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第四章
そなたは知らない① ※某人物視点
これはそなたが知らないこと。選ばなかった未来。
「――どうだ。体調は良くなったか?」
ベッドで体を休めているそなた。余は跪いて彼女の顔を覗いていた。ああ、そなたは何てことない、そう笑う。無理をしているのは、一目瞭然というのに。
あれから一年は経ったか。あっという間であった。
そなたはずっとララシアにいてくれる。余と共に在ってくれる。そなたは、翁から聞いたのだろう……ララシアの真実を知っただろうに。
――余と共に夢の中にいてくれる。
「……そろそろ頃合いかもしれぬ」
……原因はわからぬが、そなたを蝕むというのなら。
そなたが――ララシアで生きていけないというのなら。
夜明け前、余は彼女を連れて港に向かった。船は余が所有しているもの、小型ながらも中々のものだ。
「……そなたは、眠ったままでよい。目覚めた先は、新たなる地だ」
丁重に彼女を抱き上げたまま、船に乗せた。ああ……痩せたな。
そうだな、余もそう思うぞ。あそこでは生きていけないと。
だからこそ、新たなる地へ旅立つのだ。
「……さらばだ、ララシアよ」
余は故郷を目に焼きつけた。余を育んでくれた母国よ。美しいままであれ。賢君の下、永遠に続くように。
新たなる地、ここはララシアに気候が似ておるな。民も温かな、理想郷よ。
「そこにおったのか」
そなたは、ふといなくなる時があった。まあ、場所は把握はしている。そなたはいつもこの浜辺で、遠くを見ていた――ダイヤノクトの方へ。
そなたが可愛がっていた犬のことだろう。そなたがララシアを受け入れてくれたあの日から、リッカ殿の姿は見えなくなった――そなたは、半狂乱だったな。
寝ることも休むこともせず、ずっと捜し続けていた。余もそうだが、ララシアの民も協力をした。だが、見つからないままだった。
ああ、そうだ。あの愛らしい子犬はきっと、ダイヤノクトに帰ったのだ。賢そうな子だ、船に紛れ込みでもしたのだろう。あちらは、面倒をみてくれる者達もいる。そこで幸せに暮らしているはずだ。
そうだ。そうなのだ。だから。
「……夜風が冷えるぞ。帰らないか?」
余は彼女を後ろから抱きしめた。そうして笑いかけてくれるが、泣いていたのがわかるぞ。わかっておるのだ。
「……よい。余がこうしておる」
そなたが留まっていたいのなら、余は寄り添うまでだ。
藁ぶき小屋を借りて暮らしておる。生きていく為に、漁業や農業。観光業。手広くやっている。そなたも頑張っておるな。貯蓄はあるのだが、そなたは働くことを望んでいる。ならば余もそうするまでだ。
「……」
考え事をしたくない、忙しくしていたい……そんなところだろうがな。
「……寝ておるな」
藁のベッドで今日も共に眠る。
「……」
余はそっと、彼女の唇に触れた。余の中の男が、欲望のままに触れたい。今にも暴れだしそうだった。だが、余は自身を戒める。
「……そのような資格はないだろう、余には」
ああ、そなたは寝ておるな。ならば、今の顔は見られずに済む。ああ、見ないでくれ。散々、そなたには弱いところを見せてきたが、このような醜い顔まで見られたくないのだ。
こんな――浅ましい者の顔など。
そなたは知らないのだろうか。ああ、きっと知らないままだな。
余の名は、エドワード・アタラクシア・ロウラウンド。ララシアでは公には明かされぬ名だが、ロウラウンドは王族の名にあたる。余は王位継承者でもあった。
学園には本名で登録された。それも謎のままだな。余は、エド・クラウンで申請したはずだった。まあ、過ぎたことよ。
「……本当ならばな」
失礼して、彼女の左手に触れた。薬指にあるのは、青い宝石の指輪だ。こればかりは貯金から出した。中々のものよ――ただな、余が捧げたかったのは別のものだった。
ララシアの王族に伝わる指輪。正妃が身に着けるもの。彼女に相応しいものだと。
「……はっ」
馬鹿げた考えだ。そうだ、彼女には相応しい。だが余には……その資格などないくせに。
「……立派なのは、血統だけだ。余がしでかしたことは許されぬ」
王族の余が――ララシアの崩壊を招いた。
王族の余がこうして――ララシアの責から逃げ出した。
「……ああ、そうだ」
余はララシアを見捨てたのだ。それを悪いとは思っておらぬ。そうだろう? このような王族などおるか。余は、ただの民だ。ララシアの王子などいない。存在していない。
ララシアには正しき王がいる。それでよいではないか。
王子などいなかったのだ。不肖の王子など。
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