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第四章
君の宝物
海を臨めるバルコニーに出た。そこにはある人物が荒れる海を眺めていた。
ララシアの王族衣装を来た、背の高い人物。彼はゆっくりと振り返る。大人びた顔つきだ。無邪気に笑っていた少年は――精悍な顔つきの青年に成長していた。
「……来てしまったのか、そなたは」
エドワード君は青い瞳のままだ。正気ではないはず、それなのに。
「そなたの声が、聞こえた気がした。この嵐の中、聞こえるはずもないのにな。……何故、来てしまったのだ。余は、そなたに何をするかわからないぞ」
彼は私を案じているかのようだった。近づくなと制しているのも私を思ってのこと。
それなのにね、私は近づこうとしていた。彼に歩み寄ろうとしている。
「……そなたはわかっておらぬのだ。余とて下劣なこと、下種なことを考えるのだぞ――この宮殿に閉じ込めたくなるとも」
エドワード君は理性を働かせようとしていた。彼自身の衝動を必死に抑えているかのようで。
「……もう、余はおかしくなりそうだ。もう、何もかもが」
「エドワード君。私はね、君が抱えてきたことを知ったから」
私は歩みを止めない。
「……うん、知ってるんだ。君がもう、一人じゃどうにもできなかったって」
「……何を、申すのだ」
エドワード君は首元のペンダントを触っていた。無意識だった。
「ねえ、エドワード君。君は本当に今のままでいいの?」
「なにを……」
エドワード君が困惑しようが、私は止まらない。止まらないんだ。
「クラーラさんを襲撃した時にね、本当は君はわかっていたと思った。あの後、金糸雀隊に横やり入れられなければ、君は――終わらせようとしていた」
「そのようなことは……」
「私はそうだって、君を信じている。あの時の君も。今だってそう」
「……!」
私は迷いなき目でエドワード君を見た。怯んでしまったのは、彼。
「……弱さを見せられるって、君は言ってくれたよね。なら、今も弱さを見せて。今までだってそうだったでしょ。私は君の弱さも受け止めたい」
「あ……」
そうだったでしょう? 君はこれまで散々縋ってきた。私に弱さを見せてばかりだったのに。
「はは……余は、実に情けないものだ……ははは」
エドワード君は悲しそうに笑った。そして嘆く。
「……余では、もうどうしようもないのだ。過ちに気づいたとしても、もう余では」
エドワード君が握りしめたのペンダントだ。そして、そっと離した。彼は首を振った。
「……壊すこともできない。そなたが壊すとなると、余は全力で抵抗するだろう」
もう本人ではどうにも出来ないほど、浸食されてしまったのか。エドワード君の瞳の色は、また濃くなっていった。まともに話せる時間もわずかなのかも……。
「そっか……」
私はついにエドワード君の前に立った。彼を見上げた。
「……シャーロット殿」
エドワード君の喉がごくんと鳴った……これは、さすがに私もわかった。情欲が含まれているって、学んできたから。
エドワード君の瞳はますます濃くなっていく。彼はバルコニーの手すりから手を離し、近づこうとしてきた。
私を覆う影……圧されかけた。エドワード君もまた、男なのだと。
「……ふう」
一呼吸をし、対峙する。
「……私もね。一人じゃどうしようもないこと、たくさんあるから。いろんな人に助けてもらった。引っ張り上げてももらったの。だから、今度は私の番――」
私はエドワード君に寄りかかった。そのまま彼の首に腕を回して抱き着く。
「……っ」
まさか私から抱きしめてくるとか、思ってなかったでしょうね。エドワード君は狼狽していても、気を許しきったわけではない。彼は警戒は緩めてくれやしない。
「……安直なことよ」
「……」
エドワード君は、ほぼ意識を支配されきっていた。私の狙いもわかっていると思う。なら、むざむざとそうはさせないと、このまま抱きかかえようとしてきた。
「――だよね」
――私は意表をついた。彼に全体重をかけて、そのまま。
「なっ……!」
なだれこむかのように、バルコニーから落下していった。エドワード君ごと……!
「もう、終わりにしよう――」
エドワード君が動揺している隙に、彼の首飾りに手を触れ、氷の魔力を伝わせる。凍りきったそれを。
――力を込めて砕かせた。
底知れない魔力を放っていたペンダントが、破片となって砕け散り。
――力を失っていく。
「……ごめんね、君が大切にしていたのに……」
――壊さなくちゃいけないもの。それはわかっているんだ。でも、君の『宝物』ということも知っていたのに。
リヒターさんや、リナさんの時みたく……残してあげられなくて、ごめん。
ごめんね、エドワード君……。
「……シャーロット殿」
エドワード君は私を抱きしめてくれる。
「……む」
彼の手に……ペンダントの破片が。あ……。
もし、それだけでも十分だとしたら。力として備わっているとしたら――。
「……どうしてなのだ。どうして、そなたの御心を無碍にできると――」
声を震わせながらも――エドワード君は『それ』を手放した。
消えていく。彼の宝物が――力の源が。
「……ああ」
エドワード君は消えゆくそれを眺めていた。自分に力を与えてくれたもの。夢を見せてくれたもの。
夢が終わってしまう。そうだとしても。
「これで、良かったのだ。ありがとう……」
エドワード君は満足そうに笑い、瞳を閉じた。シャーロットも微笑んだ。
二人は落下したままだ。このままだと荒波に直撃する。
「大丈夫。海が守ってくれる」
私はそうだと信じて、海へと落ちていった。
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