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第四章
縋られる日々――ララシア⑤
「すうすう……」
リッカは相当眠かったようで、私の腕の中で寝たままだった。それもそうだよね……連れ去られてからずっと、気を張っていただろうから。ごめんね、ありがとうね、リッカ……。
私は一度ホテルに戻ることにした。その為に海岸部に出ていた。
「綺麗な海……」
私は潮風を受けていた。心地よい風だった。
広大なララシアの海。漁業に勤しむ人々や、水遊びを楽しむ人々。ララシア人で賑わっていた。これが観光客も加わっていたともなると、人でごった返しになっていそう……。
「――え」
これは人の歌声? ううん、動物の鳴き声のようだった。歌うように鳴く声。私はつられるように、声のする方向を見た。
――美しいイルカが一頭。水面を飛び跳ねていた。白い色をしたイルカだった。
白イルカは鳴きながら、ある場所を目掛けて泳いでいく。その姿はまるで、私に案内をしているようであり――。
「……リッカ、ついていかせてね」
私は疑問に思うこともなく。そのイルカの後を辿ることにした。何も危険と思うこともなく、穏やかな気持ちのままでゆっくりと。
――白イルカに誘われていった。
砂浜から岩場を超え、古びた桟橋へと辿り着いた。
「あれ……」
白イルカの姿は見えなくなっていた。その代わりというか、佇んでいたのが。
「……娘さん? 何故、この場所に」
「あなたは……」
杖をついたご年配の人、歓待の場にいた人物だった。足場が安定しないこの場に、ただ一人で。
「……心配には及ばん。通い慣れている」
「はい、すみません……」
同情していたこと、見抜かれていたんだ。私は萎縮してしまった。
「……」
「……あの」
こちらの男性は黙ったまま。沈黙に耐えきられなくなったのは私、そもそも質問もされていたから。そうだね、お答えしないと。
「その、どうしてこの場所に来たかですよね。白いイルカに連れてきてもらったみたいです」
「……」
「到底信じてもらえない話だって、思ってます」
今となっては、幻と思える存在なのかなって。白いイルカは実在の生き物というけれど、目にしたのはあまりにも神々しく、眩い存在であったから。まるで――。
「――『水の女神』か。私達が信仰している神は、白いイルカの姿となって現れる。そう伝えられてきた」
「水の女神様、ですか……?」
「さよう」
「神様が……」
春の女神ときて、水の女神……神様。突然の存在に、私は畏怖するばかりで……。
「……あの方が、この少女と引き合わせてくださったのか」
おじいさんは海を見ていた。ううん、その遥か遠くを見ているかのようだった。それから彼は寝息がする方に目を向ける。そこで寝ているのはリッカで。
「……ほう、あんたの犬か。いや――女神の眷属といったところか」
「!」
愛らしい寝顔の子犬を見て、彼は言い当てた。私は驚愕するも、表情では取り澄ます。リッカが春の女神に関わる存在だと、露見してはまずいと思っていたから。
「……いや、戯言だ。忘れてくれ」
「……はい。この子は普通の子犬です。本当に」
「ああ、わかっている。ただ、言わせておくれ。この犬は、娘さんの守り手になってくれる――大事になさい」
「はい」
私はしっかりと頷いた。死と執着の日々の中、リッカの存在はお守りでもあり、支えでもあるんだ。
「……娘さん。坊が大事か」
「!」
突然の問いだった。
「少なくとも。坊はあんたに思い入れがあるようだ」
「私は……」
おじいさんが続けるも、私ははっきりと答えられない。エドワード君とのことを考えると、どうも私の思考は不明瞭になってしまって……だとしても。
「ごめんなさい、上手くはいえません。ただ、彼には笑っていて欲しいなって。そう思っています。力にだって……なりたいです」
今の自分が抱いている気持ち、それを伝えた。
「……あんたが大事に思っていることはわかった。娘さん、ならば――明日、話しておきたいことがある」
「明日に、お話でしょうか……?」
それも今ではなく、明日なの? 私は不思議に思った。
「ああ、そうだ。このララシアを、そして坊を見て欲しい――見た上で、考えて欲しいのだ」
私から背を向けると。
「――明日の夜、儀式を終えた後。私はこの場所で待っている。勿論、強制はしない。知らなくても良い事だろうからな」
そのまま歩きだしていく。
「はい……」
私は去り行く人を見送った。
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