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第三章
華やぐ木々の下での――惨劇
私は二人分のドリンクを零さないように、慎重に歩いていた。決して時間稼ぎではない、稼いでなんかいない。
あの二人はこっちに気づいたみたい。リナさんがアルトに何か伝えている。彼女は手を軽く上げて、小走りでやってきた。
「えへへ、シャーリー」
息を弾ませ、頬を赤くしているのはリナさん。
「リナさん……」
今日のリナさんは一段と可愛い、そう思った。睫毛が長い大きな瞳も、ふっくらとした唇も朱を引いたよう――唇も。
「……」
私はつい見てしまった。自分のやったことは人命救助、それ以上の意味はない。それに、リナさんも知らないままのはず。私は笑顔を作った。
「楽しんでますか? こちら、サービスのドリンクです。温まりますよ」
「わーい、ありがとう。アル君にも渡しとくね」
「はい、お願いします。あと他になにかありますか? お写真とったりもできますよ」
私はこの際、リナに要望を聞いておくことにした。
……それにしても。アルトから視線を感じる。それはリナさんも気づいていたようで。
「……アル君、気が散るなぁ。まあ、いいや。シャーリーもこっちおいでよ」
「えっ! あ……撮影とかですね。私も行きます」
撮影なり、アレコレ欲しいといったところかな。うん、行こう。幸せな二人を応援、応援と。
「やったぁ。それじゃ、行こ?」
「あ……」
リナさんはドリンク一人分だけ受け取った。空いた手で私の手を繋ぐ。ドキッとしてしまった。
「……あとね。プールの時、色々迷惑かけちゃってごめんね。私、あまり記憶がなくて」
「いえ、気にしないでください。ファンの皆さんが助けてくださったので」
「……ファンのみんな、かぁ」
手は繋がれたまま。リナさんは足を止めた。彼女は何か言いたそうにしている。
「ねえ、シャーリー。あの時――」
後ろの方から悲鳴が上がっている。何事かと振り返る。
そこにいたのは。
「ちょ、何なんですか!? 困りますって……!」
ロルフ君の制止を振り切って、こちらにやってくる存在――大型のクマの着ぐるみを着ていた、異様な雰囲気が漂う存在がそこにいた。
その闖入者は、こちらに向かってきていた。
「――サプライズって思ってたら……ははは、はははは」
声は男性か、女性なのか。変成器にかけられているようで、判別がつかない。
「俺の『唯一』にすり寄る……邪魔者がァ!!」
その者は足を止めると、隠していたナイフを手にし、憎悪の対象に狙いを定めていて。
「シャーロット!」
異変を察知したアルトは駆け寄ってくる。狙われているのは、私――。
「!」
私は反応が遅れてしまっていた。氷の力で対抗しようとするも――。
「……?」
誰かに、突き飛ばされた。私はその場に転倒する。見上げたその時に、目に映ったのは。
「ぐはっ……」
胸元を貫かれていたのは――リナさんだった。
「……リナ、さん?」
私を庇った彼女は、その場で倒れ落ちた。
何が起こったのかわからない。
もう、わからない。
「はは、ははははは……!」
その者は、ただ笑っていた。狂っていた。狂っているように笑っていた。
「……ああ、そうだ。お前はいつまでも――俺の思い通りにならない。これは天罰だ! はは、はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
狂人だった。ただ一人の狂人が勝ち誇るかのように、高らかに笑っていた。
「くっ……シャーロット、下がってて」
アルトはリナさんの遺体に心痛めるも、今は私を助けようとしている。
「……何が、王子様だ。お前も目障りだった」
「えっ」
一瞬のことだった。尋常でない動きで、その者は――アルトの首を引き裂いた。
「アルト……?」
リナさんに続いて、アルトまで。
目の前で。
一瞬にして。
「あああ……」
私は震えていた。自分を庇った二人がこうして。こうして――。
あの二人が。
「つ、捕まえなきゃ……」
私は今すぐにでも、泣き叫びたかった。それでも、氷の力を男に放とうとする。闖入者を暴き、捕らえること。それがせめてもの弔いだと。
「あ……」
弱弱しい氷の力は、その者に届かず。私も――。
「……お前が、お前が!」
その者はよほど憎かったのか。胸部をめった刺しにするだけでは気が済まないようだった。上乗りになって、首も絞めてきた。私は抗おうとするも、もう……。
「……」
力がだらりと下がった。意識も遠のいていた。
「さあ、行こうか――」
その者はどこかへ行こうとしていた。辺りは霧に包まれていく。
「……?」
私の真横に転がったのは、小さな何か。それが何なのか、触れようとした時には。
命を終えていた。
辺りに響くのは、拡声器による知らせだ。
『―学生殺害事件。被害者は、リナ・ゼンガー嬢。シャーロット・ジェム嬢。容疑者は不明。至急、情報提供を求む』
空白の画像のビラが、夜空に舞っていた。
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