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第五章
かけがえのない時間
レイチェルさんたちが振る舞ってくださった。片付けは私たちの方で引き受けることにした。桶に水を汲んできたので、私たちはしゃがみながら食器の洗い物を――。
「あ」
エミルさんの抜けた声の後、食器が割れた音がした。私は音につられてみると、両手を所在なさげにあげている彼の姿があった。
「ごめん……つい、手が滑ってしまって」
「いえいえ、お怪我がなければそれで――」
「あ!」
と、今度はエミルさんの叫び声。立て続けに割れるは食器……。
「ごめん……つい。食器が勝手に」
「か、勝手にですか……そういう時もありますよね?」
「そうそう、そうなんだ」
食器が勝手に割れることだって、不思議なことではないと――。
「……」
「……」
それは無理があるなと思った。多分、エミルさんも思ってそう。彼の表情からして。
「……まだたくさんあるね。もっとペース上げるよ」
エミルさんの指摘通り、始めたばかりでもあった。といっても、洗い物とゴミの片付けくらい。
それにだった。私は木々の隙間から夜空を見上げる。
「提案ですけど、ゆっくりやりませんか?」
「え?」
エミルさん、『大丈夫?』と言いたげな目で見てくる。
「まだ夜は長いですし。まったり片付ければと思いまして」
就寝時間までまだ時間はあった。そんな私の提案だった。
「まったり?」
「はい、まったり。エミルさんのお勧めの本の話とか」
「春の女神様の本、ばかりになるけれど」
「いいですね」
私だって大好きだから。笑顔で答えた。
「……そっか。うん、女神様もだけれど。他のジャンルもね?」
「はい、お願いします」
私たちはゆっくりと食器を洗いながら、読書語りをしていく。
「……っと、エミルさん。もっと、ペース落として良いと思いますよ?」
エミルさんの洗う手はまた速くなっていた。今もツルっと皿が飛び出しそうだっとので、私はすんでで受け止めた。
「ありがとう、ジェムさん。そっか、ゆっくりゆっくり……」
「はい」
エミルさん、急ぎ気味なところがあるようだった。日頃忙しいのもあると思う。
「うん、そうだね。こういう時くらい、ゆっくりすればいいんだ」
「はい、そう思います。のんびりする時間ということで」
「うん……確かにもったいないよね。貴重な一時なんだから」
エミルさんは深く頷くと、私の顔を覗き込んできた。
「は、はい。休める時には休むということで」
こんなにも顔が近づくとなると、私は落ち着きなくなってきた。視線も彷徨ってしまう。
「それもあるけどね――」
――かけがえのない時間、と。エミルさんは綺麗に微笑んでいた。
その後、片付けは終わらせた。食器は明日お返しすることになっていて、ゴミも収拾場所に置いてきた。
そうして、お世話になっている小屋の前へ。あとはもう就寝するだけ。
「ジェムさん、ちょっと待っててくれる?」
「はい」
エミルさんは一度、ご自宅に入っていた。そして、すぐに出てきた。
「子供達に貸しているのとは別の本。良かったらどうぞ」
「わあ、いいんですか」
というか、すでお借りしているのに。事情も事情だからか、エミルさんは気にしないでと笑う。
「うん。気分転換にもなるかなって」
「ありがとうございます」
手にしているのは数冊の本――絵本とか、文庫本。私はお礼を告げて受け取った。
「あ……」
中には春の女神にまつわる絵本もあった。
リッカとも読んだね……リッカ……。
「……ジェムさん?」
つい、思い出に浸ってしまっていた。私は笑顔を作って、答えた。
「……いえ、読ませていただきますね。おやすみなさい、エミルさん」
「……うん、おやすみ」
私たちはそれから互いの小屋に戻っていった。
私はベッドに寝転んで、天井を見上げていた。部屋は暗闇。脳裏に浮かぶのはリッカの姿。
「リッカ……」
いつになったら霧が晴れるのかな。私はまだ……手がかりを掴めていない。
「金糸雀隊に会ってから……金糸雀隊なのかな。リッカを憂鬱にさせるのは」
彼らにしてやられるのは、今に始まったことではないけれど。それでもあの子があんなにも震えているのだから……。
「明日、色々聞いてみようかな。エミルさんなら教えてくれそう――」
……今のは何? 胸がざわってなったのは?
「うん、明日……」
ぽつり、ぽつりと雨音がする。その音を聞きながら、私は眠りに落ちていった――。
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