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第五章
遠慮なく、ね?
エミルさんの足が止まった。小屋が二棟並んでいる。その片方が、私がお世話になる家みたい。
室内に通された。エミルさんは近くのランタンに灯りをともす。夜の灯となる。
「今晩は保存食でいいかな? 明日以降の食事とか、服とか心配しなくていいから。他に入用のものがあったら、遠慮なく言ってね?」
「ありがとうございます……?」
「隣にいるから。そこは安心してほしいな」
「本当にありがとうございます……ん?」
色々と気になる点が、うん。
「エミルさんに、なんですか? ……違っていたらすみません」
「うん、そうだよ? ちょうど面識もあるし、相談しやすいかなって」
「それはそうですね……って、お隣って? もう一棟の方にですか? その、エミルさんって、住まわれているんですか?」
「そうだし、違うとも。僕の本邸は居住区の方だけど。貴女が留まるまでは、こちらにいようかなって」
ね、と微笑んでくるものだから、私もつられるように笑った。エミルさんの笑みは深くなる。
うん……善意なんだ。善意、親切心。私も顔見知りの方でもあるから、有り難くもあった。
最低限だけお世話になることにしよう。というか、泊まる場所のご提供だけでも大助かりともいえるから。
「遠慮なく、ね?」
私がそう思っていた時に、エミルさんは念を押すかのように笑いかけてきた。あの有無を言わさない笑顔で……。
「はい、お世話になります……」
下手に遠慮しまくる方が、エミルさんは気分を悪くしそうだった。
「あと……うん、そうだね。学園の方にも文を送っておくね。僕も休むことになるから」
少しばかり――何かを考え込んでいたようだった。それはともかくとして、エミルさんはそうしてくださると。
「……」
エミルさんは瞳を伏せていた。その表情も気がかりだけれど、ここは彼を信じてと。
「ありがとうございます。そうなんですね」
ひとまず、私の居場所を知らせることはできた。一安心だった。
それにしても、エミルさんも休むとなる。霧が深いからかな。というか……エミルさん、この距離を通っているのかな。あまりにも遠すぎるというか。
「……あ。僕は都の方に下宿しているんだ。今回はまあ……たまたま、うん、たまたま帰ってきたというか」
「そうだったんですね」
そのほうが現実的ですよね。さすがにこの距離は……。
「……っと、このへんにしないと。そうだ、ジェムさんにさらにお願いしたいことが」
「私にですか?」
もう切り上げる気にはなったようだけれど、お話があるようだった。かなり深刻そうな表情をしている。
「――遠慮なく、僕を頼ってね」
「……?」
重々しく、エミルさんは伝えてくる。こんなにも真剣に。
「困ったことになったら、僕を呼んで。すぐに駆けつけるから」
「はい……」
私のことを心配してくださっているのはわかる。私も素直に応じた。大人しくしているのが賢明だとも思った。
「良かった、聞き入れてくれて。夜這いされかねないから、僕、心配で心配で」
「よ、よば……」
エミルさんの上品な口元から、その言葉が飛び出たのも驚愕で……。
……待って、そんな可能性がゼロではないというの。私は口があんぐりしてしまっていた。
「……ああ、説明しておくね。同世代の子が迷い込んできた、ってもう広まってしまっていてね。近頃、『人間族』を迎え入れようという動きもあって――」
『いや、これ以上は――』と、エミルさんは口を閉ざした。でも、私は彼が言わんとしていることがわかった。
――獣人族の伴侶に、人間族、私のようなのも選択肢に入れようと。
「……うん、まあ、うん。その話をさておいても、年頃の子もそこそこいるから……貴女の方からも警戒しておいてね」
「はい、わかりました」
人間だからこそ、ってことだよね。
「……」
私はそれとなくエミルさんを見た。うん、エミルさんはそういうことはしなさそう。とても結びつかないともいうか。
今度こそ話がついたと、エミルさんは扉に手をかける。このまま隣家に向かうようだった。
「それじゃ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
私は隣の家に入っていくエミルさんを見送っていた。彼は困り顔になった。
「……もう、ジェムさん。家に入ってくれないかな。僕は見届けたいのに」
「いえいえ。たくさんお世話になっている身としては」
「そんな気にしなくても。ほら、ジェムさん」
「エミルさんこそ……って」
このやりとりって……。
「ははっ、なんだろうね。このやりとり」
「確かに――」
エミルさんは先程のように呆れた笑いをしていると、私は思っていた。思っていたのに。
「貴女といると……なんだろうね、不思議な感じがする」
「……」
「本当にどうしてなんだろう……」
あまりにも綺麗に笑うものだから……私の心はざわついてしまっていた。
「ジェムさん、ゆっくり休んでね」
エミルさんの方から扉は閉じられた。私も惚けている場合じゃない。扉を閉め、彼の忠告に従ってしっかり施錠もした。
……人間だからって、夜這いって。それは流石に考え過ぎかな、私は正直そう思っていた。とはいえ、エミルさんのご忠告は聞いておこう。
「ふう……」
私は溜息をつくと、扉を背にもたれかかった。
とりあえずね、ご家族も無事で良かった。私も助けていただいたわけで。
しばらくはこちらでお世話になることになる。憶測ではあるけれど――エミルさんの故郷、であるのかな。
リッカの様子がおかしかったこと。その手がかりは掴めてはいない。
「うん、リッカの笑顔の為にも」
頑張ろう。
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