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第五章
エミル兄の伴侶なら
途中で眠りから数回覚醒しつつ、私は朝を迎えた。枕元に置いておいた腕時計で確認する。朝ではあるものの、かなり遅めの時間となっていた。うん、さすがに起きないと。
木製のベッドにふかふかの布団から、私は出た。眠気は残ったまま、ひと伸びする。
うん、夜這いなんてなかった。そうそうあることじゃない。
朝食は保存食をいただくことにした。着替えは朝のワンピースがあったので、そちらをお借りすることに。昨日の服は汚れが目立つから、洗濯板とかないか相談してみよう。
身支度を終えた私は、朝の挨拶をしに行くことにした。エミルさんもだし、あの一家の様子も気になっていた。
家を出ると、爽やかな風が吹いていた。常緑の地ともいえるこちら、とても過ごしやすかった。春って、こんな感じだったよね。
本当に爽やかな、気持ちの良い朝――。
「――わぁ、噂の人間っすね!」
「……」
素敵な朝、のはずなんだけれど……。
「こんにちはっ、ようこそっす! よく眠れましたかっ?」
「……」
私の前に突如、現れた青年――猫耳の獣人族。大柄であり、髪も短く刈られていた。すごくにこやかに接してきてくれはするけれど。
この気持ちは何……? この感覚は……?
「わあ、みるからに寝不足っすね……そうだ、快眠スポットに案内しますよ!」
「……」
この声を聞いているだけで……私……私は。
「……あの、寝不足だからっすよね? そんな――」
――そんな目が据わっているのは、と。目の前の彼はそう指摘してきた。
そうなんだ。私、この声を聞いていると、怒りがふつふつと沸いてくるというか。
「……気に障ったっすか。申し訳ないです……」
「……あ、いえ」
……おそらく初対面だよね。そのような人相手に、私、失礼だった。自分でも要領の得ない感情に振り回されるのも。
「すみません。ご指摘通り、寝不足です。あなたは何も悪くはありませんので」
「なーんだ。それならいいっす! 俺のこと、嫌いになったのかなーって」
「いえいえ、そのようなことは」
すごく愛想もいいし、私が失礼を働いたことも笑顔でいてくれる。いい人なんだな、とは思っていた。
「よっしゃ、脈ありっす! じゃあ、早速行きましょうか!」
「……え?」
気がつけば、目の前の人に距離を詰められていた。全開の笑顔の彼は言う。
「きょとんとしちゃって、かわいーんだからー。快眠スポットっすよ!」
「……いや、こっちは大丈夫なので。お気遣いとかは」
この人、ぐいぐい来るな……!
「遠慮とかしないでー? 俺、添い寝もしますから!」
「いやいや、本当にお構いなく」
強引にも話を進めようともしている。私の手まで握ろうと――さすがに距離をとろうとすると。
「……客人に何しているの、ティム」
「ひっ……」
背後に忍び寄ってきたのは……エミルさんだった。じわじわと近づいてくる。
「夜だけじゃなく、朝まで警戒しないと……」
「ひいい……」
そのじわじわと来るのが、余計に相手に恐怖を与えているようで……うん、私まで怖くなってきた。
「あの、エミルさん。実害とかはありませんので……!」
本当に何もされてはいなかったから。
「そう? 今はこのへんにしておくけど」
エミルさんはあっさりと引き下がった。くらっていた彼は、まだ青褪めた顔をしていた。
「……いや、エミルさん? 今はって」
まだ勘弁してない、そういうことなんじゃ……。
「うん、今はね。ジェムさんの手前だし。あとでよく言い聞かせておくから」
にこやかに言う彼に、私はぞっとした。言い聞かせられる予定の彼も、がたがた震えている。
「いやいや、エミルさん? 本当にね、彼とは何もありませんので。あと、これも。よ……夜這い、とか。そういうのも大丈夫なので」
私がそう言っても、エミルさんは不満そうな顔をしていて。
「ほら、エミルさんが隣にいてくださるので! 抑止力にもなったりするんじゃないかなと!」
エミルさん、風紀を取り締まっているみたいだと思っていた。学園でも素行が良さそうだし。彼が隣にいるなら、何も問題なんて起こらないと。
「……そう?」
エミルさんの表情が和らいだ気がした。
「はい」
事を荒立てたくないこともあったけれど、本音でもあった。あまり関わったことのない人、それなのにね。その存在が心強く思えたりもして。
「……そっか」
エミルさんは静かになった。彼は手を顎にあてて、何か考え込んでいる。時々、彼はそうなる。時折、私の方を見たりもして。何か思うところがあったりするのかな……?
「……はーん」
エミルさんを怯えるように見ていた彼が、突然したり顔になっていた。にやつきながらエミルさんと私を交互に見ている。
「いやぁ、そういうことっすかぁ。エミル兄、そうなんですねぇ……?」
確信めいた彼は、エミルさんに近寄っては肩を組みだした。
「な、なにが……?」
怪訝そうにしているエミルさんに構わず、彼は。
「――エミル兄のお嫁さん、そういうことだったんすね! もう、早く言ってくださいよぉ!」
「!?」
とんだ爆弾発言をしてきた。
「……お嫁さん?」
面食らったエミルさんが見上げると、彼は満足そうに頷く。
「ああ………エミル兄の伴侶なら、しょうがないっすね。俺、身を引きますから……」
浸っている彼の中で話が進んでしまっている……それは大誤解なのに! エミルさんはただ助けただけ、釈明をしないと――。
「それはジェムさんに失礼だよ。僕たちは出逢ったばかりで――」
むしろこっちが失礼だと、私が追い訂正しようとしたところで。
「出逢ったばかり……じゃないんだ」
「……!」
……エミルさんは頑ななまでに、そう主張する。どこまでも確信しているかのような。
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