、アルトに案内してもらった場所だね。鈴が実のように成っていた。本物同然で、風が吹き木が揺れると、鈴の音が鳴っていた――告白スポットだとも教えてくれたっけ。
リッカは鈴の音に耳をそばだてながらも、まだ小走りしていた。私も疾走するリッカについていく。そうだね、こんなに思いっきり走ったのは久々だね。私の目も細くなった。
大抵の人は、この鈴の鳴る木にしか興味がなさそう。林道の奥にまで行ったりはしない。穴場ともいえる場所なんだね、リッカ?
本日は天気が良かった。木漏れ日がさしており、泉を温かな光で包んでいた。清浄なる泉で、空気も澄んでいた。
「――」
風がそよぐ。光の中、歌っている少女がいた。透明で優しい歌声だ。
――リナ・ゼンガーさんだった。泉の方を向いた彼女は、背を向ける形となっていた。
「……」
私たちはその歌声に聞き惚れていた。その場に立ったままで。
「……誰?」
人の気配に気づいたのか、リナさんは歌うのを止めた。かなり機嫌が悪そうだった。
「ごめんなさい、邪魔してしまって。すぐに去りますので」
「くーん……」
リナさんのことを邪魔してしまった。それに……リッカも泉の水を飲みたそうだったのに、我慢させることになっちゃって。リッカ、後で来ようね?
私は各方面に悪いと思いつつ、リッカを抱っこして去ろうとした。
「あれ? シャーリー……それと」
リナさん、私のことを覚えてくださったんだ。笑顔を見せるも――。
「い、い、犬……!?」
顔を引きつらせながら、リナさんは後ずさっていた。もしかして、犬が苦手なの……?
「ひっ……」
リッカはその場で動かずにお座りしている。それでも、リナさんんはより距離をとろうとして――。
「きゃっ!?」
リナさんの真後ろにあるのは泉。彼女は泉のフチに足をとられ、後ろに倒れそうになる。危ない……!
「……っと」
私は彼女の腕を掴んで、自分の方に引き寄せた。でも、そのまま二人して倒れ込んでしまい……。
「ちょ、ちょっとあんた……!?」
リナさんを抱えたまま、私は倒れてしまった。痛かったりもしたけれど……。
「……大丈夫、私は大丈夫です」
幸いだったのか、地面は草が生い茂った柔らかいものだった。それに、なんだろ。ふわっと浮いた感覚もしたような……?
「……」
「……すみません、離れますね。それとお邪魔しました」
リナさんからの視線が。そうですね、抱きしめたままになっていたから。こうして抱きしめていると、私よりかなり小柄な彼女。華奢な彼女を持ち上げて、すんなりと立たせることもできた。
「くーん、くーん……」
心配したリッカが、私の方にやってきた。うん、大丈夫だよって私はリッカを撫でた。そして、今度こそと彼を抱えることにした。
「……」
リナさんはというと……自分の体を抱きしめたままだった。瞳を伏せてまでいた。
「リナさん?」
「……ああ、まだいたの」
「……すみません」
呆れを隠しもしない声だった。確かに。去るといったのは私だったから。うん、ここは去ろうと思いつつ。
今のリナさんはいわば、オフなのかな。やたらとダウナー入ってるというか……。私はアイドルの素というものを目撃してしまったってこと……?
「……」
辛い。これ以上現実を突きつけられる前に、今度こそ立ち去ろうと――。
「ううん、待って。そっちの犬、水飲みたいんじゃないの。こっちがいくから、あんたたちは好きにすれば」
なのに、今度はリナさんが呼び止めてきた。それも、彼女からいなくなるって。
「それは……」
私は腕の中の子犬を覗き込む。涎、だらだらだった。飲みたいんだね……我慢させちゃってたね……。
私は泉の近くまで連れて行き、リッカを下ろした。彼は躊躇いなく泉の水を飲んでいた。よほど飲みたかったんだねぇ……。
0
あなたにおすすめの小説
彼氏がヤンデレてることに気付いたのでデッドエンド回避します
八
恋愛
ヤンデレ乙女ゲー主人公に転生した女の子が好かれたいやら殺されたくないやらでわたわたする話。基本ほのぼのしてます。食べてばっかり。
なろうに別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたものなので今と芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただけると嬉しいです。
一部加筆修正しています。
2025/9/9完結しました。ありがとうございました。
我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。
たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。
しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。
そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。
ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。
というか、甘やかされてません?
これって、どういうことでしょう?
※後日談は激甘です。
激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。
※小説家になろう様にも公開させて頂いております。
ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。
タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
聖女様と間違って召喚された腐女子ですが、申し訳ないので仕事します!
碧桜
恋愛
私は花園美月。20歳。派遣期間が終わり無職となった日、馴染の古書店で顔面偏差値高スペックなイケメンに出会う。さらに、そこで美少女が穴に吸い込まれそうになっていたのを助けようとして、私は古書店のイケメンと共に穴に落ちてしまい、異世界へ―。実は、聖女様として召喚されようとしてた美少女の代わりに、地味でオタクな私が間違って来てしまった!
落ちたその先の世界で出会ったのは、私の推しキャラと見た目だけそっくりな王(仮)や美貌の側近、そして古書店から一緒に穴に落ちたイケメンの彼は、騎士様だった。3人ともすごい美形なのに、みな癖強すぎ難ありなイケメンばかり。
オタクで人見知りしてしまう私だけど、元の世界へ戻れるまで2週間、タダでお世話になるのは申し訳ないから、お城でメイドさんをすることにした。平和にお給料分の仕事をして、異世界観光して、2週間後自分の家へ帰るつもりだったのに、ドラゴンや悪い魔法使いとか出てきて、異能を使うイケメンの彼らとともに戦うはめに。聖女様の召喚の邪魔をしてしまったので、美少女ではありませんが、地味で腐女子ですが出来る限り、精一杯頑張ります。
ついでに無愛想で苦手と思っていた彼は、なかなかいい奴だったみたい。これは、恋など始まってしまう予感でしょうか!?
*カクヨムにて先に連載しているものを加筆・修正をおこなって掲載しております
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
【ご報告】
2月15日付で、誤字脱字の修正および一部表現の見直しを行いました。
ただし、記載内容の趣旨に大きな変更はございません。
引き続きよろしくお願いいたします。
元アラサー転生令嬢と拗らせた貴公子たち
せいめ
恋愛
侯爵令嬢のアンネマリーは流行り病で生死を彷徨った際に、前世の記憶を思い出す。前世では地球の日本という国で、婚活に勤しむアラサー女子の杏奈であった自分を。
病から回復し、今まで家や家族の為に我慢し、貴族令嬢らしく過ごしてきたことがバカらしくなる。
また、自分を蔑ろにする婚約者の存在を疑問に感じる。
「あんな奴と結婚なんて無理だわー。」
無事に婚約を解消し、自分らしく生きていこうとしたところであったが、不慮の事故で亡くなってしまう。
そして、死んだはずのアンネマリーは、また違う人物にまた生まれ変わる。アンネマリーの記憶は殆ど無く、杏奈の記憶が強く残った状態で。
生まれ変わったのは、アンネマリーが亡くなってすぐ、アンネマリーの従姉妹のマリーベルとしてだった。
マリーベルはアンネマリーの記憶がほぼ無いので気付かないが、見た目だけでなく言動や所作がアンネマリーにとても似ていることで、かつての家族や親族、友人が興味を持つようになる。
「従姉妹だし、多少は似ていたっておかしくないじゃない。」
三度目の人生はどうなる⁈
まずはアンネマリー編から。
誤字脱字、お許しください。
素人のご都合主義の小説です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる