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第三章
ベクトルが向いているのは
「――ゼンガー一家、か」
「はい」
温室プールでの出来事。私はリッカの夕の散歩帰りに、面談室を訪れていた。モルゲン先生に頼みがあったから――もっと踏み込んだ情報が欲しいと。
あの一家は傍目は理想の一家――けれども、その裏は蠢くかのよう。私たちは表面しか掴めていない、限界を感じていた。
「俺の方でも探ってはいるんだ。もう少し踏み込んでみるか。そうだな……ルイ・ゼンガーはどうも狡猾だからな。中々尻尾を出さない」
「……はい」
狡猾。そう、そうなんでしょうね……加えて、私にとっては理解が追いつかない人。
「……モルゲン先生。私、ルイ・ゼンガーさんを怒らせてしまいました。昨日の撮影会の件でです」
どれだけ苦手意識があっても、今回の事件の被害者。できれば守れるためにも、良好な関係を得ておきたかった……。
「……昨日。ああ、水着撮影会か。うちの職員が保護者に連絡いれたんだよな。ただ、詳細が全然わからなくてな」
「はい……」
だから、だったんですね? ゼンガーさんが参加していたのは。そういうことだったんですね。
「……シャーロット。ゆっくりでいい。何があったか話してくれないか?」
先生は穏やかに語りかけてきた。私がゼンガーさんを怒らせたのは事実。そうだとしても、先生は私を責めることはなかった……いいのかな。
「お前が悪意があって、怒らせたわけじゃない。俺はな、ちゃんとわかっているから」
「はい……先生」
先生が優しく微笑んでくださる……私の心は少し軽くなった。事件の顛末を話すことにした。
「――昨日の撮影会、ゼンガーさんも来ていて、それで。リナさん、急にプールに入っていったんです。彼女……溺れてしまいました。泳げなかったんじゃないかなって。それなのに……だったから」
私は色々考えてみた。本来は泳ぎが得意なのに、意図せず溺れてしまったとか。
それとも――ルイ・ゼンガーから逃げる為か。
リナさん、最初は泳ぐのに抵抗がある姿を見せていた。だから、彼女は泳ぐのが得意ではない、勝手にそう考えた。ならば、やっぱり――。
……いえ、説明を続けましょう。沈黙が長くなってしまったから、先生もどうしたものかと見ている。
「……救助はその、ファンの皆さんのお力あって」
私は迷ったけれど、自分が飛び込んだことは言わないでおくことに。実際、皆さんの助けがなければ、救助は困難だったでしょうし。
「先生はな、わかっているんだぞー」
先生はそう仰った。何がわかっているのか……私もその意味はわかっていた。先生のことだから、察しているのかと。
「その……お父さんも、そうされようとしたのですが。私が、なんだろ。そうはさせたくなくて。他の人ならともかく……だから」
先生が続きを待っている。そう、これは普通に救助活動だから。私はどうしても意識はしてしまうけれど……うん、お伝えしよう。
「私から、人工呼吸をしました」
「……そうか」
先生の表情が一瞬曇るも、彼は笑顔になった。
「シャーロット、よくやったな。お前のしたことは立派だ」
「わんっ」
先生も、お膝の上のリッカもそう。私の行いを肯定してくれた。
「……はい」
私は救われる思いだった。
「話はわかった。それで、それだ。ゼンガー氏は機嫌を損ねたってことか? 娘の恩人だぞ? 理解の範疇を超えているな……」
先生は話を聞いて、思案した。そして、提案した。
「狙いを絞ってみるよ――リナ・ゼンガーだな」
「先生……」
「可愛い教え子だからな。あまり掘り起こしたりもしたくはないがな……俺はな、彼女が要だと思っている。ルイ・ゼンガーの―ベクトルが向いてるのは――『リナ』に対してだ」
「はい」
私も同意した。
……兄のケインさんとは、相変わらず疎遠のようだし。
「……月末、大晦日だよな。それよりもっと早く。何としても有力情報、手に入れて見せるからな」
「よろしくお願いします」
「ああ、任せろ」
先生はにかっと笑った。その笑顔に私も安心した。
「くーん……」
ただ、リッカが。彼は悲しそうに鳴いていた。
「……ルイ、悪い人なの?」
「リッカ、それは……」
春の女神を歌え奉る一族の彼。その彼を険しい表情で語るのだから、リッカがへこむのも無理はないよね……。
「……リッカ、あのな。春の女神を大切に思うのは、変わってないと思うぞ?」
「うん……」
リッカは沈んだ表情のまま、それでも先生の言葉を受け止めた。
「―さて。あの二人には俺の方から話しとく。ただ、あれだ。人工呼吸の下りは控えておくな」
「えっ……」
「肝ではあるだろうけどな。ゼンガー氏より先にリナを助けたことが気にくわなかった。それで十分伝わるだろうなって。あいつら勘づきそうな気もするけどな」
今回の件は、あの二人にも共有はしておく。ただ、人工呼吸の下りは伏せておこうと。この場で留めておくことになった。
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