春の女神は知っている。~モフモフと力を合わせて、ヤンデレメリバフラグ回避してみせます!~

古駒フミ

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第三章

染められる日々⑧


「……!?」

 扉が何回も乱暴に叩かれる。その来訪者に顔を青くしているのはリナさんだ。この淀んだ気配……うん、来たんだね。

「――リナぁ? パパだよ? いるんだろ? 開けてくれないかぁ?」
「アイツは……!」

 リナさんが言う『アイツ』の存在。

 そう……強くなった、無敵だと。そう何度も言う彼女が、本当に怖れていたこと。怖れていた存在。

「リナ? リナ? リナリナリナリナリナリナリナリナリナリナリナリナリナリナリナリナ?」

 彼は何度も『リナ』の名を呼ぶ。優しい声だ。娘思いの父親。そういったものだった。

「……」

 彼女は何も言わない。ただ、帰ってくれるのを願っていた。

「……ああ、違うな。私の――エマ」
「!」

 彼女は――エマさんの体は震えている。脂汗も止まらない。

「……そうだね、パパじゃない。ほら、俺だよ? 君を愛してやまない俺だ。この家で、俺を待っててくれたんだろ?」

 そう、父親の声ではない。
 ……欲情している声だった。

「……かえって」
「うーん? 聞こえないなぁ? そんなこと言わないよなぁ? だって、エマも俺のこと、だいすきだもんなぁ? ずーっと、昔から。なぁ?」
「……いいから、かえって」
「聞えないなぁ!」

 男はドアを蹴り破った。いつでもそう出来ただろうに、あえてそうしなかったかのようだった。

「おや……」

 愛しのエマと同じ格好をした私には蔑む目を。それよりも今は愛しのあの子だと、ルイ・ゼンガーはすり寄ってきた。

「……もう、その恰好はやめにしないかい? なあ、エマ? 君に似合う服、装飾品もたくさん贈り続けてきただろう? どうして、そっちにしてくれないんだい?」

 ルイ・ゼンガーからの贈り物。リナさんがクローゼットの奥深くに押し込めていたもの。
 それは――エマさんへの贈り物だったんだ。

「俺は娘としてリナを愛していた。そして、君はリナではない。エマという少女なんだ。ケイン達がリナとしてしか見ていないとしても。俺だけが君を――エマとして見ているんだ」
「……近づかないでっていってるでしょ」
「おや、今更どうしたんだい。君からだったじゃないか。当時、迷っていた俺に。幼かった君が声を掛けてくれた。俺の――救いになってくれたのに」

 男はただ、目の前のエマに想いを告げていた。

「……いい? 今なら見逃してあげる。私達の方から、あんたから去ってあげる。だから、はやく消えて!」

 エマさんは俯いたまま叫んだ。

「あ……」

 旅行に行くと言っていた彼女の本意、それがわかった。そのまま遠くに逃げて、この男の前から去ろうとしていたんだ。それが一番穏便に済むと。そう考えた上で。

「はやく消えてってば……」

 体は震えたままだ。彼女は自身を抱きしめている。その姿は。

「……おやおや、奮えているね。俺が……怖いのかな?」
「……違うったら!」

 ルイ・ゼンガーにはかよわき乙女として映っていた。エマさんはまだ、己を抱きしめたままだ。

「……」

 この人の存在がエマさんをこうさせている。私は彼女を守りたいの。

「……お引き取り願えますか。きっとあなたは彼女に酷い事をしてきた。許しもされないこと。彼女が辛そうにしているの、わかりませんか?」

 私は前に出た。一度は自分を殺めた男であったとしても、今は震えている彼女を守りたかった。いつでも氷の力を使えるように、私は構えていた。

「……本当に、邪魔だなぁ。いつだってそうだ」
「……」

 ルイ・ゼンガーとはイベントの日に会っただけ、今回はそうなのに。それでもなんだ。彼には私に対する妬みと憎悪は残っていた。これもまた、積み重なっていたもの……。

「……邪魔なのはあんただよ!」

 リナさんは叫んだ。途端、どこからともなく大型のぬいぐるみたちが出現してきた。彼らはルイ・ゼンガーに絡みつくように拘束していた。

「な、な、な……」
「あのさ、学習能力ないわけ? なんで、ノコノコやってきちゃうかなー?」

 ルイ・ゼンガーにとってはトラウマそのものだ。リナさんは嘲笑う。

「え、えま? これ、やめてくれないかな? あ、また強制退場かい? ら、乱暴だなー?」
「強制退場かぁ。うん……そうかも――あんたの人生の」

 桃色の瞳をした彼女は、近くにあったナイフを手にとる。それを彼に向けながら、ゆっくりと近づいていった。

「――ねえ、おじさん? そのままね、ぬいぐるみちゃんに首をコキってやられるかぁ? ……愛しのエマに殺されるか。どっちがいい?」
「エマ……冗談だろ」
「……なんで冗談だと思えるの」

 エマさんの目に宿るのは、紛れもない殺意だ。桃色の瞳はより濃くなる。

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