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第四章
禁足地の花
長く歩いた末、辿り着いたのが常緑の庭園だった――庭園の美しさに見入った女神が、時折降りてくるようになったと。伝承に残る場所でもあった。
「綺麗……」
そこは、冬を忘れさせてくれる場所。緑が生い茂り、瑞々しい花々を咲かせている。手入れの行き届いた、美しさを誇る庭園だった。
曇り空の下でも、これだけのもの。晴れていたらどれだけ美しかったのかな。
「くんくん」
私が見惚れている間に、リッカが奥へと移動していった。匂いを辿りながらだ。
「リッカ、待って……!」
リードをぐいぐい引っ張っていく。私は慌てて追いかけた。
「わあ……」
リッカを追いかけた先――私は目を奪われた。
深い木々の中、木漏れ日が差す。ここだけが天候が関係ないといわんばかりに。
清浄な空気が漂い、神聖とも思える場所でもあった。
「すごい……」
そこにあるのは、巨大な一輪の花。花の香りも芳しい。
「ああ、なんて……」
……見ていると堪らなくなってくる。温かな愛で守られているかのような、泣きたくなるような気持ち――私は祈らずにはいられなかった。
「へっへっへっへっ」
リッカも口を開けて、微笑んでいた。リッカにとっての大切な存在――春の女神に向けるかのような眼差し。
「リッカが連れてきてくれたんだね」
「わふっ」
光を浴びて、純白な子犬がより輝く。神々しくみえて――遠くの存在のように思えた。
「――お嬢さん方、いらしたのですね」
「こんにちは。さっきぶりですね」
凛とした声がした。鉄道で一緒になったご婦人だった。
「お会い出来てよかった。お嬢さん、こちらに訪れてしまったのね」
婦人は光に目を眩しくするも、巨大な花を見上げていた。彼女は語る。
「……そう、巡り合わせかしら。本当はね、こちらが女神様ゆかりの地――あちらの庭園はね、人の手が入ったものに過ぎないの。多くの人は、充分美しいと愛でるのでしょうね」
「……」
充分に美しいと思った人がここにいた。私だ。俗人だ。
「……私も、入口の方で充分綺麗だと思ってました。それと、この子が連れてきてくれたので」
私は恥ずかしさのあまり、顔が赤くなった。リッカは首を傾けている。
「ふふ、正直なお嬢さん。美しいと思える心、とても大事だと思いますよ」
ごめんなさいね、と夫人は謝りつつも。
「――そして、老婆心に一つ」
柔らかく微笑んでいた婦人が、無表情となった。その差に私はどきりとしてしまう。
「……『こちら』は神聖なる地。禁足地といえるかしら」
「え……」
「わたくしもすぐに戻ります。お嬢さん方、あなた方もすぐに立ち去りなさい――あの者達に見つかる前に」
あの者。私が尋ねようにも、婦人は首を振る。そこまでは教えてくれないようだった。
あえて、でもあったのかも――知らなくてもいいと、告げているかのようで。
「――以上よ。『あちら』の庭園は美しい、その通りなの。人の手によるもの、届く範疇。お嬢さん、あなたは正常なのよ」
それを伝えたく、婦人は追いかけてきてくださっと。こうして踏み入れられる彼女自体、謎でもあったけれど……。
「では、わたくしはこれにて。ごきげんよう」
「教えてくださって、ありがとうございました……」
婦人は光に溶け込むかのように、消えていった。
「……禁足地」
彼女の戯言とは思わなかった。
「リッカ、戻ろう」
「……くうん」
リッカの尻尾は下がった。女神を感じられる場所にもっといたかったよね……。
それでも、リッカは引き返すことにしたようだ。我慢、させてしまったね……。
「……ごめんね。あっちの庭園も綺麗だから。じっくり見ようね?」
「わふっ」
リッカは私の足元にすり寄った。気遣ってくれたんだね。どこまでも優しい子……。
「あ……」
「くーん……」
庭園に戻ると、観光客たちはいなくなっていた。この大降りによるものだった。豪雨も豪雨だった。
禁足地にいる時は晴れ間の中だったけれど、こちらでは雨が降り続いていたのかも。
「っと、カッパ!」
私はひとまず自分のコートをリッカに被せ、リュックから雨合羽を取り出した。リッカも大人しく着させられていた。私もコートを着直して、その上から雨合羽を羽織る。
リッカを抱え、鉄道駅へと戻ることにした。キャリーバッグを預けていたのが不幸中の幸いだったと思うことにした。
「リッカ……駅でもね、お土産売ってたから。そこで美味しいもの食べようね」
「わんっ」
この豪雨では留まることも厳しい。楽しい旅になるはずだったのに、こうなってしまったから……せめてと。私は気持ち明るめに伝えた。
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