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第三章
染められる日々⑨
「瞳の色……待って、エマさん!」
あまりにも覚えのある状況だった。私は止めに入ろうとするも、彼女のぬいぐるみたち遮られてしまう……!
「……エマと呼ばないでってば。ほら、早くしてよ――おじさん」
「ああ……また、おじさんって呼んでくれるんだね……あの頃のようだ」
ルイ・ゼンガーは何かを懐かしむようだった。
「きっも……。ま、いいけど。私は優しいから。最期くらい、あんたにも優しくしてあげる」
吐き捨てるかのように言いつつも、リナさんの目は笑んでいた。
「――ねえ、おじさん。とても、つらそうだね。なきそうなおかお、してる。どうしたの?」
「ああ、エマ……」
リナさんは手にしたナイフを強く握りしめた。彼女自ら引導を渡すことになりそう、それなのに。死が迫っているというのに。
ルイ・ゼンガーは嬉しそうだった。
「じぶんがまちがっていた? わたし、わからない。でもね、おじさんがしあわせだっておもうなら。それ、まちがってないよ。おじさんがね、がんばっていたら、それがせいかいだって。みんなもきっとわかってくれるよ?」
「ああ……」
「……昔の私、なにしてくれてんの。こんな男に声を掛けなければ!」
「リナさん!」
ナイフは今にも、彼の胸元を貫こうとした。それをぎりぎりのところで止めたのは私だった。ナイフを掴んだ手は、血が流れていた。
「シャーロット……?」
「くっ……」
氷で固められたのは、ぬいぐるみたちだ。ルイ・ゼンガーの拘束も解かれる。
この人が自由なのもまずい。だから、私は彼も凍らせようとしたけれど。
「……っ」
痛めた手で、思うように力が揮えない……茫然としている今にでも、やってしまわないと――。
「あ、あんた何やってんのよ! やるなら、あっちでしょうが!」
そう、その通りなんです……それでも私は……。
「あんた、なんなの……」
エマさんは手にしていたナイフを落とした。私を止血しようとまで。
「ふふ、そういうところ……」
痛みをこらえながら、私は笑った。エマさんは眉をひそめた。何を笑っているのかと。
「だって、あなたは……この人を殺したくない」
「……は?」
「ぎりぎりまで我慢していたのも。私を連れて遠くに行こうとしたのも。最悪の選択肢をとりたくなかったから」
「……だから、何言って」
エマさんは目をそらす。私は構わずにまっすぐに見つめる。
「あのね、エマさん。私、この人のこと最低だと思っているから。だから報いは受けてほしい」
「……」
「でも、あなたは違う。あなたが望まないなら――手は汚さないでほしい」
だから、だった。私が咄嗟に思ったこと……エマさんの手を汚したくなかった。
本当なら、ルイ・ゼンガーを凍らせるべきだった……それなのに。
「シャーロット……」
エマさんの両手は震えていた。私の手に触れた時についた血。
もしかしたら、自分の手によって起こり得た血。
――あの男の血によって、汚れてしまっていたかもしれない手。
「エマさん……」
彼女ならきっと、そうはしない――そう信じられた時だった。
「邪魔するなぁぁぁ!」
「!」
ルイ・ゼンガーはナイフを隠し持っていた。左胸をつかれた私は倒れて――。
「シャーロット!」
駆け寄ろうとするエマさんを前に、ルイ・ゼンガーは立ちはだかっていて……。
「ははは、エマ! これで邪魔者はいなくなった、ははははははは!」
彼は勝者のように笑っていた。もう自分とエマだけだと勝ち誇っていた。
「……最低な人」
「なっ!?」
私は最期の力を振り絞って、ルイ・ゼンガーの足を氷の力で固めた。本当なら全身をそうしたかった……でも、もう、限界だった。
「私、あなたを、しんじて……」
「シャーロット……シャーロット!!」
もう、意識も途絶えてしまいそう。エマさんの悲痛なる声も届かなく――。
「……エマ?」
「……」
エマさんは屈む。地面に落ちたナイフが、そこにある。心臓部は無防備だ。それを手にとって、この男の心臓を貫けば。
「そうすれば……あんたに報いることはできる……できる、けど」
『私、あなたを、しんじて……』
「うう……」
エマさんはそのナイフを手にとることはなかった。頬に伝わるのは涙……。
「エマ……?」
「シャーロット……シャーロットぉ……」
エマさんはもう、男のことなど視界入っていない。私を抱えたまま、泣きじゃくっていた。
エマさんの胸元から姿を覗かせる、小さなクマのぬいぐるみ。
淡く光っていた。
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