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第三章
染められる日々⑥
「ん……」
私は眠りから目を覚ます。ひんやりとした空間に静寂さ。ここは、いつもの鳥籠の中の夢だと思っていたけれど。
「んん!?」
天蓋付きのベッドに、たくさんの洋服や装飾品達。お姫様のような部屋の中。ここは、リナさんの部屋そのものだった。だとしても。
「……ここもまた、鳥籠の中なんだ」
立ち上がって触れたのは、薄い桃色の膜。透明ともいえ、屋根や壁をかたどってもいた。
――さながら、ドールハウスのようだった。
外の様子もわかった。いつもと変わりない、暗闇が広がっていた。
「ああ……」
ハート型の錠前は、どぎついピンク色に発光していた。その錠前から放たれるのは、ハートの矢じりの弓矢だった。
牽制するかのように、他の錠前たちを攻撃していた。壊しつくして、自分だけが残ろうとしているかのようだった。
「リナさん……」
言い寄る男を狼と決めつけて、除外しようとしている。リナさん、そのものだった。
私をこうして捕らえて、囲おうとしている。そして。
「……私、この恰好のままなんだ」
髪の毛が黒色で。顔立ちも、服装までもそうだ。この鳥籠の中でも、私は『リナ』の姿で――。
「――シャーリー、どこぉ……」
……リッカの声! でも一向にこっちに来ない。いつまでも遠くに聞こえる声、彷徨っているの?
「リッカ! 私はここだよ!」
私は内側から叩いて知らせる。大声を出して、リッカに知らせようとするも。
「……防音?」
あれだけ耳の良いリッカに届いてない……? 私からの声は届いていない。それだけではなく。
「ごほっ……匂いもわからない」
強烈な匂いがしているというの?
「匂いって……」
側にいすぎて、私自身もわからなくなっていたもの……彼女の香水の匂い。当たり前で、それでいて心地よい匂いだと思っていた。思っていたのに。
「ごほっごほっ……」
違和感に気づいた私は、むせてしまっていた。
「シャーリー、シャーリー――」
リッカの絶望の声が……そしてついには。
「リッカ……」
声が聞こえなくなってしまった。
私の意識はしっかりしていた。それでもなお――リナさんは逃そうとはしない。
彼女に『染められる日々』は続いたままだった。
「リッカ!」
私は飛び起きた。
「!」
見上げると天蓋が見えた。即、横に転がり落ちるかのようにベッドから離れた。
「……なあにぃ、シャーロット? 朝からなにやってんの?」
パジャマ姿のリナさんが、コーヒーを片手に呆れていた。
「……すみません。おはようございます」
私も同じデザインのパジャマを着ていた。ここは夢の中ではない。学園でのリナさんの部屋なんだ……。
「まったくもう……」
リナさんは仕方ないなと笑っていた。床に座り込んだ私を見て、目を細めていた。
「おはよ。起きてきたことだし、あんたのも淹れたげる。いつものでいいんでしょ?」
「はい……」
「ん。待っててね?」
リナさんは座っていた私の髪を撫でた。黒くて艶やかな髪。
「……あのね。私、あんたの元の髪も好きなんだ……好きなんだけどね」
「リナさん?」
リナさんはさらりと黒髪を一束掴んで、ぱらぱらと流した。
「ううん? 今から朝食、私の方で作るから。あんたは身支度でもしてきて」
「はい――」
目に留まったのは、新聞紙だった。くしゃくしゃになって、ゴミ箱に突っ込まれていた。私は中腰で近づき、その新聞を手に取った。
「式典、成功に終わる。ただ、ゼンガー氏の精彩は欠いており――」
はっとした。新聞の日付は一月一日。もう式典は終えており――ルイ・ゼンガーの生存は確定されていた。
「はい、没収」
後ろからやってきて取り上げたのは、エプロン姿のリナさん。私から奪い取ったそれを、びりびりに破って、再度ゴミ箱に捨てた。
「今日って、もう新年なのでしょうか……?」
「なあに? 朝っぱらから、ボケボケ? ――ま、そうだけど? 昨日のこと、覚えてないの?」
「はい……」
私の記憶がおぼろげなうちに、大晦日が終わり、そして新年を迎えていた。
ルイ・ゼンガーが生存という、その目的は達成できてはいても。
「なにが……」
なにがどうしてこうなったのか。私はひたすら不安だった。
「ふふ……」
リナさんは後ろから顔を覗き込んできた。どきりとする笑顔で。
「シャーロットったら、忘れちゃったの? あれだけ、二人っきりでいたのに? 二人で、ゆっくり……じっくり過ごしたのに?」
「……え」
リナさんは蠱惑的に笑う。私はその色気に顔を赤くしつつも……全く記憶になかった。
「……なんなのよ、ふん。ほんと、記憶がないようね」
リナさんはがっかりしていた。肩を竦めつつ、彼女は話す。
「……特になにもなかったわよ。あんた、寝てばっかだったし。私も出かけていたし」
「え!」
「なんでそっちのがリアクション大きいのよっ」
ほぼ一日寝て過ごしたという。その事実に私は驚愕していた。リナさんは不満そう。
「疲れでも溜まってたんでしょ。私の方で色々やっておいたから。そう……色々とね」
「ありがとうございます……」
「いいの。ほら、今日も休んで。疲れ、顔に出てるわよ?」
リナさんがベッドで横になるようにと伝えてきた。彼女の指摘通り、私は疲労が蓄積していて、今もまだ眠気に襲われたままだった。ここは甘えることにしたけれど、その前に。
「……それで、リナさん。リッカのことなんですけど」
「リっちゃん? ああ、村で預かってもらってるから。裏に住んでるオーナーの人。だからさ、今は自分の心配をしなさい」
リッカ、オーナーに預かってもらっているんだ。すごく懐いているから安心……ごめんね、明日には迎えに行くからね。
「そうなんですか……わわっ」
私はリナさんに寝かしつけられた。リナさんはあやすように微笑む。
「……でね、元気になったらお出かけしようね?」
「はい……」
「ふふ、ベッドで食べさせてあげる。待っててね?」
「はい……」
「あら、素直。いい子」
朝食まで横になっている私、近くに腰をかけるのはリナさん。彼女は私の頭を撫でると、キッチンに戻っていった。
「……」
孤児院の院長先生か、それとも――冬花の幼かった頃にかな。懐かしい感覚だった。
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