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第三章
お兄さん
「おい、ケイン!」
先生は慌てて止めに入った。ケインさんを羽交い絞めにする。
「離してください、離せっ!」
ケインさんは先生に拘束されたまま、暴れている。それからも、彼女に向けて言葉を放つ。
「そうだよな! お前は所詮、そこしか逃げ場がないよな! ああ……そうだ。そこがお前の本来のいるべき場所なんだ! もういいよ、ずっとそこにいればいいだろ!」
「……おい。やめろ、やめろよケイン」
先生は気が立っているケインさんがしでかそうとしていること。それを察した。
ケインさんは止まりはしない。
「『お前』の生まれた家だもんなぁ! なあ……そうだよなぁ? ――この偽物が! 『リナ』の紛い物が!!」
「え……」
私が戸惑っている間にも、ケインさんは言いやめてなんてくれない。
「……ああ、シャーロットさんも騙されたままですね。とんだ間抜けだ! あなたも、他の取り巻き達も、こいつを偽者だと気づかないで!」
「ケインさん……?」
「こいつは偽者だ。ずっとリナの振りをしていただけの、哀れな女なんだよ! 俺はこいつの兄なんかじゃない! 俺は、俺は『リナ』だけの兄だ!」
「!?」
家の中から、何かが割れる音がした。それは、きっと――ケインさんの言葉を受けた彼女によるもの。
「はっ……なんだよ。傷つく権利でもあると思っているのか。俺だって、お前を妹だと思おうとしたよ。リナのようになろうとしているお前のこと。でも、ただただ痛ましいだけだった」
暴れていたケインは大人しくはなる。それでも彼は昏い顔つきのままだ。
「……お兄さん」
「……はあ?」
あえて。私は彼に対してそう呼んだ。ケインさんの顔は引きつる。
「すみません。私は見てきました。……彼女が懸命にリナさんであろうとしたこと」
「……は? 出会ったばかりで何を言っているんですか?」
ケインさんからしてみれば、昨日今日の知り合いであって。
「シャーロット、お前……」
先生は止めようとしたけれど、私の顔を見たからか留まった。ここは私に任せると、そういった感じだった。ありがとうございます、先生。
「そうでしょうね。でも私は――」
私からしてみれば、そうではない。日々を繰り返す中で、あなたたちのことを見てきた。
「そして、あなただってそうは言いつつも――見守ってきたと」
「だからなんで……」
それこそおかしいだろうと、ケインさんは抗議しようとするも。彼は私の目を見て怯んでいるようだった。
違ってませんよね、ケインさん? あなたは距離をとりつつも、心配はしてきたのだと。あなたのその揺れる瞳が答えなのでしょう?
「でも、いいです」
でも、それはいいの。私はね。
「私にとって、あなたよりリナさんだから」
「え……」
ケインさんのことはこのへんにしておいた。これで説得できるとも思っていなかったし、この人をどうこうしたいわけでもなかった。
私は彼女に逢いにきたんだ。
「……シャーロット・ジェムです。開けてくださいませんか?」
私は小さく扉を叩いた。相手からの返事はない。
「……そうですね。逃げたくなったから、そちらにいる。出てきたくありませんよね。私、待ってますから」
根気がいるでしょうけれど、彼女の方から出てくるの待つことにした。
「待ってます。あなたに逢えるまで、待ってますから」
私は望んでいた。彼女に寄り添いたいと。一人にはしたくなかった。
「……シャーロット。開けてみるんだ」
「でも……」
先生が提案してきた。私は彼の言葉に困惑した。それでも……先生を信じて扉のドアノブを回してみた。
「……!」
扉が、開いた。私はゆっくり入ろうとする。
「……あのね、お兄ちゃんを、責めないで」
私は手を止めた。扉の隙間から聞こえてくるのは、小さな声だ。
「……お兄ちゃん。最初はね、そうじゃなかったの。急に妹だって紹介されて。信じられないって顔していたけど。でもね、普通に、私のこと見ようとしてくれていた」
彼女は昔を懐かしむような声だった。思い出しているのでしょう。
「でも、私が……『リナ』でいたかったから。もらわれっ子の私じゃない。リナとして接してほしいって、私が望んでいたの。この人はそれに付き合ってもくれようとして」
「お前……」
彼女は『兄』を庇っていた。その言葉を受けた兄は何を思うのか。
「俺は……投げ出したのに」
ケインさんの切実な声がした。そう、そうだったんですね……あなたは向き合おうとはした。でも――本当の妹の存在もあったから。葛藤したあなたがとったのは。
距離を置くということ。それでも放っておけなくて、見守ってはいたのだと。私はそう思います。
「……ごめんね。『リナ』、上手く演じられなくてごめんね。明日から、また、リナになるから。それは私の望みでもあるから」
「……」
彼女はあれだけ言われても、ケインさんを責めることも恨むこともしない。
「……」
ケインさんの体から力が抜けきっていた。あれだけあった怒りが、彼からは消えつつあった。
先生は頷いた。私も頷き返す。
「……入りますね」
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