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第四章
こわかった……
「……」
「……」
玄関の扉を閉めて、私たちは立ち止まった。玄関扉を背に、先生は語り始める。
「突然だったな。いてもたってもいられなくて」
「……それは」
先生は処刑の現場に立ち会っていた。目の当たりにしていたんだ。助けようともして――。
「……すまなかった。何も出来なかったな」
先生は左手で顔を覆っていた。彼がこうして弱さを見せることは、珍しかった。
「そんなことは……」
「そんなことはある。俺は……生温かったんだ。もっと焼き尽くすくらいに――」
「先生」
私は彼の利き手である右手に触れた。この大きな手で放たれるのは――炎の力。私は存じていた。それが巨大な力であるということも。実際に可能だったことも。それでも。
「……先生。私は、そうじゃなくて良かったです。先生にそうはさせたくなくて」
人を殺めたこともない、綺麗な手。一瞬触れた手をそっと離した。
「どうして、何も出来なかっただなんていうの。先生が、来てくれた。あの場にいる誰もが、全員が。私に殺意を向けてるって。そんな中で、あなたは――」
声が、震えてしまう。リッカやアルトたちもいない。誰もが恨みを向けてきた中、あの場の中でモルゲン先生だけは違っていた。
先生は、本当に。
「……救い、でした」
「……そうか」
あの場での最期の瞬間、一人だけでも味方でいてくれた。
「ごめんなさい、モルゲン先生……。嬉しかったのは本当です……でも、先生を巻き込んでしまって。私が、きっと、私が元凶なのに……」
泣くのだけは避けたかった。今は泣くべきではないと思っていた。あの奇妙な夢を鵜呑みにするのもよくないけれど、そう思わせるだけのものがあるのも確かだった。
私の死は運命づけられ、大切な人たちも巻き込まれていく。いつだってそう……。
「あのな……泣いてもいいんだぞ」
「……お気持ちだけで。これ以上、ご心配をかけたくありませんから」
「……自分は教師だって、わかってるんだけどな」
苦笑していた先生が距離を詰めてきた。
彼が触れるのは、私のカナリア色の髪。いつものように撫でるのではなく、そっと触れるだけ。
「先生……?」
私は戸惑った。その手つきも、表情も――いつもの彼とは違うものだったから。
「……お前はずっとそうやって、気持ちに蓋をするからな。お前が言ってくれたらいいのに」
先生は私を見つめ、そして懇願する。
「……弱音、吐いてくれよ。我慢もしないでくれ。俺はな、お前の味方なんだ。それは絶対に覆ったりしない」
思えばだった。先生はずっとそうだった。
最初のループからも。豹変する彼らの中、モルゲン先生はずっと――彼のままだった。
出逢ったばかりなのに、こんなにも信頼が出来る相手でもあった。奇異な運命にさらされる私を支え続けてくださっていた。
そんな人を前に私は……ううん、だめだって。
「私は平気ですから……気持ちだけは、負けるわけにはいかなくて。だって、ここでめげていたら、何もかもが……終わってしまうから」
「ああ、わかってる」
「怖がったりしている場合じゃなくて、しっかりしなくちゃって、迷惑かけないようにって……思っているのに……」
先生は穏やかな目をしていた。ただ、私の言葉を待つ。
いつだって優しい人。味方でいてくれる人。執着と悪意が渦巻くこの世界で、変わらずにいてくれる人。出逢ったばかりなのに――その存在には安心が出来ていた。
「先生、私は……」
「ああ」
その声も心地よかった。どこまでも安心させてくれる声だった。
私はもう……取り繕うことも。強がることも。
「こわかった……。いつも、いつもこわくて……」
――もう、出来なくなっていた。瞳から涙が溢れ出して、止まってくれない。
今までの日々で、私は思いを露呈せずにいた。積み重なった恐怖によって、この感情は決壊していた。
「……ああ、そうだよな。お前は何も悪くないのにな」
「いいえ……私が、私がこんな目に遭うようなことをしたんじゃ。そうでなきゃ、こんな……」
先生は泣きじゃくる私の頭を撫でるものだから、もっと涙は止まらなくなった。もう、我慢がきかなくなっているようだった……。
「ごめんなさい、先生……止まらなくて……」
「……シャーロット」
その手は髪の毛から、私の頬へ。手にしたハンカチで涙で拭っていた。私が反射的に目を閉じると、小さな笑い声がした。先生がまた、初等部の子に対するそれを行ったのか。
「すみません、私まだ……」
私の涙は止まらなかった。こうして泣いたのは久々だった。涙腺が崩壊していた。
涙が止まってくれない……それでも。
「いいんだ、シャーロット……」
先生の声はどこまでも優しくて。
私は、私の心は――。
「……シャーリー」
――小さな足音がした。遠慮がちに声をかけてきたのはリッカだった。
「シャーリーの泣く声が聞こえてきたから。僕、君が悲しいのいやだ……」
「リッカ……」
リッカ自身も元気がないでしょうに、私が悲しんでいるからって……。
たまらなくなった私は、彼を抱き上げると顔を寄せた。
「リッカもごめんね……しばらく、付き合ってね……」
「うん、シャーリー……」
モフモフと高めの体温が心地良かった。私はより抱きしめた。
「――そうだな、慰めてやってくれ。本当に久々だろうから……」
先生は眉を下げて笑うと、台所を借りると申告していた。朝ごはんを作ってくださると……。
「……何から何まで、すみません。ハンカチ、洗ってお返しします……」
私は泣いたままで謝った。
「ははっ、お前はこんな時にもだな。まあ、そうだな。いつでもいいから、そうしてくれ」
先生は苦笑いしながら、今度こそ台所へ。この言葉も残して。
「……こういう時くらいはな」
安息の時であるように、と。
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