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第四章
ララシアの少年②
「……!」
私は少年を追いかけた。窓から外を見た。
『――鎮まるのだ、偉大なる海の女神よ』
水面の上に立っていた少年は、震えていた。本来は儀式を務める年齢でもなさそうだった。それも相手は怒り狂ってるのならば。少年は恐怖で立っているのがやっとだった。
『我が名はエドワード・アタラクシア――』
少年は波に足をとられ、体勢を崩してしまう。倒れた拍子に、錫杖も落としてしまった。頭からずり落ちた王冠も……。
『ああ……』
錫杖も王冠も――海に飲み込まれていった。少年は手を伸ばすも、届かず。
荒波に放り出された少年に、近寄る影があった。少年は警戒するも、それはすぐに解かれた。馴染みのイルカだった。けれども――。
『そなた……一体どうしたというのだ!』
『キエエエエエエエ!!』
かつての純白のイルカは――真っ黒に染まっていた。奇声を発し、暴れ回っている。少年が説得しようにも、まともな精神状態ではないようだ。
『落ち着くのだ! 余がわからぬか! エドワードぞ! この国の――』、
少年は暴れるイルカを宥めようとするも、弾き飛ばされてしまう。困りきった彼は、ふと空を見上げた。見上げ――絶望した。
淀んだ空。漂う邪悪なる香りに汚染され、激しい雨は変色していった。毒々しい紫色の雨。
――死の雨だった。
『な、なにを……』
少年は目を見開いた。瘴気をまとった雨は、ララシア全土に降り注いだ。止まることもなく、轟々と。都も森も砂浜も。降られた場所は朽ちていく。民の叫び、絶命する音。平和だった日常が壊れていく。奪われていく。
『余が、余のせいなのか……』
少年の渇いた声が、した。
『余が王に足らなかったが故に……余が、儀式を失敗に終わらせて……余が、余が』
それから――少年は絶叫した。ひとしきり泣き叫び、静まる。その時だった。
『……け、聞け、殿下よ!』
『おきな……?』
老人の声がした。姿はない。どこからともなくだった。
『この邪なる雨は、まだ勢いを増すばかりだ! 今すぐ潜れ! 海は殿下を守ってくださる!』
『だって、翁……余が、余が未熟だったから……』
少年は自責の念に駆られていた。幼い素の姿になって、泣きじゃくっていた。儀式は父だったら見事に終わらせていた。自分が、王に足らない自分が、と。彼はその思いに囚われていた。
『違う! 殿下のせいではない……邪なる者のせいで』
『うう……余が、余のせいなのだ』
少年は聞き入れることはなかった。このままでは――この少年まで失うことになる。老人はそれは避けたいのがみてとれた。
だから、こう言葉を吐いた……吐いてしまった。
『……ああ、そうだ。儀式は失敗に終わった。殿下に力があったなら、変わっていたかもしれない。だとしても、これで終わるな! ララシアを……終わらせるな!』
『ララシアを……終わらせない』
幼かった少年は、この言葉をどう受け取ったのか。少年は海に潜っていった。深く深く潜っていく。
『……』
外での悪夢のような光景が遠く感じる。少年は海に身を委ねながら、考え続けていた。
生き残ってしまった元凶の自分。ただ、生きる道として残されているのなら――それは、かつてのララシアを蘇らせることなのか。
「……エドワード君」
私は窓を閉めた。これが彼の抱えてきたことだ。そして――ララシアが崩壊するに至ったこと。
「……君じゃなかったのに。知っていたなら、もっと違っていたはずなのに」
元凶が他にいたんだ。なのに……もうそれを知る術はないという。証拠となるものも、消えていた。首謀者たちもおそらく――生きてはいない。
『……この国はもう、終わりだ。私達は怒りを買ってしまったのだ』
『王亡き今、我らも共に――』
「……!」
私は手で顔を覆ってしまった。城に残された人々は皆――生き残れたかもしれない。それでも、疲弊しきった彼らはそれを望みはしなかった。
ララシアの過去を見た。儀式が失敗に終わった日。絶望に包まれた夜。
「それでも私は……!」
私たちがしようとしていること。
ララシアの真実の姿を取り戻すこと。
優しい夢から目を覚ます為に。
「君に伝えないと。ねえ、エドワード君。まだね、たくさん話したいことがあるんだよ」
エドワード君を一人にはしておけない。私は宮殿内を駆けていく――。
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