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第三章
パパ、撮影会に乱入しちゃうぞ?
「ええ、ありがとうございます。邪魔しないように――」
主役のリナさんとワンコを引き立ててみせよう。私が彼らに近づこうとした時だった。
「……邪魔、なんだよなぁ」
足音がした。舗装された道を、カツンと鳴り響く。学生たちの中に一人、成人男性の姿。
「やあ、見守らせてもらってたよ。綺麗なお嬢さん、愛らしい子犬さん? だとしてもね、異物でしかないんだ」
穏やかな笑みをたたえながら。やってきたのは、リナさんの父――ルイ・ゼンガー氏だった。
「……パパ!」
驚愕のあまり、目を大きくしているリナさん。見守っていたということは、今きたばかりではないよね。
「うん? リナが、そちらの子犬さんに触れていた。タイミングとしては、その時からかな?」
やっぱり、今ということではない。その間、誰もゼンガーさんに気がつかなかったんだ……。
「で、リナ? 撮影は終わったのかい? 昨日でてっきり終わったと思っていたのに、予定が狂ってしまったよ。せっかく、家族で出掛けようと思っていたのにだよ?」
「……」
「リナ?」
「ご……ごめんね、パパ。リナ、ファンの子たちの期待に応えたいの! ほら、リナは優しいから!」
リナさんは笑っていた――精一杯、その表現の方が正しいかもしれない。
「あとね、リナってばワンちゃん、大好きだから! これから、けっこう長めに撮影しようと思ってるの。ね、シャーリー?」
「は、はい。うちの子もリナさんに懐いてますから。もちろん、安全にも気を付けますので」
私は急に話を回されたけれど、そう答えた。気持ち、腕の中のリッカを強く抱きしめた。
「……へえ、そうなんだね」
「はい……」
そうでもしないと、この人の迫力に飲まれてしまいそうだったから。笑顔のまま、私を視線で射抜こうとしている……この人に。
「あ、あのね、パパ!」
リナさんが私たちの前に出た。間に入ってくれたことによって、あの人からの視線は和らいだ。
「リナ、いつも一人ってのもどうかなって。マンネリ解消っていうか! そこで、カワイイワンちゃんでもどうかなって、思っただけなの!」
「そうだったんだね、リナ……」
慈しむような表情のまま、ゼンガーさんが近づいてきた。リナは笑顔のまま彼を迎え入れる。
「――だったら、俺と撮ればいいじゃないか」
「……」
リナさんの肩を抱いて、そのまま抱き寄せた。抱かれたリナさんは笑顔であれど、固まっていて。
私もそう、周りも動揺していた。確かに絵になる美形親子ではあるが、戸惑いが勝っていたとも。
「……なんてね?」
悪戯っぽく笑ったゼンガーさんは、胸元から何かを出す。リナさんはそれを目にした瞬間――。
「それは……!」
今まで笑顔だったリナさんの顔が、目に見えて青くなった。
「ほら、君が好きなクマちゃんのぬいぐるみだよ。ふふ、買ってきたんだ。俺の代わりにってね? この子と一緒に撮ればいい」
小さな小さなクマのぬいぐるみだ。派手さはないものの、上質な素材でできたものだった。自分の代わりにと、リナさんに渡してきた。
「わあ……」
リナさんはただ、受け取った。いけない、と彼女は笑顔を作っていた。
「嬉しいけど……リナ、せっかくならバッグとかお洋服の方が良かった。今度はね、もっとカワイイ感じのが欲しいなっ」
「はは、わかったよ。また今度ね?」
それに満足しつつも、彼はまだリナさんに言いたいことがあるようだった。
「ほら、君の部屋にも――新しい子、いたね? 今日、訪れてみたら驚いたよ。まだ欲しいんじゃないか。はは、かわいいなぁ」
「……! もう、パパ! リナの部屋に勝手に入んないでって、いつも言ってるでしょ!」
ゼンガーさんに囁かれた彼女はは怒っている。近くにいた私にも聞こえてしまっていた。
「……って」
……部屋に勝手に入っているの? それも本人に無断で? あまりにも信じ難い内容。
「俺はね、どうしても気になってしまって。いつの間に買っていたのかな? いや、随分立派なものだったなって。言ってくれれば、こっちで買ったのに」
「……そんな、高いとかじゃなくて――それなら、ワンちゃんのぬいぐるみ買って! リナはね、ワンちゃんの方が好き!」
「えー、本当かい? まあ、君は……ぬいぐるみ大好きだからねぇ」
「うん、ワンちゃんもぬいぐるみも! カワイイの大好き!」
傍から見れば、親子の会話だ。娘に甘い父親、父親に甘える娘。
「……」
それでも……リナさんの懸命さをみたら。ルイ・ゼンガーの妖しさをみたら。それを単なる親子の会話で片付けることは出来なくて……。
「……もう、パパ! 撮影が止まったままなんだけど!? ずっと居座る気?」
ぷんぷんしているリナさんは、普段通りの姿といえた。そんな娘の姿を、ゼンガーさんも微笑ましそうに見ては答えていた。
「いや、ずっとではないな……パパはこれからママとの約束もあるからね。歌劇を見に行くことになってるんだ。今日は終わりにしてくれたら、追加で手配するんだけどなぁ」
ルイ・ゼンガーは表向き笑っている。
「……なんてね? リナの邪魔はこのへんにしておこうか。嫌われたくないからね?」
それでも、やはり目は笑っていなかった。その様を見たリナさんは言い放つ。
「シャーリー……悪いけど、犬連れて帰って」
「リナさん……」
こちらを一切見ることなく、そう告げてきた。彼女が手にしているのは、プレゼントされたクマのぬいぐるみで――それを震える両手で持っていた。
「私は……」
目的ありきの関係なのに、私は……放っておけなかった。今のリナさんをそのままにしておきたくなかった。それなのに。
「……みんな、ワンちゃんだけど。大人気過ぎて、予約埋まってるんだって。ってことで、ワンちゃんはここまでー。おつかれー」
リナさんがそう告げると、周りは惜しみつつも納得はしていたようだった。
もうリナさんが私たちを見ることはない。愛らしい犬の存在も、ファンたちからは抜けきっていた――ただ。
「……!?」
ルイ・ゼンガー、彼だけが、だった。一瞬だけとはいっても――私たちを見ていた。
その目つきは邪魔でしかない、そう物語っているかのようだった。
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