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第三章
月夜の散歩
しおりを挟む女子寮に近づくと、小柄な人物の姿があった。よそいきのコートを着た、美少女がそこにいた。彼女がついた溜息は白い息になっていた。
「……リナさん?」
リナさん、だよね? 彼女が女子寮の外で立っていた。いつからかな……私たちが夜の散歩に行く時にはいなかった。
「あ……」
リナさんは、私たちが近づいていることに気づいたようだ。ゆっくりと近寄ってきた。私たちを待っていたって認識でいいのかな?
「突然ごめん。あんたを待ってたの」
「いえ、それは全然。それと、待たせてしまったなら、こちらこそごめんなさい。中、入りましょう?」
突然の来訪に驚きつつも、私は女子寮に入ってもらおうとした。リナさんの顔はどこか青白い。この寒空の下、待たせてしまったんだよね……。
「……いい。というか、ここの人も中で休んだらっていってくれたけど。こっちで断ったから」
「そうなんですか……?」
「……苦手なの。人、多いところ」
気の良い女子寮の皆さんのことだから。リナさんに中で待ってもらおうとしてくださった。それを断ったのはリナさんだった。その理由も意外なものといえて……。
「……」
私は彼女を見た。今、こうして目の前にいる彼女は――リナ・ゼンガーなの?
感情豊かで、賑やかで。誰からも愛される。それが、リナ・ゼンガーのはずだったのに。
「ひとまず私の部屋にでも。落ち着いて話せますので」
「……別に、話があったわけじゃないから」
「そう、なんですか?」
私はきょとんとした。目的がないのに訪れてきたってこと?
「はは……意味わかんない。なんだろ、なにしにきたんだろ……」
リナさんの表情は晴れないままだった。
「……」
私は沈んだ表情のままのリナさんと、それから愛犬を見た。
「リナさん。少しだけ待ってもらえませんか?」
「……?」
私はリッカを連れて、一度女子寮に戻った。
そこからすぐに、リナさんの元に戻ってきた。手にもっているのは、マグカップ。中身はホットミルクなんだ。それを彼女に渡した。
「うちの寮長さん、気にしてくれたみたいで。私が用意するまでもありませんでした」
「……そう。ありがと」
受け取ったリナさんは、口にした。熱いっと一旦マグカップを離した。猫舌だったんだ、リナさん。彼女はふうふうと冷ましながら飲んでいた。
「リナさん。良かったら――お散歩行きませんか?」
リナさんは用はないとは言っていた。ただふらりと立ち寄っただけかもしれない。それでも、私は彼女とも時間を過ごしたかった――憂う彼女をどうしても放っておけなくて。
「お散歩って……今、行ってきたんじゃないの?」
リナさんは私たちの姿を見てそう言った。いかにもそうだった。
「はい。でも、今はいくらでも歩きたいんです。ね、リッカ?」
「わふっ」
モフモフもやる気に満ち溢れていた。彼は散歩のおかわり上等だった。
「……いいけど」
「良かった。それじゃ、ゆっくり行きましょうか」
リナさんがそっけなく返しても、私は提案を受けてくれたことが嬉しかった。笑いながらリナさんの隣に立つ。彼女の方も特に離れることなく、そのまま歩きだした。
「月、綺麗だし」
リナさんは満天の星空を見上げながら呟いた。
「……」
月が綺麗、ときたかぁ……。
冬花の記憶として残っている、有名なフレーズ――『月が綺麗ですね』。この世界の住民であるリナさんは知らないこと、ただ月が綺麗だから見たまま言っただけだろうと。
「はい、月が綺麗ですから」
私もそう思ったから。素直な感想を口にしていた。
「なに、真似とかしちゃって」
「ふふ、すみません」
リナさんはマグカップを片手に歩きだす。私もリッカを連れて、続いた。
静かな時間。ただ、夜風を感じて。ぽつりぽつりと会話して。
「……」
私は今になってわかった。どうしてリナさんとは話しやすかったのか。自分とどこか似た空気感だったのかも。
皆のアイドルなリナさんにも憧れるし、推してもいきたい。
こうして穏やかなリナさんもまた――。
「ふふ」
私は好ましく思っていた。
穏やかな空気だった。だからこそ、リナさんも。ご機嫌だったリッカも。私もそう――。
「……」
背後に迫る影に、気づいていなかった。
決して手出しはしない。危害を加えようともしない。ただ、『対象』の少女を見守るかのようだった――。
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