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第五章
獣人族と春の女神
「うん……ねえ、ジェムさん?」
微笑んでいる、どこまでも綺麗な顔で。
「――やっぱり、僕達。どこかで会ったことあるんだ」
はっきりと告げてくる。もう疑問形ですらない。本当にそうだと言わんばかりに。
「……あ、いえ、その」
私の答えは、上手く言葉になってくれない。
「あ、ごめんね? おかしなこと言っていると思っているよね? でも僕はね、そうなんだ」
引きつる私の表情とは対称的に、エミルさんはどこまでも満ち足りた笑みで。
「覚えてないのが悔しいくらいだけれど……こんなにも心が温かくもなって」
彼は胸にそっと手をあてていた。
「それでいて――」
まだ続けようとしていたけれど、彼はここで言葉を止めた。
「……いくら着込んでも、このへんにしないとね。元々遅い時間だし」
それじゃ、とエミルさんは手を小さく振りながら去って行こうと。
「あの、エミルさんっ。コートとか」
私は惚けている場合じゃない。彼は私に貸したまま帰る気なんだ。確かエミルさんって、男子寮でも迎賓館でもないよね? 距離だってあるのかも……。
「別にいいのに。明日学園で返してくれてもいいし」
「そういうわけにはいきませんから」
エミルさんが立ち止まってくれた。私は急いでコートを脱いで、マフラーも取る。駆け寄って彼にお返しした。明日学園をサボる云々の前に、寒空の下、返さないのは気が引けた。
「そう? それじゃ」
エミルさんはあっさりと受け取った。結構サバサバしている人なのかな? それに――。
私、勝手に彼のこと儚い、華奢とか思っていた。でもそれは、見た目とか雰囲気とかのこと。
「……」
近づいてみると、意外と鍛えられているというか――隙がないというか。
押しが妙に強いのもそう、人は見た目によらないのかも。私は去り行く彼を見守りながらも、そんなことを考えていた。
私は静まり返った寮内に戻った。点呼の時間は過ぎてしまったけれど、寮長さんは見逃してくださったのかな? ……最近のループになって、どうも緩いというか。とはいえ、今後は守るようにします……。
部屋に戻って、勉強机の前に座る。包みを開くと分厚い本があった。とても手入れされているものだった。いかにエミルさんが大切にしているのか、わかるほどに。
早朝の出発に影響もあるので、全部は読めなさそう。もちろん持って行くことも出来ないし。早目にお返ししたいところなので、優先的に読み進めて行こう。
「……これって」
獣人族と春の女神が記された本だった。目次を見るに、いくつもの伝承で連なっているようだった。
まずは出会い。獣人族は虐げられていた。そっか……昔はもっといたんだろうね。でも、多くの差別が重なって……。
――救いの手を差し伸べたのは、春の女神様。
女神様は彼らに永住の地を授けた。そして、『力』をも。獣人たちは感謝し、忠誠を誓うことになったという。
出会いが語られると、それぞれの獣人たちのエピソードとなっていくのかな。
うん、ぐいぐい引き込まれていく。もっと、読みたい。読みたいけれど……。
もう、寝る予定の時間はとうに過ぎていて……読みたいけれど!
「うう……」
もう寝ないと。
私はベッドに横になった。目を瞑ると、愛しのワンコの姿が。
「リッカ……手がかりを掴んでくるからね……」
おやすみなさい、リッカ――。
目覚めと同時に、私は飛び起きた。そして部屋を出ては、そろりそろり廊下を歩き、階段を下りていく。良かった、新聞は届いていた。天気予報を確認する。
「うん」
良かった、晴れだ。わかるのは都近辺まで。それでも。
前の時のように、雨だったらと思うと……。あくまで私の気持ちの問題だった。
あとは極力起こさないように、朝食も自分の部屋で取って。準備済みの旅行鞄もよし。登山服の上は学園のコート、学園出たら着替えるんだ。
「行ってきます」
お見送りをしてくれるワンコは、今はいない。
リッカの為に。さあ、行こう。
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